テラーノベル
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昼前になると、青はよく厨房の前を訪れていた。
もちろん中へ入ることはしない。
ただ、扉からひょこっと顔を覗かせるだけ。
それだけだった。
邪魔しないように。
でも、好奇心には勝てなくて。
厨房の中では、料理人たちが忙しそうに働いている。
野菜を切って。
お肉を焼いて。
鍋の中でコトコトと何かを煮込んで。
すると、さっきまでただの食材だったものが、次々と美味しそうな料理へ変わっていく。
その全てが、青の瞳には魔法のように映っていた。
青 すごい…。
魔法使いさんがいっぱい…。
そして料理が完成するにつれて、ふわりと良い香りが漂ってくる。
それだけで楽しかった。
だから今日も、青は扉から小さく顔を出して厨房を見つめていた。
当然、料理人たちが気づかないはずもない。
けれど、誰も声をかけなかった。
静かに。
けれど楽しそうに。
目を輝かせながら見つめている小さな王子を、皆そっと見守っていた。
料理人 ふふっ…。
今日も頑張りますか。
最近、黒は忙しそうだった。
朝早くから仕事へ向かい、夜遅くに戻ってくる。
遠出をすることも増えた。
それでも黒は、疲れた顔ひとつ見せない。
弱音も吐かない。
だからこそ、青は思ってしまう。
ーー何かしてあげられないかな。
小さな手で扉を握りながら、ぽつりと呟いた。
青 僕にも……魔法使えたらいいのに。
黒がいつもしてくれるみたいに、僕も黒を笑顔にしたいなぁ。
その声を、料理人たちは聞き逃さなかった。
料理長が手を止め、そっと青に目線を合わせる。
料理人 青様は、料理に興味がおありですか?
突然声を掛けられ、青はびくりと肩を震わせた。
ーー邪魔をしてしまった。
ーー怒られてしまう。
そう思ったのだろう。
大きな瞳が不安そうに揺れる。
しかし料理長は、優しく微笑んだ。
青 魔法みたいに、ご飯が完成して…いい香りがして…食べた人を笑顔にしちゃうから。
青は少し俯きながら続ける。
青 その…すごいなぁって思って。邪魔しちゃったよね? ごめんなさい。
料理人 いいえ。
料理人は穏やかに首を横に振った。
料理人 青様が興味を持ってくださったことが何より嬉しいのですよ。よろしければ、もっと近くでご覧になりますか?
青がぱちぱちと目を瞬く。
青 …いいの?
料理人 もちろんです。
恐る恐る厨房へ足を踏み入れる。
近くで見る料理は、やはり魔法だった。
ジュウ、と音を立てて色が変わり。
ぐつぐつと煮込まれて形が変わり。
香りもどんどん変わっていく。
さっきまでの不安げな曇りは消え去り、
青の青い瞳が、きらきらと輝く。
青 わぁ…!
色が変わった…!
今度は匂いも変わった…!
やっぱり皆さん、魔法使いさんなんだね!
その言葉に、料理人たちは思わず笑ってしまった。
そして青は、少しだけ寂しそうに笑う。
青 僕も魔法を使えたらいいのになぁ。
料理人 どうしてです?
青 そしたら……黒のこと、笑顔にできるかもしれないのに。
その言葉に、料理人たちは顔を見合わせた。
正直、黒の隣で笑っているだけで、黒は笑顔になるだろう。
しかし、そんな事を言ってもきっと本人には伝わらない。
そのため、 料理人はある事を考え、膝をつき、青と目線を合わせる。
料理人 それでしたら、青様も料理をしてみますか?
青 僕にはできないよ。
青は首をブンブンと横に振ると、
青はしょんぼりと眉を下げる。
青 魔法使えないもん。
料理人はふっと微笑んだ。
料理人 料理は魔法のように見えますが、一番大切なのは気持ちなのですよ。
青 気持ち…
料理人 えぇ。誰かに美味しく食べてほしい。喜んでほしい。その気持ちがあれば、きっと立派なお料理になります。
青がぱちりと目を瞬かせる。
青 …できるかなぁ。
そう言いながらも、その瞳には小さな期待が浮かんでいた。
数日後。
黒が遠出をする日だった。
青は袖をまくり、小さなエプロンを身につけて厨房へやって来た。
まずは簡単なクッキー作り。
小さな手で生地をこねる。
青 よいしょ、よいしょ。
粉が舞って、鼻が白くなる。
卵を割ろうとして少し殻が入る。
服も手も、顔まで真っ白だった。
青 おいしくなぁれ。
黒、元気になぁれ。
そう言いながら。
青の表情だけは真剣そのもの。
誰も笑わない。
急かさない。
ただ穏やかに、大切な人のために頑張る小さな王子を見守っていた。
青 あ…真っ黒になっちゃった。
魔法…失敗だ…。
と眉毛をきゅっと下げ、涙が浮かぶ青色の瞳。
しかし、
料理人 青様、初めから上手にできる人なんていません。
それに、青様の想いが沢山詰まっていますから、魔法は大成功ですよ。
少しだけ、焦げてしまっただけです。
もう一度やりましょう。
そうして何度も練習し、出来上がったクッキーは、形も大きさもばらばらだった。
けれど、小さな手で作ったものにしては上出来だった。
青 わぁっ!できた!
ねぇ、僕できたよ!
魔法使いさんのおかげだね!
とぴょこぴょこ跳ね、嬉しそうな青。
これで、黒笑ってくれるかな。
夕方。
黒 ただいま戻りました。
少し疲れた顔で黒が帰ってくる。
すると。
青 黒っ!おかえりなさい。
お仕事、お疲れ様!
青がぱたぱたと駆け寄ってきた。
そして黒は、ふと気づく。
いつもと違う。
青から、甘く優しい香りがする。
黒 …どうされました?
すると青が、後ろに隠していた包みを差し出した。
青 これ…頑張って作ったんだよ。
少しだけ恥ずかしそうに。
けれど嬉しそうに。
青 黒がいつも頑張ってるから。いつもありがとうと、頑張ってねの気持ちを込めたの。
そして、きらきらと瞳を輝かせながら。
青 …食べてくれる?
黒はしばらく言葉を失った。
そして。
黒 えぇ。もちろんです。
そっと包みを受け取る。
少し歪んだリボンをほどくと、甘い香りが広がる。
ふわりと頬が緩んでしまう。
一枚口へ運ぶ。
少し硬い。
形もいびつだ。
けれど。
優しくて、甘い。
今まで食べたどんな菓子よりも、温かい味がした。
黒は甘いものをそこまで好んでいるわけではない。
それなのに。
このクッキーだけは、誰にも分けるつもりになれなかった。
世界で一番、温かくて。
世界で一番、甘くて。
世界で一番、優しいクッキーだったから。
黒 …美味しいです。
青 ほんと?
黒 えぇ。
ありがとうございます。
青の顔が、ぱぁっと花が咲いたように明るくなる。
青 やったぁ…!
黒は思わず、その小さな頭をそっと撫でた。
その笑顔だけで、疲れなど全て吹き飛んでしまった。
すると青は、くすぐったそうにへにゃりと笑う。
その笑顔を見ながら。
ーー俺の方が、笑顔にしてもらっているじゃないですか。
そう思ったことだけは、胸の中へ静かにしまっておくのだった。
コメント
4件
お久しぶりです。 前回の短編からかなり期間が空いてしまい、申し訳ございません。 最近は忙しくしており、今後もなかなか更新できない日々が続くと思いますが、気長にお待ちいただけると幸いです。 お気軽にコメントお待ちしております。
きゃああああ!!😭💕✨ 青くんが「魔法使いさん」って呼ぶの、可愛すぎて心臓もたん…! 黒さんを笑顔にしたいって、一生懸命クッキー作る姿に完全にやられたよ…。 「世界で一番温かくて甘くて優しいクッキー」って黒さんが思うところ、泣ける。 最後の「俺の方が笑顔にしてもらってる」って胸にしまったのも、もうエモすぎん?? 零さん、この優しい世界、もっと見せてください…!!次話も絶対読むよ〜!🌸
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愛瑠()
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