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高間さんから説明を受けた私は用意されたお菓子やティーセットを持って巴さんの部屋を訪れた。
「失礼します、お菓子をお持ち致しました」
「――入れ」
先程来た部屋ではあるけれど、改めて一人で訪ねると緊張する。
「本日最初のお菓子はチーズケーキタルトです」
「よし。早く準備しろ」
「はい」
机に向かって仕事をしていた巴さんは席を立つと、テーブル席に座り直して私がタルトと紅茶を並べ終えるのを待つ。
「どうぞ、お召し上がりください」
一礼した私はドアのすぐ側へ立つと、巴さんがタルトを食べる様子をひたすら眺めていた。
高間さんから色々と教えて貰って驚愕したのは、こうして配膳をするだけでも一苦労だということ。
食器の配置、紅茶の温度──全てが完璧を求められる世界であるということにただただ驚いたし、拘りの強い人なのだなと思った。
「何だこれは、紅茶がぬるい」
「そんなはずはありません、規定の温度です」
「俺の規定だ。俺がぬるいと言っているんだから口答えすな」
「――っ」
巴さんの理不尽な言葉に、私は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
運ぶまでに下がるかもしれない温度を計算した上で沸かしていると聞かされた私は、きちんと教えられた通りの温度でお湯を沸かして運んで来た。
それなのに、こんな風に言われるというのは面白く無い。
だけど、これくらいで言い返したりしてはやっていけないと理解しているから小さく深呼吸をして、
「わかりました。次からもう少し熱め――“巴様の規定”でお出しします」
「……ほう。反抗しないのか」
「反抗して辞めさせられたら困るので」
そうさらりと言うと彼の瞳が一瞬だけ見開かれ、その反応に私の胸の奥で何かが弾けた気がした。
(巴さんって、完璧に見えて、実は隙が多いのかもしれない)
子息だし、偉そうだし、怖いし、クビになりたくないという思いから今までは私みたいに言い返す人なんていなかっただろうけど、その結果があんな暴君を育ててしまったに違いない。
(……怯まない方が、いいのかもしれない)
そんな思いを胸に抱いた私は、正しいと思うことはどんどん反論していこうと心に誓った。
「何だ?」
「あ、いえ、すみません……」
巴さんがタルトを食べ始めてから少しして、鋭い視線を向けながら『何だ』と声を掛けてくる。
(ヤバい……、見ていたのがバレてた……)
じっと見ていたつもりは無かったのだけど、彼は視線に気付いたようで怪訝そうな表情を浮かべている。
「その、お味はどうなのかと思いまして」
何か言わないとこの状況から抜け出せなさそうなので味について質問をしてみると、意外にも彼は素直に答えてくれた。
「美味い。高間の作る菓子は俺好みだ。だから専属として雇っている。甘い物は好きだが今は甘さ控えめの物を欲していてな、このタルトは甘さ控えめなのが良いところだ」
「そうなんですね。実は私の両親もパティシエで、お菓子には目がなくて……だから、味が気になったんです」
「ほお? 店は持っているのか?」
「はい、Patisserie KURUSUという店です」
「……ああ、近くにRoseというケーキ屋があるところだな?」
「そうです」
「一度食べたことはあったと思うが、買って来させた物も数多いからな……」
「そうなんですね。お抱えのパティシエがいらっしゃっても、よそのお菓子、召し上がるんですね、少し……意外です」
「美味い物を食したいと思うことは、人間の性だろう? 菓子にしても料理にしても、専属を雇っていようが気になれば食べる」
「そうなんですね」
何だろう、巴さんは食べることが好きなのか、食べ物の話になると、これまでの雰囲気からは考えられない程に時折柔らかな表情を見せてくる。
初めこそ『怖い、感じ悪い』という印象を持っていたけれど、話をしてみると悪い人では無いことが分かって、少しだけ嬉しくなった。
巴さんがタルトを食べ終えたので食器を下げて厨房へと戻って行くと、高間さんが心配そうな顔で声を掛けてくれた。
「来栖さん、大丈夫だった?」
「え?」
「巴様に何か言われたりしなかった? 戻りが遅いから心配したよ」
どうやらお菓子を食べる時間がいつもより掛かっていたらしく、私が怒れているのかと思っていたようだった。
「すみません。少し巴様とのお話が長引いてしまって」
遅くなった理由を素直に話すと、高間さんを始め近くで作業をしていた料理人の梶谷さんと関根さんが目を丸くして驚いていた。
「あの、何か?」
「あ、いや、巴様と会話をしていたって言うから驚いちゃって……」
「え? そんなに驚くことなんですか?」
「それはそうだよ。普段俺たちや使用人と会話なんてしないし、如月さんですら、会話が弾むことなんて無いんだから」
「そう、なんですか」
まあ言われてみれば、普段の高圧的な巴さんと会話をするなんて難易度が高そうだけど……お菓子を食べているときの彼はどこか表情が和らいでいたから、好きな物を前にした彼となら、会話が出来なくはないのだと思う。
「巴様は食べることが好きみたいですから、そういう話題を出せば、比較的普通に話せると思いますよ」
「いやぁ、本当に凄いよ。流石は巴様専属メイドだ。今回は長続きしてくれそうで、安心したよ」
「あははは。私、根性はある方なので、少しのことくらいじゃへこたれませんから、任せてください!」
「それは凄く頼もしいよ。まあ、何かあれば俺たちのことも頼ってね」
「ありがとうございます!」
周りの人たちは優しいし、案外巴さんとも距離を縮められそうだし、初めはどうなることかと思ったけれど、思いの外良いスタートを切れた私は専属メイドとして頑張ろうと思えた。