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「……キスしていい?」
その言葉が、静かな部屋にゆっくり落ちてった。
佐野勇斗は瞬きをした。
心臓の音がうるさい。
近い。
吉田仁人の顔が、すぐ目の前にある。
「……勇斗?」
返事がないからか、仁人が少し不安そうに名前を呼ぶ。
その声で、勇斗ははっと我に返った。
「い、いいに決まってるだろ!」
勢いよく言うと、仁人が小さく笑った。
「声でかい」
「うるさい……」
恥ずかしい。
でも、嬉しい。
仁人はそっと勇斗の頬に触れた。
指先が優しい。
触れられただけなのに、身体が熱くなる。
「……緊張してる?」
「してる」
「俺も」
「……仁人って今日ずっとそれ言うよな」
「だってほんとだから」
その言い方があまりにも真っ直ぐで。
勇斗はまた顔が熱くなる。
仁人が少しずつ距離を縮める。
呼吸が触れそう。
勇斗は思わず目を閉じた。
次の瞬間。
軽いキス。
触れるだけの、優しいキスだった。
「……っ」
離れたあとも、勇斗はしばらく動けなかった。
仁人が小さく笑う。
「固まってる」
「……無理」
「何が」
「心臓が」
「一緒」
仁人はそう言って、もう一度勇斗の髪を撫でた。
その仕草が甘すぎて、勇斗はソファに沈み込む。
「仁人今日ほんとおかしい……」
「勇斗限定」
「それがずるいって……」
仁人はくすっと笑って、今度は勇斗の肩にもたれた。
「……今日来てくれてよかった」
「!」
その声は、思ったよりずっと柔らかかった。
勇斗は少し目を丸くする。
「そんなに?」
「そんなに」
「……」
「デートも、お泊まりも、正直めちゃくちゃ楽しみにしてた」
「っ……」
「でも勇斗緊張してるから、あんまり出さないようにしてた」
「いや全然出てた」
「バレてた?」
「めちゃくちゃ甘かった」
仁人が笑う。
「抑えてたんだけどな」
「抑えてあれ!?」
「うん」
勇斗は顔を覆った。
もし抑えてなかったらどうなってたんだ。
怖い。
でもちょっと気になる。
「……勇斗」
「んー?」
「今日、一緒に寝れるの嬉しい」
その一言に、また心臓が跳ねる。
「……仁人」
「何」
「それ、さらっと言うな」
「本音」
「だから困る!」
仁人は楽しそうに肩を揺らした。
でもそのあと、ふっと静かになる。
「……ねえ」
「ん?」
「もう一回キスしていい?」
勇斗は一瞬固まってから、ゆっくり笑った。
「……聞くんだ」
「聞く」
「なんで」
「大事にしたいから」
その言葉に、胸がぎゅっとなる。
勇斗は少し照れながら、仁人の服の袖を引っ張った。
「……なら、俺からしてもいい?」
今度は仁人が目を見開く番だった。
「……え」
「え?」
「勇斗から?」
「……嫌?」
「嫌なわけない」
仁人の声が少し掠れる。
その反応が妙に嬉しくて、勇斗はそっと近づいた。
でも。
直前で止まる。
「……無理」
「え?」
「恥ずかしい」
仁人が吹き出した。
「何それ」
「笑うなって!」
「だってかわいすぎる」
「またそれ!」
勇斗が真っ赤になっていると、仁人が優しく頬を包む。
「じゃあ一緒にする?」
「……何それ」
「せーので」
「小学生?」
「でも勇斗逃げそうだし」
「逃げない!」
「ほんとに?」
「……たぶん」
仁人がまた笑う。
そして額をこつんと合わせた。
近い。
近すぎる。
「せーの」
その声と同時に、二人は少しだけ前に進む。
今度のキスは、さっきより長かった。
触れた瞬間、勇斗の頭が真っ白になる。
でも、不思議と怖くなかった。
あったかくて。
優しくて。
幸せだった。
唇が離れたあと、仁人が小さく息を吐く。
「……やば」
「……」
「勇斗、かわいすぎる」
「仁人も……」
「え?」
勇斗は顔を真っ赤にしたまま、小さく呟く。
「……かっこよすぎて無理」
その瞬間。
仁人が再び顔を覆った。
「だからそれ反則……」
「仕返しだって」
「今日の勇斗ほんとメロい」
「もうその言葉禁止!」
笑い合う。
その空気が心地よくて。
二人の距離は、付き合った頃よりずっと近くなっていた。
――でも。
問題はここからだった。
「……で」
仁人がふいに真顔になる。
「風呂、どうする?」
勇斗の思考が、再び停止した。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹