コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ー地上(零階層)ー
ダンジョン第一階層への転送魔法陣のすぐ近く。 冒険者の報酬、クエストなどを管理しているギルドのロービー。
広々としたその空間には、冒険者による長蛇の列ができていた。
普段であれば、こんな事はあまり無い。
あるとすれば、受付嬢が迷惑な冒険者の対応をしている時くらいだ。
そして、今がまさにその時だった。
「おい、どういう事だ!」
黒いローブに黒いブーツをした、全身真っ黒の男は叫ぶ。
フードやその服装の色のせいもあるのだろうが、全体的に暗い印象を受ける。
なんというか、感じが悪い。
「で、ですから……、既にパーティー解散の手続きはされています……」
「だから、それをどういう事だって聞いたんだろうが!」
受付嬢のお姉さんが怯えながら対応するも、男は高圧的な態度をやめない。
「私にはわかりませんっ。何せ、メンバー全員の同意を得なくとも、リーダーの決定でパーティーは解散させられますから……」
「リーダーだと……。じゃあヘルトが。ヘルトがやったんだな!」
「私にはわかりませんし、お答えする事もできませんっ!」
「チッ……、クソが。使えねーなっ!」
男は十何分と暴れていたが、結局そんな言葉を吐いて出ていった。
外はまだ明るく、暖かい日の光が男の目に強く差し込む。
つい先日まで、日の届かないダンジョンに潜っていた彼は、そのあまりの眩しさに目を閉じる。
男はそんな事にさえ苛立ち、舌打ちをする。
「あぁあ? なんだテメェよー。喧嘩売ってんのかぁ?」
「ちょっとー、何コイツー。ヒョロヒョロじゃん。こんなでも冒険者なのー?」
運悪く偶然道を歩いていた、巨大な男に彼は絡まれた。
その横には細い身体に似合わないデカい胸を持った、不健康そうな女もいる。
推測にしかならないが、恋人というような印象は無い。身体目的の関係といった感じだろうか。
まあ、そんな事は別にどうでも良い。
大男は武器は持っていないものの、その身体の筋力は見るだけでわかる。相当なものだ。
腕は柱みたいに太いし、背だって二メートルはある。
対して黒い男の方は、なんというか普通。
大きなローブを着ているので何とも言えないが、筋力があるようには見えない。
覇気を感じないどころか、気配すら無い。まるで空気みたいなヤツだ。
「おいおい。お前、まさか……」
だが、大男はその男のそんな特徴を見て、強く動揺し出した。
そして、黒い男の方を指さして言う。
「無能! 【疾風の英雄】の無能じゃねえか!」
その声を聞いて、ショーに群がるように冒険者がゾロゾロ集まってきた。
女はそれには気づかず、間抜けそうに大男に聞く。
「無能ー? しっぷう、のえいゆう? 何それ?」
「有名な冒険者パーティーだよっ。勇者にも匹敵する強さらしいぜ」
それを聞いて女は急に顔色を変えて、大男の後ろに隠れた。
「えっ……、じゃあヤバいじゃん! 謝ろ。ねえ、ここは私たちが悪かった、って事にしてさー!」
「いやいや、その必要はねえぞ、ハニー。コイツは無能だからな」
女は大男を不思議そうに見つめる。
「小さい頃の友達だからって、そのパーティーに入れてもらってるだけの、ただの寄生虫さー!」
そんな酷い事を言われても、男が何かをする様子はなく、ただ突っ立ている。
それが気に入らなかったのか、大男は苛立ちを顕にしてきた。
拳を握り、重心を踏み出した右足に乗せる。
桁違いの腕力による全力のパンチ。
それは風を巻き込み、素人目でもわかるぐらいの絶大なエネルギーを持っている。
「やめなさいっ!」
大男は拳を顔面の数ミリ先で止めた。
パンチの風圧で、男のしていたローブのフードがめくれる。
顕になった男の髪は黒く、前髪が長くて目は見えなかった。
「あん? 何だよ、テメェは?」
大男の標的は、殴る事を否定してきた自身の背後のヤツに移る。
振り返った先にいたのは、意外にも女冒険者だった。
どこにでもいる、特に拘りの無い装備。
強いて言うなば、若干軽めになっている。彼女は素早さを武器にしているようだ。
「聞こえなかったの? さっさと彼から離れて!」
彼女は大男に怯えず、堂々と叫ぶ。
彼女はどう見ても、十六前後の歳。冒険者としてはルーキーのはず。
だが、大男は感じた。
その圧を。いくつもの修羅場を乗り越えてきたかのような、経験値の差を。
気づけば大男は汗をかいていた。
「ハニー。ここは引くぞ」
「えっ? ちょっとー、あんなのイチコロっしょ? ねえ?」
大男は女の手を引いて、裏路地の方へ逃げていく。
慌てふためいたその姿は惨めで、それをあの巨大な図体でしているのだから、何だか笑えてしまう。
助けに入った女は呆れるように溜息をついて、ゆっくり黒い男に近づいた。
「ちょっと大丈夫?」
「俺は『助けて』なんて、言ってないぞ」
男の機嫌はまだ直っていないようで、強めの言葉でそう言う。
それでも女は怒らず、むしろ若干嬉しそうに答えた。
「ええ、私は借りを返しただけ。この前の【謳う母】戦。アンタには助けられたもの」
「違う。助けたのは【疾風の英雄】だ。俺じゃない」
男は冷たく、そう即答。
「怪我で歩けない私を地上まで運んだのはアンタなんでしょ? フィーネさんから聞いたわ」
それを聞くと男は少し黙って、思い出そうとするような動作を取る。
そして、今までとは違った優しめの口調になった。
「ああ。お前、あの時の女か。怪我は、もう治ったのか?」
「ええ、お陰様でね」
「そうか……」
男はホッとしたように息をつく。
女は何か言いたげだな様子だったが男は歩きだし、そのまま通り過ぎっていった。
女の髪が揺れ、風が二人の間を吹き抜ける。
女は彼の手を掴んだ。
「待って。私は、あなたに頼みがあって来たの」
男は振り返る。 前髪が揺れ、見えた瞳は綺麗な瑠璃色をしていた。
「私はサーシス。ソロで冒険者をしている。ねえ、私とパーティーを組まない?」
男は少し意外そうな顔をした後、微笑んで言った。
「良いだろう……」
サーシスは嬉しそうにガッツポーズを取る。
「ただし、俺は強くない。前衛職二、魔法職一は後欲しい。それなら、パーティーを組んでやる」
フェリエラは偉そうに、ニヤッと笑いながらそう言った。
(こんな奴とパーティーを組みたいだなんて、私以外に誰が思うだろう……)
サーシスは密かにそんな事を思った。
*
「ちょっと、ここ臭いんですけどー。何で逃げんのよー」
大男に手を掴まれながら女は言う。
大男は信じられないほどの汗をかいていて、これには女も異常に気づく。
「ちょっと、アンタ……。どうしたの……」
大男は何かをこらえるように、ゲロだらけの床にしゃがみ込む。
「ハニー。おかしいんだ……。腕が痛えんだ。切られた跡もないし、そもそもアイツは武器なんて持っていなかったのにだ……」
「ねえ、その腕。ちょっと見せてくれない……」
男は女にその腕を見せる。
「キャァァァァアア!! こっ、これは!?」
彼の言う通り、切られたようには見えない。
だが、腕が裂かれているように大量の血だけが出ていた。それは今も止まっていなくて、ドクドクと流れ続けている。
女は焦り、その血の出ている男の腕を上げようと手を掴む。
だが、手はそこにない。
「これは、まさか……?!」
その瞬間、無事に見えた腕は切り裂かれた惨めなものとなった。
人差し指と中指の間から、一気に裂けてしまっている。男の自慢の腕の筋肉が、生で直接見えるほどに。
「何だよ、これはー! 痛えぇえよぉおー!!」
*
「ねえ、あなたの名前。フェリエラ、で合ってるわよね?」
サーシスのその質問に、フェリエラは頷いて答える。
「じゃあ、フェリエラ。あなたどうして、あの大男に何もしなかったの? 私にはわかる。あなたは無能なんて呼ばれているけど、本当はもっとできるヤツだって。ねえ、どうして?」
「サーシス。その質問には答えが無いぞ。だって、それは君が、俺がアイツに何もしてないように見えただけに過ぎないからだ」
「まさか……、何かしていたの?」
「さあな。俺は、知らん……」
フェリエラは静かにフードを掛け直した。