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「「「魔王様が帰ってきたぞー!!」」」
「「「おぉぉーー!!」」」
(……はい?)
リーゼロッテが目を凝らして見ると、沢山の小人みたいな魔物たちが目に涙を浮かべ、ひゃっほいと喜び騒いでいた。
『お前たち、騒ぐな! 王は帰って来たのではない!』
テオは低い声で、魔物達を諫める。
緑色っぽい小人達はテオの言葉で、今度は項垂れシクシク泣き出した。
(異様な光景だけど……何だか、可哀想。でも、声出しちゃ駄目なのよね)
『仕方ない、戻るぞ』と、ため息吐いたテオは、小人達を飛び越えると踵を返した。
そして、元の場所へ戻ると、来た時と同様に結界を抜けた。
見覚えのある場所に帰ってきて、今度はリーゼロッテがフーッとため息を吐いた。テオは人の姿になる。
「テオ、説明してほしいわ」
「あれは……あの方が大切にしていた、もう一つの世界だ」
確か、女神は魔物と人間の共存を望んだ。
けれど、それは叶わなくて、結界で隔てたのだ二つの世界を。その結界を、魔玻璃の力で維持し続けている。
たぶん魔物達も、魔玻璃の裏側で……自分達の世界と魔玻璃を大切に守っているのだ。
「リーゼロッテの魔力が上がり、向こうにも変化が出たかと思ったが――杞憂だった」
「テオは、何かを見に行きたかったのではないの?」
「そうだが、必要なかった。大丈夫、弟は目覚めていなかった」
「え……弟? 同じ、フェンリルなの? 折角だから会いたかったんじゃない?」
「別に会いたくはない。フェンリルは、私だけだ。弟が目覚めたら……世界は壊れる。あの方のお陰で穏やかにずっと眠っているのだ。起きた気配が無かったのが確かめられたので十分だ。私だけでは、向こうに行くことは出来ないからな」
(え、世界が……)
何だか物凄いことを言われた気がした。
だが、それ以上は突っ込まなかった。忘れていたが、テオは亀裂からやってきた魔獣なのだ。
リーゼロッテの存在を感じた魔物達の喜び方は、本当に女神……いや魔王を、慕っていたのだとよく分かった。
(ご先祖様の代わりは無理だけど……)
魔玻璃だけは、絶対に守り続けなければいけない――そう痛感した。
その為には、この増えた魔力を隠し続け、この辺境の地を離れないようにしなければならない。
貴族学院は2年間……その間にしっかり学び、かつ目立たないように生活しようと心に決めた。
幸い、もともと転生前は地味で、目立つのが苦手な性格だった。
(よし、外見を出来るだけ地味に変えて、存在感を消そう。たぶん、素でいける。問題は、ジョアンヌとパトリスだわ。うん……巻き込むか)
早速、部屋に戻ったリーゼロッテは、ジョアンヌに手紙を書いた。
◇◇◇◇◇
――数日後。
ルイスとファーガスが帰って来た。
「お帰りなさい。お父様、ファーガス」
「ただいま、リーゼロッテ。ジェラール殿下とクリストフ殿下の協力を取りつけた」
少し疲れた顔はしていたが、穏やかな表情で安心した。
そして、ジェラールから預かったという魔道具を渡された。手元にある物と同じ、文字をやり取りするタブレットみたいな魔道具を。
(え、魔道具の……2台持ち? これって、対になってる物としか送りあえないは不便ね。今度、クリストフ殿下に改良を提案しようかしら)
魔道具を眺め、悩んでいるリーゼロッテに、ルイスは説明を始めた。
ファーガスの腕は、戦闘用に魔道具で作られた義手の試作品ということになったそうだ。それも、有能な宮廷魔術師が作った物だと口外していいと。
(有能な宮廷魔術師って、クリストフ殿下のことね)
それなら、詳しく訊きたがる者が出たとしても、口止めされていると言えばそこまでだ。
何せ、廃嫡されたとはいえクリストフは王族なのだから。
リーゼロッテの力の件は秘匿とし、ジェラールとクリストフは、魔術紙に契約もしたそうだ。それを提案してきたきたのが、ジェラール本人からだと聞き、更に驚いた。
国王になった時、自分の意志に反して……国と天秤にかけざるを得ない時が来るかもしれない。
その時に、契約しておけば絶対に話すことは出来なくなるからだと。
(……ありがとうございます)
先のことまで考えてくれる、ジェラールの思いに感謝した。
ファーガスが騎士団の宿舎へ戻ると、今度はリーゼロッテが魔玻璃の結界を抜けて魔界へ行ってきたことを報告した。
これから、貴族学院では地味に過ごすつもりだとも。
――ばさり。
ルイスは、手に抱えていた書類を全て落として硬直した。
(……あれ?)
なぜかテオはパッと部屋から居なくなった。
「リーゼロッテ……」
「何でしょう?」
ツカツカとリーゼロッテの側までやって来たルイスは、両手でリーゼロッテの頬を挟んだ。怖いくらい美しい笑顔なのに、目が全く笑っていない。
(こ、怖いです……)
「何故、勝手にそんな危険なことをしたのかな?」
「ふみまふぇん……」
頬を挟まれ発音がおかしくなる。
けれど、一向にルイスの目は笑わない。
「いいかい、もう絶対に向こうの世界に行ってはいけないよ。どうしてもの時は、私も行く。もし、約束を守れないなら……」
頬を挟んでいたルイスの親指が、リーゼロッテの唇をなぞる。――ゾクッとした。
「この小さな唇を、私の口で塞いでしまうよ」
魅惑的な瞳から、目が逸らせない。挟まれた顔がどんどんと熱を帯びる。正直、それは罰じゃないと思ったが、真っ赤になりながら頷くだけで精一杯だった。
手を離したルイスは、リーゼロッテを強く抱きしめた。
「……まだ、しないよ。だから、お願いだ。心配させないでくれ」
その言葉は、命令ではなく懇願だった。