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ひとせるな
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転校してきた殺し屋君第2章:崩壊する日常
第17話:双璧の決戦(ダブル・レクイエム)その3
黒咲の拳が玲の眉間にめり込んだ瞬間、衝撃波が海沼の脳内を駆け抜けた。
「……あ、あぐっ……あアァアァ!!」
玲が顔を歪め、苦悶の声を上げる。黒咲の狙いは、単なる打撃ではない。佐藤浩介から教わった「神経を揺さぶる一撃」だ。脳の回路を強制的にショートさせ、今、表に出ている『玲』を深層心理へと引きずり下ろす。
だが、玲の支配力は凄まじい。絶望の淵に沈んだ海沼玲亜の主人格は、もはや自ら浮上する力を失っていた。
「無駄よ……。あの子はもう、自分の罪に潰されて死んだわ……!」 玲が血を吐きながら嗤う。
「……いいや、まだだ。お前を抑え込めるのは、玲亜だけじゃないはずだ」
黒咲は、玲の喉元を掴み、至近距離でその闇のような瞳を凝視した。 海沼の五つの人格。 蹴り技の『玲奈』、パワーの『れいお』、知略の『れいの』、狂気の『れいたろう』、そして厄災の『玲』。
だが、黒咲は気づいていた。 海沼と過ごした「普通の日常」の中で、時折見せた彼女の本当の優しさ。他人を思いやり、傷つくことを恐れる、臆病なほどに繊細な魂。それは、どの攻撃的な人格にも当てはまらない、防衛本能が生んだ「最後の一人」がいるはずだと。
「出てこい……! 玲亜を守るために生まれた、本当の『お姉ちゃん』!!」
黒咲の叫びに呼応するように、海沼の体から噴き出す黒い殺気が、一瞬だけ白く、温かな光に揺らいだ。
「……あら、私のこと?」
玲の口から漏れたのは、先程までの冷酷なトーンとは違う、落ち着いた、包み込むような女性の声だった。 玲の瞳から凶悪な光が消え、柔らかな、だが断固とした意志が宿る。
五つの人格のリストにはなかった、隠された六番目。 あるいは、分裂した人格たちが暴走しないよう、心の奥底で彼らを監視し、導いてきた守護人格――『母(マザー)』。
「玲。あなたはやりすぎたわ。……この子は、まだここで終わる器じゃないのよ」
『母』の意識が覚醒した瞬間、玲の人格が悲鳴を上げて深層へと押し戻されていく。人格の主導権が、圧倒的な「母性」の力によって塗り替えられていく。
「な、何を……何をしているの! 私は、玲亜を守るために……!」 「ええ、分かっているわ。でも、あなたのやり方は、この子を孤独にするだけ。……さあ、おやすみなさい」
海沼の体が、糸の切れた人形のように黒咲の胸の中へと倒れ込んだ。 殺気は消え、そこにはただの、傷ついた一人の少女がいた。
「……浩一くん、ありがとう。あの子(玲亜)は、私が預かるわ。しばらくは眠らせてあげて」
海沼の口が、微かに、穏やかに動いた。 その直後、時計塔のスピーカーから耳を裂くような電子音が響き渡る。
『おやおや……「母」の覚醒ですか。計算外でしたが、これもまたデータとしては興味深い。……ですが、この茶番もここまでです』
放送室のモニターが切り替わる。 教頭の背後に映し出されたのは、校舎全域に設置された、赤く点滅する「起爆装置」だった。
『親友の死、四天王の裏切り、多重人格の開花……。素晴らしい「卒業制作」でしたよ、凪浩一君。……さあ、爆炎の中で卒業式を始めましょうか』
教頭の指が、ボタンへと伸びる。
(つづく)
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