星咲が魔法少女アイドルをやめる?
唐突な彼女の引退宣言は世間を騒がせたと同時に、俺の胸の内に大きな空白をポッカリと開けた。
最初に聞いた時はライヴ会場だったから、興奮と動揺で俺は星咲にかけるべき声が見つからなかった。
驚愕がドーム内に浸透し、ファンの慟哭が響き渡ったのは言うまでもない。そんな空気の中で、俺達バックダンサーは撤収。当の本人である星咲はファンに向けてあれこれと言っていたが、俺の耳にはまるで入ってこなかった。
俺を魔法少女にした張本人である星咲が…………魔法少女アイドルをやめる?
何よりも魔法少女を愛したアイツが、やめるはずがない。ファンを置き去りにして、ファンの気持ちを裏切って、それらを捨てるほど無責任な奴じゃない。でも、実際にあいつは自分の口で『引退する』と目の前で宣言した。
しかも……後で知ったんだが、星咲がアイドルを引退するという噂はライブ前から流れていたようだ。今思えば、母さんが『星咲ちゃんは大丈夫なのかい?』って尋ねて来た時、あれはきっとこの事だったのだろう。
あいつが何を考えているのか俺にはまるで理解できない。
まとまらない思考が余計に俺を苛立たせる。
「きらちゃん? 大丈夫?」
そんな俺に話しかけて来たのは、同じアイドル候補生の甘宮恵だ。
俺は課題の合否を聞くために、【シード機関】へと赴いていた。結果は合格で、のこされた課題は1回の殺処分を成功させるのみとなった。
晴れて【アイドル研修生】への昇格にリーチがかかったのに、胸には重い暗雲が立ち込めている。
「うん……課題は合格だったよ」
小学3年の女児に心配されてしまう程、俺はひどい顔をしていたのだろうか。
とっさに笑顔を作り、『大丈夫』と伝える。
「それは、おめでとうだね。でもホッシー様、引退しちゃうね……」
「……そう、かもな……」
「わたしね、学校のアイドル調査で一番好きな魔法少女はホッシー様って書いたの」
「あぁ、あれか……」
日本は本格的におかしくなってしまったのか、継続的に小学生からアイドルの人気調査アンケートを実施している。自分の好きなアイドルを上位20人まで記述するものだが、俺も中学1年まではアイドルの名を書いていた。しかし、白雪の一件があって以来、誰かの名を書く事はなくなった。
「ホッシーさまとか、ヨリさまとか……四月のアンケートにそう答えて、それから【シード機関】に入れたのに……」
ヨリさま……? あぁ、源頼朝を現界させていた……二カ月ぐらい前に引退した『姫階級』だったか。
「せっかくわたしは候補生として、憧れの魔法少女になれるかもってなったのに……大好きな先輩たちが消えちゃう……」
「無責任な奴らばっかだな」
「そんなこと、ないよ。ひどいこと、言っちゃダメ」
彼女はまだ小学生だ。
魔法少女アイドルの煌びやかな部分しか見れていないのだろう。だから俺は彼女を否定はせずに、ただただ口を閉ざした。
「きらちゃんは寂しいんだね。でも、大丈夫」
そっと甘宮恵が、俺の頭ごと抱きしめてくる。
不意のことすぎて拒めず、女児になぐさめられてしまう高校生の図が出来上がってしまった。
「きらちゃんには私がいるから。ずっとそばにいるから」
……どうして。
どうしてこうも、彼女たち魔法少女は……同じような言葉を口にするのだろうか。
「だから、きらちゃんも私のそばにいてね?」
俺はその言葉に返答することができなかった。
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