テラーノベル
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静かな医務室だった。
ロボロは、ベッドの端に腰掛け、
端末を閉じたところだった。
――胸の奥が、急に裏返る。
「……っ」
呼吸が、一瞬詰まる。
胃が、掴まれたように収縮した。
理由はない。
兆候もない。
ただ、来た。
ロボロは立ち上がろうとして、
そのまま膝をついた。
「……ぁ」
次の瞬間、
抑えきれず、喉が反射する。
医務室の床に、
鈍い音が落ちた。
――吐いた。
量は多くない。
だが、身体が勝手に繰り返そうとする。
視界が揺れる。
「……っ、く……」
自分の意思では止められない。
研究所でも、同じだった。
何の前触れもなく、
身体が“処理”を始める。
扉が開く音。
「ロボロ……さん!」
駆け寄ってきたのは、エーミールだった。
状況を一瞬で把握し、
声を落とす。
「無理に話さなくていい。呼吸だけ」
背中に手が添えられる。
その瞬間、
ロボロの指先が、微かに震えた。
――触れられると、
条件反射で、身体が反応する。
研究用の合図。
拘束前の確認。
「……っ」
「大丈夫です」
エーミールの声は、一定だった。
「ここは研究室ではありません」
その言葉に、
ロボロの身体が、ほんの少しだけ緩む。
医務員が器具を持って駆け込んでくる。
「急性の拒否反応? 感染症ではなさそうですが……」
「直前まで安定していました」
エーミールは、吐瀉物に視線を落とし、
眉をわずかに寄せた。
「……異物がない」
普通の嘔吐ではない。
身体が、
“中身を排除しようとした”だけ。
「ロボロ」
名前を呼ばれる。
「気分はどうですか」
「……理由が、分かりません」
正直な答えだった。
研究所でも、
理由は教えられなかった。
ただ
「起きるから記録しろ」と言われただけ。
「分からなくていい」
エーミールは、静かに言った。
「今は、こちらで管理します」
その言葉に、
ロボロの胸の奥で、何かが引っかかる。
――管理。
だが、それは
檻でも、実験でもない。
「……すみません」
「謝る必要はありません」
きっぱりと。
「身体が、勝手に反応しただけです」
その断定が、
ロボロを少しだけ救った。
ベッドに戻され、
点滴の準備が進む。
エーミールは、記録端末を操作しながら、
小さく呟いた。
「……周期性はない。
精神誘因でも説明しきれない」
――やはり、普通ではない。
だが。
彼は、
それを“異常個体”とは呼ばなかった。
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