テラーノベル
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病院の白い廊下は、やけに静かだった。隣を歩く
澤村大地の足音がやけに響く。
後ろからついてくる
影山飛雄は、何も言わない。
診察室。
医師の声は淡々としていた。
「過度のストレスと睡眠不足による一時的な視覚障害ですね」
「……視覚、障害」
その単語が、喉に引っかかる。
「今は“仮性近視”に近い状態です。焦点が合わなくなっている。放置すれば悪化します」
放置。
日向の指先が冷たくなる。
澤村が静かに頭を下げる。
「治りますか」
「治療と休養が必要です。最低でも数週間は激しい運動は禁止です」
数週間。
春高まで、あとわずか。
日向の中で、何かが音を立てて崩れた。
帰り道。
夕焼けが滲んで見える。
「すみません」
ぽつり。
澤村が立ち止まる。
「謝るな」
低い声。
強い声。
「お前はチームの一員だ。無理して壊れる方が迷惑だ」
優しい。
でも痛い。
迷惑。
その言葉が胸を締める。
「俺、足引っ張ってましたよね」
「引っ張ってない」
即答だったのは影山。
視線は前を向いたまま。
「お前がズレてんのは分かってた。でも」
一瞬、言葉を詰まらせる。
「言えなかった俺も同罪だ」
影山は年上には敬語を使わない。
だが澤村の前では一歩引く。
その距離感が、いつも通りで。
だからこそ。
日向は苦しくなった。
数日後。
体育館。
日向は見学。
ベンチの端に座る。
声は出す。
ボールも拾う。
でもコートには立てない。
「ナイスキー!」
声が、少し掠れる。
影山のトスは、別のスパイカーへ。
歓声。
スパイクが決まる。
胸が軋む。
“あれは俺の場所だ”。
心の奥で、黒い感情が渦巻く。
嫉妬。
焦り。
恐怖。
そして。
「いらないかもな」
自分で自分を切り捨てる声。
その夜。
布団の中で、日向は天井を見つめる。
ぼやけた光。
「太陽ってさ」
呟く。
「沈んだら、戻ってくるよな」
自分に問いかける。
答えはない。
目を閉じる。
涙が、静かに流れる。
もう“元気な日向”を演じる余裕はない。
怖い。
置いていかれるのが。
忘れられるのが。
必要とされなくなるのが。
数日後。
練習終わり。
影山が、日向の前に立つ。
「お前」
低い声。
「勝手にいなくなるな」
「……は?」
「勝手に“終わらせるな”って言ってんだよ」
視線がぶつかる。
「俺のトスはお前に合わせてんだ」
一歩近づく。
「勝手に消えんな」
不器用な言葉。
でも真っ直ぐ。
日向の喉が詰まる。
「俺、怖いんだよ」
とうとう、言った。
「見えなくなったら、何も残らない気がして」
沈黙。
そのあと。
澤村の声が背後から響く。
「残る」
振り向く。
キャプテンは、真っ直ぐ日向を見る。
「お前の努力も、負けず嫌いも、意地も、全部な」
体育館の灯りが滲む。
でも今度は。
少しだけ、はっきりしている気がした。
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