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「これ、腕を掴もうとして」
手のひらを開くと、出てきたのは先ほどのボタン。
「……うちの高校のだな」
「だな」
夏樹の言葉に、気分は絶望的になる。
だって遠方での合同練習帰り。
この電車には水泳部しか乗ってないんだ。
ちゃんとジャケットを羽織ってるのは二、三年だけ。
一年は体操服だし。
「――まじかよ」
これって、もしかして私物が無くなるのも触ってきたのも、同一人物の仕業だったりして。
「やっぱ触られたのか。うちの水泳部の誰かに?」
鋭い目付きで怒ってくれるのは有り難いが怖い。怖いって。
「……多分。今日の水泳キャップも、かな」
「そうか。むかつくな」
舌打ちした夏樹が、カーブの瞬間にドアに両手を着く。
「あ、悪い」
「いやいや、……!?」
夏樹の腕の部分のボタン、ない。
「夏樹、腕のボタン」
「ん?」
カーブや揺れる度に両手で踏ん張ってくれるから俺にまでは危害はない。
だから一人で頑張っている夏樹に聞きにくいんだけど。
……やっぱ聞けない。
「お前、キツかったらもう少し俺んとこ来ていいぞ」
「え、あ、悪い」
歯切れが悪い夏樹は少しだけ俺に近づく。
背丈も同じぐらいの俺らが密着すると、なんだか顔が近くて変な気分だ。
窓の方へ体を向き直し、少しだけ冷たいドアに頬を寄せて目を閉じた。
「お前、よくこんな状況でうとうとできるな」
「い! 今は別に寝てねーぞ! 目を閉じただけで」
「さっきはうとうとしてたろ。お前、最近何だか寝過ぎ」
そう言われても。
二年になってから練習がハードになったせいか、
暑くて飯が食べれないからか、
女の子の際どい競泳水着姿を楽しみに水泳部に入ったのに野郎しか居ないからか、
なんだか最近眠たくて仕方ないんだよ。
「そんな隙だらけだから触られるんだぞ」
「うるせーな!」
「……感じた?」
ぎゅっ
ほっぺを千切れればいいのに思いながら力一杯つねってやる。
「アホか!」
「俺が誰か分からん、しかも男に感じるか!」
色っぽいおっぱいのでかいお姉さんなら分からないがな!
「つまんね」
「よーし。お前、両頬をつねってやるから顔をつき出せ」
「もうつき出してるだろ」
踏ん張っている夏樹が苦笑する。
なんか、同い年のくせにこうやって俺とかを気にかける辺り、男前だよな。
俺は日焼けしないで真っ赤になるだけのもやしみたいな肌だけど、夏樹は男らしく日焼けしやがって。
やっぱ男前な顔を腫らすぐらいつねってやる。
「おい、十夜」
ばすっ
片手で引き寄せられ、夏樹の胸に顔を埋められたかと思うと背中でドアが開いた。
あっぶねー。
このままドアからホームに倒れるところだった。
「サンキュ」
無意識でこんな気遣いできるなんてイケメンで腹立つがお礼だけは言ってやる。
夏樹はヤレヤレとでこぴんしやがったけど。
すぐにホームへ降りて端で水泳部が集まる。
当初解散しようとしていた駅の二つ前だ。
「で、どうしたんだ? 十夜」
部長の夏野先輩がベンチで足を組み換えながらそう聞く。
坊主に近いツンツン頭が汗で光る。
俺の倍はありそうな腕の大きさをマジマジ見てたら、――やべ。
夏野先輩も腕のボタンないじゃん。
何て言うべきか分からなくなる。
夏野先輩は、ボタンが取れてるのを気づいてないのか、糸が垂れてる袖で腕組みしている。
それを見て、このボタンが部長のだったらと思ってしまい頭が真っ白になった。
言葉が出てこず固まっている俺を、副部長の熊谷(くまがえ)先輩は心配そうに覗き込む。
オラオラ系で暑苦しい夏野先輩と違い、熊谷先輩は部活の内情をよく理解して気を回してくれるから、水泳部のマネージャーみたいな役割もしてくれてる。
「顔色悪いけど大丈夫?」
眼鏡を指先で上げながら、中性的な顔を傾げる。
心配かけたくないのに熊谷先輩の方を見て、また固まった。
熊谷先輩の一番下のボタン……外れてる。
ちらりと他の三年のジャケットを見るけど、他に外れてる人は居ない。
二年も居ない。
やべ。
どうしよ。
そう思って俯くと、肩を叩かれた。
「カバンから財布を抜き取られそうだったみたいッスよ。こいつ、寝ぼけてたから痴漢と間違って騒いでたけど」
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