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「凄いですね、彼女。天才と言ってもいいかも知れない」
ヴィルヘイムは、少し離れた場所からヴィオラを見ていた。
ヴィオラは机に向かい、真剣に本を読んでいる。机の上には、山積みにされた本が何冊も積み上げらていた。
「あの量をひと月で、読んだのか……」
バーレントは、驚きながらも引いた。
「俺なら絶対、死ぬ……」
「貴方は、昔から勉強嫌いでしたからね」
バーレントはテオドールと歳も近く、ヴィルヘイムにとっては弟の様な存在だった。今でこそ余り訪ねてくる事もなくなったが、昔は毎日の様にヴィルヘイムの部屋へと来ていた。その度に、勉強をする様に促すものの、彼は無視をしていた。故に、たまに訳の分からない間違った単語などを発する……少しお莫迦に育ってしまった。
「彼女は、貴女と違って勉強が好きなようですから。しかも本を読むだけではなく、ちゃんと理解し記憶をしている」
ヴィオラから、勉強を教えて欲しいと頼まれた時、ヴィルヘイムはもっと違う事を想像した。
女性であるヴィオラは、正直深い知識は必要ない。社交の場などで、教養のある人に見せる事が出来るだけの浅いもので十分だ。
男性の話し相手になる際に、相打ちを打てる程度の。
だが蓋を開ければ、ヴィオラは始めから終わりまで全ての事を学ぼうとした。そして事実、それを実行している。
これまで本当に学んでこなかったのかを、疑いたくなる程だ。
今では簡単な国の仕組みを理解し、質疑応答をする事が出来る。
人から得た答えではなく、ヴィオラは自ら考えた答えを導き出していた。
言うだけなら簡単な事だか、これは酷く難しい事だ。
「このままでいけば、1年もしない内に私の知識を超えてしまうかもしれないですね。参りました」
ヴィルヘイムは、感心しながらこれからの事を思案し始めた。
ヴィオラが勉強を初めて、よ月が経つ。
人は知識を得ると自然と話し方や振る舞いも変わっていくものだ。ヴィオラも僅かではあるが、淑女に近づいたように見える。
「ヴィルヘイム様、頼まれていた書類こちらで宜しいですか」
ヴィオラから書類を手渡されたヴィルヘイムは、大まかにそれに目を通す。
「……間違いありません。ありがとうございます、ヴィオラ。いつも雑務ばかりで、申し訳ないです」
その言葉にヴィオラは、安堵の息を吐く。
「いえ、まだ私にはこれくらいしか出来ませんので」
「たった数ヶ月で、これだけの事をこなせる様になれれば十分ですよ。貴女はとても優秀な教え子です」
ヴィルヘイムのお世辞抜きの言葉に、ヴィオラは照れた様に笑みを浮かべた。
この、よ月の間。自分なりに死ぬ物狂いで努力した。少しでも早く成長したくて、頑張った。テオドールは未だ戻らないが、彼が帰ってきた時に彼の力になれる様になりたかった。
フラれてはしまったが、よく考えたら落ち込んでいる場合ではなかった。これまで助けて貰った恩をまだ1度もヴィオラはテオドールに返していない。それなのにも関わらず、このまま彼の前から姿を消すのは人として良くないと気がついた。
彼の元を去るにしても、恩を返してからにしたい。
それ故に、勉強をし知識を身につけようと思い立ったのだ。
「少し、休憩にしましょうか」
ヴィルヘイムは、お茶を中庭へと運ばさせた。こうして、中庭でお茶をするのは日常になっていた。
「今日のお菓子は、新作だそうですよ」
「そうなんですか?」
甘い香りが漂ってきて、ヴィオラの頬は緩む。
「美味しい……ヴィルヘイム様は、お召し上がりにならないんですか?」
「私は今は……」
そこまで言ってヴィルヘイムは黙った。そして、暫くの間がありにっこりと笑みを浮かべてこう言った。
「ヴィオラが、私に食べさせてくれるのでしたら是非食べたいのですが」
「へ……あ、いえ」
ヴィオラは口元を押さえる。中々、長年染み付いた癖は抜けないようだ。
「冗談ですよ」
ヴィルヘイムは、少し意地悪そうに笑った。
「ヴィルヘイム様……」
「ハハッ、すみません。貴女が可愛いからつい」
穏やか雰囲気の2人。社交界では今、ある噂が流れている。
王太子殿下が、ついに婚約者を決めたと。