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「序章 星を舐める少女」
砂色の風が、荒野を削るように吹き抜けていた。
空は夕焼けと夜の境目にあり、遠くの地平線では一番星が瞬き始めている。
その星を追うように、ひとつの人影が荒野を歩いていた。
それは、あなた――異世界に迷い込んだばかりの旅人。
乾いた空気が喉を刺し、足元の砂利がぎしぎしと音を立てる。水も食糧も乏しく、方角もわからない。
唯一の頼りは、胸の奥で淡く光る、見知らぬ金属片だけだった。
それはこの世界に来た直後、目の前に現れた老人が「星の鍵」と呼んで手渡してきたものだ。
老人はすぐに砂嵐の向こうへ消え、それ以来会っていない。
――そのとき。
耳の奥で、ガラスを舐めるような澄んだ音が響いた。
顔を上げると、岩陰にひとりの少女が腰を下ろしていた。
髪は夜空に溶ける紫色、瞳は星の海のように深く、指先で転がすのは瑠璃色のキャンディ。
唇に触れるたび、ほのかに甘い香りが漂った。
「……珍しいわね、こんな時間にここを歩くなんて」
彼女は、まるで前からあなたを知っていたかのように微笑んだ。
「あなた、地球から来たんでしょう?」
心臓が一度、大きく跳ねた。
この世界で地球の名を口にした者は、彼女が初めてだった。
なぜ知っているのかと問いかけようとした瞬間、彼女は空を見上げて細く息を吐いた。
「――来るわ」
その言葉と同時に、夜空が裂けた。
漆黒の亀裂から、灼熱の咆哮が溢れ出す。
現れたのは、山のような黒き竜。
全身を覆う鱗は闇よりも深く、口から漏れる炎は空気を焼き尽くしていく。
少女は立ち上がり、あなたの手首を掴んだ。
触れた瞬間、氷と炎が同時に流れ込むような感覚が走る。
「逃げても無駄。あれはこの星を食べに来た――奈落喰らい」
竜が翼を広げた瞬間、大地が震え、無数の岩が宙に浮かび上がった。
あなたは立っているだけで精一杯だ。
しかし少女は、まるで舞うような軽さで一歩前に出た。
銀河の光を帯びた翼が、彼女の背から広がる。
「契約しなさい」
静かな声だったが、それは命令にも祈りにも聞こえた。
「私となら、星を武器にして、あの竜を斬れる」
竜の咆哮が夜空を裂く。
あなたは、逃げるか、戦うか――選ばなければならなかった。