テラーノベル
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王都を失ってから、幾月かが過ぎた。
西の古都での暮らしは、日を追うごとに、仁人の心をすり減らしていった。
王都は、仁人にとって、ただの都ではなかった。先々代の女王が築き上げた、この国の誇りそのもの。歌や舞、あらゆる芸術が花開いた、文化の中心地。幼い頃から兄と過ごした、数えきれない思い出の欠片。そして――勇斗と、初めて出会い、親友になり、恋人になった、かけがえのない場所。
それらすべてを、仁人は、自分の代で失った。
「僕は……偉大な女王が遺したものを、ただ滅ぼしただけの王なんですね」
ある夜、仁人は、誰にともなく、そう零した。
「何一つ、守れなかった。母上が命がけで築いたものを、僕は、たった数年で、こんな古びた都に押し込めてしまった」
「仁人のせいじゃない」
「僕のせいですよ。王としての僕が、無力だったから」
かつては、王になどなりたくないと、あれほど願っていたはずだった。だが今、いざこの重責を、こんな形で手放しかけている自分を思うと、仁人の胸は、以前とはまるで違う痛みで満たされた。
自由になりたかったはずの重荷が、失いかけた今になって初めて、こんなにも大切なものだったと、思い知らされている。
古都の限られた兵力では、王都を奪還することなど、土台無理な話だった。老臣たちも、それを分かっていながら、誰も口には出さなかった。だが仁人自身、その現実を、痛いほど理解していた。
理解しているからこそ、余計に、王都への想いは募っていく。取り戻せないと分かっているものほど、人は強く恋い焦がれるものなのかもしれない。
勇斗は、そんな仁人の想いを、黙って受け止め続けていた。仁人の王都への思いは、勇斗の心にも、深く残った。だが今この時、勇斗にとって何よりも優先すべきは、王都を取り戻すことではなく、仁人が生き延びることだった。
その頃、勇斗は、密かに舜太との文のやり取りを続けていた。
最初の交渉で交わした約束――仁人の身の安全と、これ以上の略奪や虐殺の停止。それを確かなものにするため、勇斗は幾度となく、舜太のもとへ密書を送り続けていた。
その内容は、次第に、単なる情報のやり取りにとどまらなくなっていった。万が一、古都までもが陥落したときのために――仁人を、どこか安全な場所へ逃がす算段。国外への逃走経路。あるいは、身分を隠して匿ってくれる国への、亡命の斡旋。
勇斗にとって、それは仁人の未来を守るための、最後の保険だった。だがその内容は、誰かに見られれば、紛れもない反逆の証にしかならないものでもあった。
その密書のひとつが、押収されたのは、ある雨の夜のことだった。
国境近くで捕らえられた密使が、すべてを白状した。届けられた書状には、黄色い国の軍勢、砦の兵力配置、そして――仁人を逃がすための、亡命先の候補地までもが、克明に記されていた。
「――陛下。これを、ご覧ください」
老臣の一人が、震える手で、仁人にその書状を差し出した。
仁人は、その文字を、何度も目で追った。見覚えのある筆跡。勇斗のものだった。
「……嘘だ」
最初に零れた言葉は、それだった。
「何かの間違いです。勇斗が、こんな……」
だが、書状に記された内容は、あまりにも具体的で、あまりにも詳細だった。信じたくない気持ちと、王として目を逸らしてはならない現実との間で、仁人の心は、引き裂かれそうになっていた。
「陛下。これは、明らかな内通の証です。……いかなる理由があろうと、看過することはできません」
「……分かって、います」
仁人の声は、掠れていた。頭では理解していた。王として、これを見過ごすことは、許されない。だが心は、まだその現実を、受け入れる準備ができていなかった。
その日のうちに、勇斗は捕らえられ、王の前に引き出された。
「仁人、これは違う。話を――」
「――黙れ」
仁人の声は、怒りに震えているというより、ひどく混乱しているように聞こえた。何が本当で、何が嘘なのか、自分でも整理がつかないまま、仁人は、王としての言葉を、辛うじて絞り出した。
「お前を、この国から追放する」
その一言を発した瞬間、仁人自身、自分が何を言ったのか、正しく理解できていなかった。ただ、王としてそう言わなければならないという義務感だけが、体を突き動かしていた。
「待ってくれ、仁人! 全部、お前のためだったんだ! 聞いてくれ――」
勇斗の言葉は、最後まで届かなかった。
周囲を固めていた廷臣たちが、なだれ込むように勇斗を取り押さえ、問答無用で、その体を城外へと引きずり出していく。
「放せ! 仁人! ――仁人!」
叫びながらも、勇斗の心を占めていたのは、自分がこれからどうなるかという恐れではなかった。
もう、あの人のそばにいてやれない。
もう、あの人を、この手で守ってやれない。
その絶望だけが、勇斗の叫びのすべてだった。
コメント
1件
このエピソード、すごく切なかったです……。王都を失った仁人の自責の念と、その仁人を守るために勇斗が取った行動が、皮肉にもすれ違ってしまう展開に胸が締め付けられました。特に「もう、あの人のそばにいてやれない」という勇斗の絶望が、最後の一文で一気に迫ってきて、読後もずっと心に残っています。二人の関係性がどうなっていくのか、本当に気になります。
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191