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転校してきた殺し屋君第2章:崩壊する日常
第16話:双璧の決戦(ダブル・レクイエム)その2
放送室からのチャイムが、悲鳴のような不協和音となって校庭に響き渡る。
「……あ、あァ……あアアアアアア!!」
海沼の喉から、人間のものではない咆哮が漏れた。その細い体が、内側から膨れ上がる殺圧に耐えかねるように激しく痙攣する。瞳の光は完全に消失し、底なしの闇のような黒が眼球を支配した。
五つの人格の最深部、厄災の化身**『玲(れい)』**の覚醒。
「……ようやくお出ましね」 藤堂が刀を構え直すが、その指先は微かに震えていた。これまでの人格とは比較にならない。「死」そのものが服を着て立っているような、絶対的なプレッシャー。
玲は、幽霊のような足取りで一歩踏み出した。その口から漏れたのは、冷酷で、ひどく透き通った女の声だった。
「ねえ、黒咲。玲亜がどうして人格を失ったか、教えてあげましょうか?」
玲は黒咲の攻撃を、まるで見えていないかのように首を傾げてかわした。その動きには予備動作が一切ない。
「彼女はね、お母さんが大好きだったの。でも、ある夜、お母さんは真っ赤な花を咲かせて死んじゃった。強盗に襲われた……そう聞かされて、彼女の心は壊れて、私たちが生まれた。……でもね、違うのよ」
玲の指先が、黒咲の胸元を優しく、ナイフのように撫でた。
「殺したのは、私。玲亜の中にいた私が、お母さんの喉を切り裂いたのよ。あの子が『お母さんを独り占めしたい』なんて願うから。……殺し屋に拾われたのも、その才能を愛されたから。皮肉よね、自分の母親を殺した腕で、これまで人を殺してきたなんて」
その言葉は、精神の奥底に沈んでいた海沼玲亜の「主人格」に届いてしまった。 深層心理の中で、玲亜が絶望の海に沈んでいく感覚を黒咲は悟った。彼女の心が、あまりの真実に自己崩壊を始めたのだ。
「……ふふ、あの子はもう戻ってこないわ。この体は、私のものよ」
玲の動きが爆発した。 それは格闘技でも、暗殺術でもない。ただの「効率的な屠殺」だった。
ドォォォォン!!
一瞬。 黒咲は、自分が何をされたのか理解できなかった。気づいた時には、校舎の壁まで吹き飛ばされ、コンクリートに深くめり込んでいた。玲の放ったただの一蹴りが、特訓で鍛えた黒咲の防御を紙のように突き破ったのだ。
「黒咲!!」 藤堂が叫び、白銀の刃を玲の項(うなじ)へと振り下ろす。だが、玲は振り返りもせず、指先だけでその刃を受け止めた。 「……折れちゃえ」 パキィィィン! と、組織特製の合金刀が、飴細工のように砕け散った。
「なっ……!?」 絶句する藤堂の腹部に、玲の手掌がめり込む。 「カハッ……」 藤堂は声もなく崩れ落ちた。
「次は、あなたね」 玲が、瓦礫の中から立ち上がろうとする黒咲を見つめる。 黒咲は吐血し、視界がかすんでいた。体中の骨が悲鳴を上げている。だが、佐藤(小曽根)と竹内(安藤)から教わった「理」が、彼の脳内で冷徹に火を灯した。
(落ち着け……。あいつは強い。だが、動いているのは『肉体』だ。海沼玲亜の、限界がある肉体だ……!)
黒咲は、砕けた藤堂の刀の破片を一つ、手に取った。 「玲……。お前が玲亜の過去を汚したとしても、この体は玲亜のものだ。返してもらうぞ……その汚い魂ごと、叩き出してやる!」
黒咲の構えが変わった。 佐藤のボクシング。安藤の超感覚。そして、黒咲自身の「掃除屋」としての執念。 それらが一つに溶け合い、黒咲の周囲の空気が静まり返る。
「……あら、まだ踊る気?」
玲が再び姿を消す。 次の瞬間、黒咲の背後に現れた玲が、その細い指先を黒咲の心臓へと突き出した。 だが、黒咲は動かなかった。あえて背中を晒し、肉を切らせて骨を断つ。
ガッ、という生々しい音が響く。 玲の手が黒咲の肩を貫いた。しかし、黒咲はその激痛に耐え、玲の腕を自らの肉で固定した。
「捕まえたぞ……!」
「……っ!? 狂ってるわね、あなた」 玲が初めて顔を顰める。 黒咲は至近距離から、佐藤に教わった渾身の「魂の連打(ラッシュ)」を玲の横隔膜へと叩き込んだ。
ドシュッ! ドシュッ! ドシュウゥゥゥン!!
ひとせるな
318
一撃ごとに、海沼の肉体に刻まれた「人格の鎖」を打ち砕くような衝撃。 玲は、黒咲の肉を裂きながら逃れようとするが、黒咲は離さない。
「戻ってこい、海沼!! お前の罪は、お前のものじゃない!!」
最後の一撃。 黒咲の拳が玲の眉間を捉えた。殺すためではなく、眠っている玲亜の魂を呼び覚ますための、魂の咆哮。
夜の校庭に、衝撃波が駆け抜けた。
(つづく)