若井と共に集まり、元貴から渡された今年最後の新曲デモは、この10周年を駆け抜けた一年間の総まとめ、だと思っていた。だけど、これまでずっと近くで元貴の生み出す楽曲を愛してきた俺は、最近の元貴の『変化』を隠す事なく表したものだと気付いた。それは、これまでのファンへのメッセージであり、これからのこの時代を生きていく人達へ“元貴の今”を届けるものだった。
俺達がずっとタイアップしてきた、飲料メーカーのCMソングとして書き下ろす、それがこの楽曲を世に出すきっかけではあったが、元貴からは「配信リリースの時には、それは敢えて伝えない。」と言われ、俺も若井も少し驚いた。
「タイアップって処だけに眼を向けて、ありきたりな応援歌として捉えて欲しくないの、この歌は。俺の、ミセスの、『普遍』で『不変』な部分と、『変化』と『進化』を、全部詰め込んだこの曲を、正しく届けたいから。」
元貴が、真っ直ぐに語った『変化』。そう、時代も、社会も、皆も、俺達も、この世界には変わらないものなんて、無い。
『考えすぎてる瞬間もあるかもしれないね。』
以前のラジオで、元貴が学生からの悩みに、そう答えた時があった。俺は、その言葉をすぐに『…でも、「考えすぎかも」は、さすがにおじさんすぎる!』と訂正した元貴を、忘れられない。
出逢った頃から、そしてその遥か前からずっと、彼は自分の中の孤独を、苦悩を、葛藤を、欺瞞を、そしてそれを巧く包容してはくれない世界を、歌にし続けてきた。それが、彼の、世界と対峙する方法だったのだと思う。
それが、30歳を目前にした今、彼の中で、またこれまでとは違う、少し理解したような、少し許せるような、受け入れざるを得ない『変化』が、生まれてきたように感じたのだ。
学生の頃の悩みを、『今思うと考えすぎかも』と言ってしまえる大人、『そんなこと言ってはダメだ』と言いたい子ども、心の中で葛藤するそのどちらも、今の元貴だ。
いつまでも、あの頃の不安の渦に巻き込まれるしかなかった非力な自分を忘れたくない、そう思う一方で、当たり前に歳を重ねる毎に経験も考え方も色々と蓄積する中でその形を変えていく。否応なく、変わっていく。これまでのような、心の尖った部分に傷を負いながらも触れる楽曲も、その傷を癒したいと願う楽曲も、そこに多くの共感を得てきたファンに、今の元貴を曝け出す事は、きっと恐ろしい事なのだ。
何故なら彼は、対峙するだけでなく、世界を往なす事を、覚えてしまった。
『裏切られた。』
『結局は、大人の側になってしまった。』
『もう私達の気持ちはわかってくれない。』
この楽曲を発表する事で、そんな言葉達が容赦なく元貴に降りかかるかもしれない。俺は、それが何よりも、怖かった。
「元貴、feelingをラストに歌うの、すごく気に入ってるね。」
あるライブリハの後に、俺は元貴にそう声を掛けた。元貴は口元を緩くあげて、優しく、それはもう優しく、微笑んだ。俺は、元貴がラストにfeelingを皆と唄う意味を、そこに見た気がした。
そして、アルバム曲の中の一つとしてのfeelingを歌い継ぐだけでは無く、10周年を締め括り、この先のMrs. GREEN APPLEを示すGOOD DAYという新曲を、今このタイミングで世に出すという意味も。
GOOD DAY
せめて、今日ぐらいは、良い一日を。
それが転がって、巡って、良い一日を繋げていければ、私の世界はきっと良いものだと思える、かも、しれない。
元貴は、今、世界の為に唄おうとしている。
自分の中を深くまで覗いて歌って、皆もそうだと共感を得て安心する為だけでは無く、元貴の手に入れた世界の往なし方を、皆の為に、世界の為に、唄い届けるつもりなんだ。
それのなんと、大きな覚悟だろう。それを『自分達なら出来る、やるべきだ。』と自ら背負おうとするのだから、元貴は本当に、凄い。
新曲のレコーディングが無事に終わって、俺達は新しいアーティストフォトの撮影に移っていた。
シンプルなヘアメイクに、全員黒いスーツで統一されている。俺が鏡で確認をしていると、元貴が近付いてきた。
「涼ちゃん、こっち向いて。」
「ん?」
「最後の、仕上げ。」
白いシアーな細い布を、優しく俺の首に巻いていく。大きなリボンにして、きゅ、と結び、指で所々引き出したりして、形を整えた。
「苦しくない?」
「うん、大丈夫。」
鏡を見ると、先程までその長さ故に少し寂しかった俺の首元が、優しく飾られていた。
「…いいね。」
鏡の中に顔を並べて、元貴が笑う。
「これは? 何か意味があるの?」
俺が訊くと、元貴は視線を少し上に留まらせた後、口の片端を上げて答えた。
「調べたら、すぐ出るよ。」
そう言って離れ、若井の元へ行く元貴に視線をしばらく送った後、机に置いたスマホを手に取る。
『絆と約束』リボンは結びつけることから、大切な人との絆が切れないように結び留める、あるいは永遠の絆を約束するという意味合いを持ちます。
『願いと祈り』リボンに願いを込める「祈りの形」ともされ、白いリボンは清らかな願いを込める際に用いられます。
さらに、『白』の意味には、こんなものも見当たった。
『新しい始まり・リセット』「白紙に戻す」のように、まっさらな状態から再出発するイメージを持ちます。
首にリボンを巻く意味、そして、白いリボンに込められた想い、『白』である覚悟。俺はそれらを、眼を細めて読んでいた。顔を上げると、若井と談笑していた元貴も、こちらに笑い掛けている。俺は、元貴の約束や願い、覚悟を、託されたんだ。
スタジオに入ると、様々なポーズ、様々な表情で、カット撮影が進んでいく。個人の撮影が終わり、3人のカットに入った。
「若井は、凛々しい顔して。」
「凛々しい顔ね、得意よ。」
若井が瞼をグッと開き、二重にして眼ヂカラを強めた。それを見た俺はハハッと笑う。
「涼ちゃんは、それ。」
「え?」
「これからのミセスの為にさ、涼ちゃんは、笑ってて。」
日本を明るくしたい。世界の為に歌いたい。その為にはまず、俺達が笑ってないと。でも、全員が笑顔だと、それこそ茶番で、馬鹿丸出しだ。俺は自分の担うべき役割を理解して、こくりと頷いた。
GOOD DAYがリリースされる深夜。俺達は仕事部屋に集まって、スタッフさん達と配信リリースを見守る。
これまで、元貴がSNSでこの曲への想いをぽつりぽつりと零してきた。今も、真剣な顔をしているが、何処か不安気な様子が見て取れる。さっきから、俺の横にピッタリとくっついて、手を握られている。俺も、その手を両手で包み込む。
若井が、俺の隣に腰掛けながら、スマホを触っている。後で聞いたら、有料メッセージアプリで、元貴の言葉と、この曲に俺たちが込めた想い、願い、そして覚悟を、皆に届けていたらしい。若井も、全力で、元貴を支えていたのだ。
「きたよ。」
スタッフさんの声に、俺達はスマホに集中する。元貴のSNSの元に届く、声達。それは賞賛ばかりで、しかし元貴の眼は、そこだけには留まらなかった。隅から隅まで眼を通して、小さな声も拾っている。そこには、失望、落胆、批判のようなものも、確かに見受けられた。俺が恐れていた言葉達が、元貴を刺していく。
暫くは、俺達はそこで皆と過ごしていたが、元貴が有料メッセージアプリでまた、ぽつりとメッセージを送った後、それぞれの帰宅の途に着いた。
俺は、元貴と共に彼の部屋へと戻る。今夜は、一緒に居ようと、言葉にせずともお互いにわかっていた。
ケージで眠りに着く元貴のわんちゃんをそっと見つめて、順番にお風呂を済ませる。
ベッドの枕部分に座ると、元貴が俺の胸の中に入り込み、力一杯身体を抱き締めてきた。両腕で彼をそっと包み込み、全ての声を聞き入れる事で少なからず傷ついたであろうその心を撫でる。俺の顔の直ぐ下にある元貴の髪に、そっと口を寄せた。大丈夫だよ。傷つき過ぎないように着込んだその鎧を、また少しずつ脱いでいこう。
顔を上げた元貴が、俺の瞳を見つめ、黙ったまま唇を触れさせた。眼を閉じて応えていると、元貴の手がするりと服の中へ入り込んでくる。腰を掴まれ、そのまま下へと引き倒された。上から見下ろす元貴が、そっと俺の首筋に指を触れる。
「…あのリボンの意味、わかった?」
「…アー写の…? うん…絆、約束、願い、祈り、それから、新しい始まり…だと思ったけど…。」
元貴が、嬉しそうに微笑んだ。そして、顔を耳元に降ろし、俺を蕩かせるあの声で囁く。
「…白いリボンにはね、真実の愛も、あるんだよ。」
俺は、元貴の首に腕を回して、キスをした。深く、深く、その愛に応える。元貴の鎧を溶かしてしまおうと、俺達は身体を重ねた。
俺の中にある小さな優しさで、元貴に幸せが訪れる様に。
そう言えない日があっても良い、それはわかるが、やっぱり元貴には『人生は素晴らしいもの。』と感じて欲しい。俺の傍で、感じてて欲しい。
俺だって、元貴への願いや、愛を込めて、ずっと君を抱き締めるよ。2人をいっそ、白いリボンで結び付けて仕舞ったっていい。そんな事を頭に巡らせながら、甘い熱の中で眠りについた。
翌朝、先に目覚めた俺は、ファンクラブのブログで、元貴の言葉と共に、自分の決意を認めた。
ホッと一息ついて、元貴の為にコーヒーを淹れる。暫くすると元貴が起きてきて、少し食べられそうだと言うので、簡単な朝食を用意した。
仕事に行く時間まで、ソファーでゆっくりしていると、隣で元貴が有料メッセージアプリに幾つものメッセージを贈っている。その顔からは、昨日の少しの険しさも無くなって、まるで母親に今日の出来事をお話ししているかの様な、そんな穏やかな表情だった。
「…よかった。」
「…ん?」
俺は、元貴の鎧を無事に脱がせたようだ。そう安堵を漏らすと、優しい笑顔で俺を見て、そっとキスをしてくれる。2人の間の手を繋ぎ、何度かのキスで顔を離した。
「次は、MVだね。」
元貴が、笑顔で俺に話す。
「そうだね。皆ビックリするかなぁ。」
「でもまずは、生配信トークだな。久しぶり? かな。」
「そうだね、前は、なんだっけ?」
「ビタバカじゃない?」
「え、あ、そんな前?」
「早いよな〜。」
そんな事を話しながら、俺達はずっと手を繋いで、笑い合っていた。
こんな日は、きっと、良い一日になる。
出来るだけ『良い』と思える日々を、そんな日々を、転がりながら、巡りながら、繋げていこう。
元貴と、若井と、俺と、そして、世界と。
GOOD DAY
完
コメント
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鎧を脱がせてくれる涼ちゃんに感極まってしまったよ🥹 10yearsを締めくくる、重要な楽曲バベルで大合唱できるのかな~ lalalala………♬♩ ♩ って。 Feelingみたいでめちゃめちゃ好き❤💙🧡 明日が、、、。と思う日もこの歌詞と明るいリズムで払拭できたらいいな mvも楽しみだね!
沢山の意味がこめられてる新曲なんだろうな〜とふわふわ考えてたのが、七瀬さんのお話のおかげでしっくり落とし込めた感じがします🫶 私もあのアー写の💛ちゃんの笑顔がこっそり気になってて🫣💦 なので、♥️くんの💛ちゃんは笑ってて、これからの🍏のために、が大納得でした🤭❣️ そして、♥️くんの鎧を脱がせれるのは💛ちゃんで良かったぁ🥹✨
「『考え過ぎ』はおじさんすぎる」発言、印象的でしたね!ここに繋がるのすごい、納得すぎる!と大興奮しました!!!✨👏✨ 白いリボン🎀の意味もそんなんメロメロになります〜〜🫠💗 日本を背負うと決めた元貴くん、それを明言するって私達が思う以上にすごい覚悟なんだろうなぁ。鎧を脱がせてくれる涼ちゃん若様が側にいてくれて本当に良かったなぁって改めて思いました🥹✨素敵な作品ありがとうございました🙏‼️‼️