ロイドとの模擬戦後、ロイドはギルド職員のお偉いさんにどこかへ連れていかれてしまった。
バイスはなにかしらの処罰が下るだろうと言ってはいたが、前例のないことで詳細は不明とのこと。
もちろんロイドだけではなく、当時パーティを組んでいた仲間も後々呼び出されるらしい。
それからしばらくして、俺たちはスタッグギルドの三階。新規冒険者登録カウンターがあるフロアに呼び出された。
その一角にある長い木製のベンチに、すらりと腰を下ろしているのは、ネストとバイス、俺とミアと魔獣のカガリ。
それぞれの間に違和感満載で置かれている革袋には、賭けの配当金である金貨が詰まっていた。
満足そうに笑顔を見せるミアの隣にも例外なく置かれているのは、こっそり俺に賭けていたからである。
ちゃっかりしているというか、なんと言うか……。
ちなみに俺の革袋には金貨百五十枚。ミアは膨らみ具合から見て恐らく百枚前後だろう。バイスとネストは、そもそもその大きさが違った。
俺の三倍はあろうかという革袋がパンパンに膨れ上がっていて、重そうだ。
口ではミアのためなどと言っておきながら、実はカネの為に俺をけしかけたと疑われても文句は言えまい。
そのカネでバイスは今夜、近くの酒場を貸し切りにして俺の祝勝会をするらしい。
対象は訓練場で俺とロイドとの模擬戦を観戦していた者たち全員である。しかも全てバイスの奢り。
奢るといっても、ただ儲けたから奢るというわけではなく、元々は同じ冒険者たちのカネだ。
それを還元してやれば無用な争いを避け、恨みを買うこともないだろうとのこと。
さすがは貴族というべきか、人の上に立つだけのことはあるなと素直に感心してしまった。
『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉から出て来たのは、適性鑑定用の水晶玉を抱えたギルド職員の女性。
それをテーブルにそっと下ろすと、ようやくかと皆は立ち上がる。
「あれ? 支部長はどうしたの?」
ネストは、支部長に立ち会ってもらうと言っていたが、どうやら不在の様子。
「ロイドさんの騒ぎのせいで本部に呼び出されちゃったんですよ。なので代わりに私が立ち会うことになりました」
「なるほどね……」
肩入れしていた冒険者の不祥事が発覚したのだ。支部長が本部に呼び出されたのも頷ける。
今頃、ロイドと共にこってり絞られているのだろう。
ギルドがロイドと組んでいたら、最悪お咎めなしということになるかもしれないが、ミアはそれでもいいと言った。自分の疑いが晴れただけで充分なのだと……。
なんて優しい子なんだろうか……。こんな子に罪を被せるなんて……。
やはり、ロイドはもう一発くらい殴っておくべきだったかもしれない。
「では、九条様……でしたよね? 再検査を始めさせていただきますが、新規登録とプレートの紛失による再発行と、どちらで処理しますか?」
「えっと、どう違うんですか?」
「新規登録は今の登録を抹消して新しく登録しなおします。スタッグギルドでの新規登録となるので無料で出来ますが、担当は変更となります。再発行の場合はコット村での登録内容を維持出来ますし、担当も変更ありませんが、再発行手数料と再検査費用で金貨三枚を頂戴致しております」
「再発行でお願いします」
考えるまでもない。担当が変わるのは絶対に避けねば……。
「かしこまりました。ではこちらに立っていただいて、この水晶を利き手ではない方で触れてください」
コット村の鑑定水晶と同じ物。それに左手を置くと、中になにか輝く物が浮かび上がる。
黒、灰、茶の三種類の輝き。ぶっちゃけどれもパッとしない色だ。
皆が興味津々な様子で、それを覗き込む。ギルド職員でなくとも、わかるものなのだろうか?
「黒は死霊術ですね。灰は鈍器で……、あれ……初めて見る色……。ちょっとそのままお待ちください」
パタパタと足早に裏へと引っ込む職員の女性。
「ネスト。これなんだと思う?」
「なにかしらね……。私も初めて見る色だわ……」
水晶に浮かび上がる色で適性を判別するらしい。
死霊術の黒と鈍器の灰は、コット村の検査でも見た色だが……。
「茶色っぽいのは、最初に検査した時にはなかった色ですね……」
「じゃあ最初の検査から今までの間に、なにかしらの才能が開花したってことね……」
ネストの視線がミアへと移り、不思議そうに首を傾げるミア。
「わかったわ! きっとロリコン適性よ!」
「そんなわけねえだろ!」「そんなわけないでしょ!」
バイスと同時にツッコミを入れる。
ネストが本当に貴族のお嬢様なのかと疑うほど下品に爆笑する中、ミアだけがなぜか嬉しそうにしていた。
「お待たせしました」
ギルド職員の女性が重そうな本を抱え、戻ってきた。
魔法書を更に分厚くした大型の辞書のようなそれをテーブルにドスンと乗せると、目次を開き指で慎重になぞっていく。
「ええっと……。黄色……橙……茶色……。恐らくこれが一番近い色……」
慣れた手付きでペラペラとページをめくっていく職員の女性。
それが止まると目を見開き、少々上擦った声を上げた。
「|魔獣使い《ビーストマスター》!?」
それを聞いて、皆が思い出したかのように振り返る。
そこにいたのは一匹の魔獣。カガリである。
急に視線を集めたカガリは警戒の色を見せ、なんの用だと不躾な視線を返す。
そして、全員がその適性に納得したのだ。
「|魔獣使い《ビーストマスター》で登録されてる人なんて、今現在いませんよ!?」
過去数百年に渡り、所持している者が現れなかった適性。それは、カガリとの契約で開花したものだろう。
職員の眺めている本をチラリと盗み見ると、情報量が多い他の適性に比べて、魔獣使いの項目には適性の色以外、なにも書かれてはいなかった。
それだけ希少であり未知の適性。ギルド職員が困惑するのも当然だ。
「ど、ど、ど、どうしましょう……。報告が先? それとも登録が先でしょうか?」
それを俺に聞かれても……。道端に捨てられた子犬のような目でこっちを見るのは止めていただきたい。
「細かいことは後ででいいだろ? 早くプレート登録しようぜ?」
バイスのクレームにも似た助け舟で職員の女性は気を取り直すと、咳ばらい。
「し、失礼しました。では、こちらに利き腕で触れてください」
ギルド職員がポケットから取り出したのは、まるで岩塊を削り出したような、黒ずんだ歪なプレート。
無骨なその板がテーブルの上に置かれると、俺は促されるままに、右手をそっとその表面へと添えた。
次の瞬間――。黒い表面に無数の亀裂が奔り、そのひび割れの隙間から淡い閃光が漏れ始める。
脈を打つように明滅する光に、黒い殻が音もなく剥がれ落ちると、現れたのは透き通るような薄紫の輝きを放つ新たなプレート。
まるで長い封印が解かれ、真の姿を取り戻したかのようだった。
コット村で最初に登録した時と同じ現象。当然それを見ていた皆の反応も同じようなものだった。
「「ええええええええええええ!」」
その驚愕の声は下の階まで響き渡ると、職員たちが一斉に天井を見上げてしまうほどの声量。
それでも誰も階段を上がってこないのは、現在三階は貸し切りになっているからだ。
なんというか、懐かしさすら覚える光景である。
「九条、お前プラチナかよ!? すげえな!」
「薄々可能性はあると思っていたけど……」
「お兄ちゃん、プラチナだあ……」
職員の女性に至っては声すら発せず、プレートをジッと見て開いた口が塞がらない様子。
皆が驚愕している中、俺だけが冷静だった。
「え? このプレートはギルドで管理するんですよね?」
それに全員が首を傾げる。
「は? なんでプレートをギルドで管理するのよ?」
「いや、でも最初に登録した時、コレは管理する物だって言われたんですが……」
ネストは顎に手を当て少し思案したかと思うと、真剣な面持ちで俺の肩を掴んだ。
「……九条。その話詳しく聞かせて」
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