マコトが未だ就寝していないと言うのなら、彼とモスダン公爵とを『通話《コール》』で繋げて今後の方針を決められるわけだが、生憎と既に遅い時間だ。寝ている可能性が高い。
だが、一縷の望みと言う言葉もあるぐらいだ。幸い、モスダン公爵はまだ驚愕した状態から戻っていない。
ちょうどいいので、今の内にマコトが反応してくれることを願って『通話』を掛けてみた。
〈おや?ノアさん、どうしましたか?珍しいですね。こんな時間に〉
〈…自分から連絡しておいてなんだけど、こんな時間まで起きているのは、流石に健康に悪いと思うよ?〉
まさか起きているとは。この反応は『通話』の事前通達音で目が覚めたような反応ではない。元から起きていた者の反応だ。あまりにも意識が明瞭としている。
私の都合としては大変ありがたいのだが、マコト本人の事を思うと非常に複雑な気分だ。こんな時間まで起きている必要があるほどに彼は多忙だと言うのだろうか?
何とも無さそうな彼の声色が、余計に心配に思えてしまう。
〈はははっ、まぁ、いつもの事なんでもう慣れましたよ。それで、ご用件は何でしょうか?〉
〈いや、まぁ、急を要するから起きていてくれたのはとても有り難かったんだけどね?それじゃあ、要件を伝えるよ?落ち着いて聞いて欲しい〉
〈…はい〉
マコトから緊張が伝わってくる。もったいぶってあんな言い方をしたのだから当然ではあるのだが、こうでも言っておかないと向こうで大声を上げかねない。
何せ推定敵の総大将と思われていた相手が実は限りなく味方寄りであり、これから[手を組まないか?]と交渉しようと言うのだから。
〈今、私はある方法を用いてモスダン公爵と会話をしているのだけど、どうやら彼はこちら側の人間だったみたいでね〉
〈えっ!?はぁっ!?モ、モスダン公爵っ!?!?それって、あのエルガード=モスダン公爵ですかっ!?〉
〈そのエルガード=モスダン公爵だよ。相手側の動向を探ろうと思ってある方法で彼の屋敷内部を詮索していたんだけど、ちょうど有力者達が集まって密会を開いていたんだ〉
〈あ、あの、ツッコミどころが多すぎるんですが…。いえ、よしましょう。今はそんなことを話している場合では無いようですからね。色々と聞きたいことはありますが、後にしましょう〉
いや、本当に済まないね。ここまで長引くとは思っていなかったし、そもそもモスダン公爵が味方だとも思っていなかったからなぁ…。
こんなことになるなら先にマコトの元に幻を見せて情報収集をしてくると伝えておけばよかった。
〈それで、僕にこうして『通話』で連絡してきたということは、モスダン公爵と僕とで『通話』を繋げて会話をする、ということで良いですか?〉
〈話が早くて本当に助かるよ。それと済まない。こんなことになるなら方法も含めてマコトには何をしてくるか伝えておけば良かったよ〉
〈まぁ、そこは今後気を付けてくれればそれでいいですよ。僕も似たようなことは若い頃にしょっちゅうやらかしていましたから。ノアさんの気持ちも分からないではないんです〉
そっかぁ…。マコトも似たような経験が何度もあるのかぁ…。
と言うか、何か大きなことを行う際は事前に教えて欲しいとダンタラにも言われていたんだった。
自分ができる範囲で良いアイディアが重い浮かぶと、それを誰にも伝えることもなく実行してしまいたくなってしまうのは、何とかして直さなくては。
これではルグナツァリオを悪く言えたものではない。猛省しよう。
〈本当に、申し訳ない。それで、早速マコトとモスダン公爵とを『通話』で繋げようと思うのだけど、構わないかな?〉
〈ええ。僕の方は問題ありません。ああ、いえ。少々お待ちを…。ヨッシャ!これで準備オッケーだ。いつでも繋げてくれ〉
ああ、ひょっとして、今変装したのかな?
モスダン公爵と会話をする際に素の口調を聞かせるつもりは無い、ということか。
昨日ユージェンと『通話』で会話をしていた時には、ユージェンに対しては外向きの口調、私に対しては本来の口調で話をしていた。
そのことに対してユージェンは何も言ってこなかったので、おそらくユージェンはマコトの本来の姿や口調を知っているのだろう。
さて、マコトの準備は整っているようだし、そろそろ未だに硬直しているモスダン公爵に声を掛けて『通話』で繋げさせてもらおう。
「モスダン公爵。驚いているところ済まないけど、貴方がどうするかは、今から本人と直接話をして決めてもらうよ」
「なっ!?ほ、本人と直接だとっ!?この状況で、貴公はまだ何かしようと言うのかっ!?」
「悪いね。厄介事は手早く片付けてしまいたいんだ。そうすれば、後は純粋にこの国の観光を楽しむことができるからね」
観光を楽しむ、と言ったことでモスダン公爵は私がこの国の将来よりも自分の楽しみの方が大事だと思われたようだ。
勢いは弱いが、明確に憤慨した様子を見せている。
「か、観光だと…!?貴公にとっては、この国の命運よりも、観光の方が大事だとでも言うのか…っ!?」
「そんなわけが無いだろう。観光の方が大事なら、そもそもこんなことはせずに今も王都の街並みを堪能しているさ。この国が衰退してしまっては、それも楽しめなくなってしまうだろう?だから優先して手早く片付けるんだよ」
まぁ、ある意味観光が大事だと言えなくもない。だが、それを楽しむことができるのも、国が平和であるからだ。
だから私は今回の問題、大事になる前に早急に解決するつもりでいる。その際、あまり自重をするつもりは無い。
いや、戦闘的な意味では勿論最小限の力に抑えるが、魔術的な意味では今回の『実幻影《ファンタマイマス》』を始めとした、人間では到底使用できないような魔術は遠慮なく使っていくつもりである。
「とにかく、マコトと繋げるよ。私は遠距離で思念による会話を、魔術を使用できるんだ」
「なっ!?魔術でっ!?なっ何だっ!?頭に直接鈴のような音が…!?」
〈と言うわけで繋げたよ。ちゃんと聞こえているね?モスダン公爵〉
〈こ、これは…っ!?何ということだ…。こんな魔術が出回れば、世界状況は一変するぞ…!?〉
〈その点については多分問題無ぇぞ?この魔術、高等過ぎて俺やエネミネアですら補助用の魔術具が必須だからな。しかも”楽園”由来の最高級品だ〉
〈そ、その声っ!?マコト=トードーかっ!?まさか、本当に繋がっていると言うのか…っ!?〉
〈おーおー、あの”氷帝”が、やったら驚いてるじゃねぇの。繋がって早々、良いもんが聞けたぜ〉
楽しげだね、マコト。どうやら彼はモスダン公爵と初対面ではないらしい。
まぁ、彼の経歴を考えれば何もおかしくはない。むしろ、会ったことが無い方がおかしいまである。
それはそれとして”氷帝”、とな?
モスダン公爵とマコトの年齢は同じぐらいだ。2つ名があるぐらいなのだ。ひょっとして、彼の若い頃はマコトと共に共通の敵と戦ったことがあったりするのだろうか?
興味深いな。それに、マコトも元”一等星《トップスター》”冒険者だ。彼にも2つ名があってもおかしくない。
〈ほざけ”ウィステリア”。このような人智を越えた存在を前にして、冷静でいられる方がおかしいのだ。貴様も初めはそうでは無かったのか?〉
〈残念だったな。生憎と、俺のとこにはユージェンから事前に連絡が来ていたからよぉ。ある程度覚悟をしておく時間があったのさ〉
〈チッ…冒険者共め…相変わらず忌々しい…〉
マコトも2つ名があったようだな。それにしたって、”ウィステリア”とは…。
確か、そんな名前の花があったな?それに、その花の色も同じ名称だった筈だ。
はてさて、マコトの2つ名はどちらが由来なのだろうね?
とは言え、それを知るのは今では無いな。軽く罵り合うぐらいには知った仲のようだが、そろそろ話を進めさせてもらおう。
〈お互い、久しぶりの会話の機会で積もる話もあるかもしれないけど、それは今抱えている問題を解決してからにしようか〉
〈待て。貴公、何か誤解をしていないか?儂とこの男は、別段親しい中では無いのだぞ?〉
〈そうだぜ。偶々同じ戦場で同じ敵と戦ったことがあるぐらいだ。それ以外じゃ俺の邪魔ばかりしやがってよぉ…〉
〈どの口がほざくか。貴様が大事になるような道具や技術を短期間で大量に生み出したおかげで、どれだけこの国が混乱したと思っている。平民はおろか、貴族の常識までもが変化してしまったのだぞ〉
ううむ、言った傍からまた始めてしまった。これはルグナツァリオやロマハにやったようにちょっと痛い目を見てもらう必要があるか?
いやいや、何を考えているんだ私は。流石にこんなことで人間相手に『真言』を使うわけにはいかない。使用したら間違いなく大惨事になる。
ここはダンタラを見習って、言葉だけで何とか2人を宥めよう。
〈はいはい、文句の言い合いは事を終わらせてから、お互い直接ね〉
〈おぅ、そうだな。だが、ちゃんと理解してくれよ?俺とコイツは別に仲良しじゃねえんだってことはよ?〉
〈勿論、理解しているよ。アレだ。小説によく出てきた、”ツンデレ”とか言う概念だろう?分かっているとも〉
〈……アンタ、この短期間で一体どんだけの本を読んだんだよ…。まぁ、いいや。話が進まないから、それで良い〉
〈待て、儂はまだ〉
〈”氷帝”。間違っても、ノアの不興を買おうとするな。比喩表現じゃなく、国が消える。お前ほどの者が、ノアを目の前にしてそれが分からねえのか?〉
〈な、何、だと…き、貴公…っ!?〉
ああ、そうだった。マコトは私が幻を用いてモスダン公爵と会話をしているとは思っていないからな。その点も少し説明しておかないとか。
〈あー、マコト。今、チョットした魔術を用いてて、モスダン公爵の前にいるのは本物の私じゃないんだ。ただし、物に触れることはできるし、今やっているように会話もできるよ。流石に飲食はできないけど、嗅覚だってある〉
〈ええぇ…。なんだよ、そのブッ壊れ魔術は…。やべぇな。どう考えても、補助具を使ったとしても人間に扱えるような魔術じゃねぇ…〉
〈さて、もういいかな。いい加減、話を進めよう〉
〈う、うむ。良いだろう。それで、貴公は儂と貴公等が組まないか、と提案をしてきたな?具体的にはどうすると言うのだ〉
ふう。ようやく話を進められる。だが、ここまで来れば後は早い筈だ。モスダン公爵がどう思っていようが、私の中では既に決定事項だからな。
〈何、そこまで難しい話じゃないさ。モスダン公爵。貴方の筋書きを少し修正する程度だよ〉
〈儂の筋書きを、だと?〉
〈貴方、自分もろとも騎士を制圧しようとしている貴族達を一掃しようとしていただろう?そこを少し変更する〉
〈…貴公には少々、儂の胸中を喋りすぎてしまったようだな…〉
〈エルガーッ!?テメェ、そんなこと考えてやがったのかっ!?〉
マコトが憤慨しているな。マコトもモスダン公爵がこの国を少なからず思っている人物だと知っていたのだろうか?少なくとも、マコトはモスダン公爵のことをあまり悪く思っていないように感じる。
そうでなければ、公爵が自分の命を犠牲にしようと知って、ここまで憤慨はしない筈だ。やはり”ツンデレ”か。
〈言っておくがな、”ウィステリア”。今後もこの国の安寧を保つには、これが最善の手段なのだ〉
〈私はそうは思わないな。貴方はまだこの国に必要な人間だと思うよ?だから、私は貴方を、この国に混乱を招いた首謀者ではなく、2人の侯爵を始めとした、ティゼム王国の害となる者達を炙り出すために一計を案じた英雄、という筋書きにする〉
〈貴公は、老い先短い我が身に、重荷を背負わせようと言うのか?〉
〈貴方の計画の真意を、そのまま国民達に知ってもらおうと言うだけの話だよ。違うのは、貴方の命が犠牲になるか、ならないかの差でしかない〉
まぁ、少々大変だとは思うが、何も知らないような若者に英雄役を任せてしまうよりはずっとましだと思うがね。
それに、英雄として称えられるなら、発言力も大きくなる。
元々の公爵という立場も相まって、ほとんどの貴族はモスダン公爵の言う言葉に反感を抱くことなどできなくなるさ。
そうすれば永遠に、などとは口が裂けても言えないが、しばらくはティゼム国に安寧をもたらすことができるだろう。
人間が過ちを繰り返す生き物であると言うのなら、そこから先はその時代に生きる者達次第になる。それは、人間達に課せられた、宿命のようなものだ。
〈エルガーを犠牲にしない方法があるってんなら、そっちの方が断然良いわな。なぁに、英雄ってのも慣れりゃあそこまで大変じゃないぜ?〉
〈貴様の尺度で物を語るな。そもそも、我がモスダン家は儂の代で終わりを迎えようとしているのだぞ?〉
〈気になっていたのはそこだよ、モスダン公爵。自分の身はともかく、家を投げ打ってでも、と言っていたね?貴方には後継者がいないの?公爵ともなれば、複数の子をもうけているのが普通なのだろう?〉
モスダン公爵が自分を、そして家を投げ打つと言っていた時点で、彼に後継者がいない可能性は考えていた。
彼に後継者がいるのならば、彼の子供に自分を裁かせるという筋書きを真っ先に思いつくと思ったからだ。まぁ、巻き込まれた子供は、堪ったものではないが。
だが、モスダン公爵は初めからその方法を取ろうとしていない。
〈テメェの代で終わりって、どういうことだっ!?エルマンのことは確かに残念だったが、テメェにゃエリザが、エリザベートがいただろうがっ!?あの娘に何かあったとかいう話は、俺の耳には入っていねぇぞ!?〉
ふむ。彼にもしっかりと後継者がいたようだが、何らかの原因で命を落としてしまったらしい。
それに加えて、女性の子孫もいるようだな。マコトの情報網ではまだ存命しているようだが、モスダン公爵はその女性を後継者にするつもりは無いと言うのか。
〈エリザでは…無理なのだ。あの娘には、儂等モスダン家が受け継ぐべき力が受け継がれなかったのだ…。あの子は、信頼できる家に嫁がせる〉
〈受け継がれなかったと言うのは、代々生まれ持って得た魔法とやらのこと?〉
〈そうだ。それこそがモスダンの象徴であり、後継者の資格でもある〉
〈お前も魔法が使えたのかよ…。ああ、そういやお前はいつも妙に察知する力があったからな。アレが魔法の力だったってわけか。チッ、上手く隠せてたもんだぜ、まったくよぉ…〉
〈ふん…!隠していたのはお互い様だろうが〉
なるほど。産れてくる子供と言うのは、例え血が繋がっていようとも、親の持つ要素を完全に引き継いで生まれてくるわけでは無いからな。
だが、その前に1つ確認しておきたいことがある。放っておいたらまた言い争いを始めてしまいそうだし、マコトが口を開く前に訊ねておこう。
〈それでマコト。貴方の言っていたエルマンとエリザベートと言うのは、何者なのかな?話的に、モスダン公爵の息子と孫娘だと思うのだけど〉
〈あ?ああ、アンタの予想まんまその通りだ。エルマンは俺から見ても現役バリバリの優秀な騎士でな。何とあのカークス騎士団に所属していたんだ。んで、エリザベートはそのエルマンの娘だ。そこの”氷帝”の孫娘とは思えないほど天真爛漫で良い娘でな。しかもソイツ、人が変わったようにニコニコ顔でエリザを可愛がってんだぜ?ジジ馬鹿だよ、ジジ馬鹿〉
ほう?貴族達の密会の時から今の今までモスダン公爵は常に仏頂面である。
そんな彼がにこやかな顔をしている場面、是非とも見てみたいところではあるが、それよりもマコトは私にとって無視できない事実をポロリと口にしたな。
〈……なぁ、マコト。カークス騎士団に所属していた、ということは…。つまり、そのエルマンとやらは…〉
〈……まぁ、そう言うことだ。今から約2ヶ月くらい前に、”楽園”へ向かって、そこから音信不通だよ〉
〈……だから、高位貴族が騎士になど、なるものでは無いのだ…。自分だけの命では無いと言うのに、馬鹿者が…〉
〈………〉
なんてこった!また私が原因かっ!?
仕方が無いこととは言え、短絡的に行動し過ぎてしまったとでも言うのだろうか?
いや、違うな。私の優先順位はあくまで”楽園”が最優先だ。それだけは覆らないし、それに関する行動で後悔はしない。
その結果、人間達の情勢に大きな影響が出て、それが巡り巡って私の旅行先で厄介事が起こると言うのなら―――
取ってやろうじゃないか、責任というやつを。
それが私のケジメのつけ方だ。
ともかく、モスダン公爵が半ば自棄になって自らを犠牲にしようとした原因は後継者がいないため、で良いんだな?
ならば、後継者問題を解決してやれば、ここまでモスダン公爵が自棄になることも無いというわけだ。
どうもエルマンとやらは、モスダン公爵に反目するような形で騎士になっていたようだし、それであの2人の侯爵に騎士嫌い仲間とでも思われたのだろう。
〈モスダン公爵、今じゃなくて良いのだけど、貴方の孫娘、エリザベート?に会わせてもらうことはできるかな?〉
〈会ってどうするつもりだ?確かに、あの娘が珍しい種族に会えば喜びはするだろうが、何が狙いだ?単純に孫娘を喜ばせたいわけでは無いのだろう?〉
〈なに、貴方が自棄になる理由を無くそうと思っただけさ〉
〈なんだと!?貴公、エリザに何をする気だ!?〉
〈試してみないと分からないけど、エリザベートがモスダン家の魔法を使えるようにしてみる。多分だけど、できると思うよ?〉
〈っ!?!?〉
〈まぁーたとんでもねぇこと言いだしたよ、コイツは…〉
モスダン公爵の両目が三度、いっぱいまで開かれた。
かつてないほどまで驚愕しているが、私ならばできないことではない筈だ。
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