ライブから一日が経った。
これから殺処分試験が控えている。俺は【シード機関】指定の場所、といっても俺達が通う学校なのだが……とにかく指定時刻の30分前から現地入りしている。
政府が一体どうやって患者のリストを作り、患者がここに現れると予測しているのか気になるが……今は迫る試験に集中しなければ。
屋上から見下ろす景色はいつもとまるで変わりない。
西日が傾き、茜色の光が校庭を照らす。そこには何人もの生徒たちが部活動に励んでいて、俺の沈んだ気持ちなどお構いなしに活気のある声を響かせてくる。
「平和だな」
あそこにいる奴らは、自分たちの通う学校で今から殺処分が行われるなんて夢にも思わないだろう。
同じ場所にいるのに、まるで異世界の風景を見ているような感覚に陥る。なんて愚痴めいた思考を巡らしても現実は変わらないわけで、そろそろ『銀白昼夢』を発動しようとインカムを耳につける。殺処分の監督役である自衛隊へと繋ぐアイテムだ。彼らは学校付近に装甲車を停め、待機している。まさかツインテ双子のアイドル研修生たちと同じ場所で、自分が殺処分を行う立場になるとはな……。
正直、『中二病』の兆候がある人間を捕獲、もしくは殺すというのは気が引ける。
こんな時こそ、星咲に心構えなんかを相談するべきなのだろうが……あれから星咲とは会っていない。あいつは学校にも来ていなかった。
星咲から何か言われるまでは会う価値など、話す価値などないと思っている。
「結局、魔法少女アイドルなんてのは裏切る奴らばっかりだ」
「……鈴木ぃ、またアイドルの悪口か?」
誰もいないと思っていたのに、声の方へと顔を向ければ腐れ縁の優一がいた。
俺は『銀白昼夢』を発動しようとするのをやめる。
「なんでこんなところに優一が」
「屋上に行く鈴木が見えてな。今日、ずっと様子が変だったろ。だから心配して来てやったんだ」
「ストーカーかよ」
「顔色が悪いぜ。心配だ」
なんでもないように乾いた笑みを飛ばし、気軽な口調で俺をどつく優一。その雑な行動に反して、暖かいものを確かに感じる。
こいつは……中学の時から俺のことを気にかけてくれている。
そう、俺が白雪にいじめられた時だって……。
「なぁ、優一。魔法少女アイドルだった白雪、覚えてるか?」
「うん? そんなの知らねーよ」
優一は『あんなのは魔法少女アイドルですらない』とでも言うかのようにしらを切る。中学時代に俺を陥れ、いじめの原因を作った白雪。あの時、クラスの誰もが俺をいじめる中、優一だけはかばってくれた。だから、優一があの白雪を忘れるはずがない。
「結局、星咲だって、あのクズヤローと何にも変わらない」
魔法少女アイドルを辞めるってことは、あいつだけ【人類崩壊変異体】との戦いを終えるってことだ。絶大な人気を誇る星咲のことだ、もう一生分は生きれる【幸福因子】を補給できたのかもしれない。
戦いさえしなければ。
あぁ、あいつはクズだ。
結局白雪と変わらない。思わせぶりな態度で迫り、俺の男としての反応を見ては楽しんでいたのだろう。そうして、俺が混乱しているうちに、星咲は危険地帯である魔法少女アイドルからおさらばってわけだ。
「誰の事を言ってるかわからねえけどさ。ホッシーにはホッシーの事情があるんじゃないか? クラスメイトとして俺達ができることは、引退後も見守ってやることじゃないのか?」
「そんなのッッ!」
あいつの事情なら俺は優一よりも詳しい。
星咲は俺に言ったんだ。
『ずっと一緒だよ』と。
それなのに、自分だけ、自分だけが魔法少女アイドルを引退だと?
「魔法少女アイドルなんて、ちやほやされるのが気持ちいいだけの変態集団だろ。クソより劣る欺瞞者ばかりだ」
「……それは聞き捨てならないわ」
俺の吐いた真実に唾をつけたのは優一ではない。いつの間にか、俺の背後に立っていた切継愛だ。
「聞き捨てならないだと?」
「ええ。貴方が『アイドルだって大変なんだから、少しは遠慮しろ』って不良たちに言って、星咲さんを庇った時は少しだけ見直したのに。そんなのじゃ、私の見当違いだったようね」
「黙れよ。お前が俺の何を知ってる。あの無責任な女の肩を持つお前も、どうせ同じだろうが。仲良く、俺ら一般市民の【幸福因子】を利用して生きる寄生虫が」
「あなたこそ星咲さんの何を知ってるのかしら。というか【幸福因子】って……あなた、どこでそれを……?」
「答える義務はない」
俺の拒絶に切継は呆れるように溜息を吐く。
そんな態度に苛立ちがつのる。
「貴方は星咲さんと仲が良さそうだったし、彼女から漏れたのかしら。まぁどこで聞いたにせよ、その記憶はすぐに失われるわね」
「……どういうことだ?」
記憶が消えるだと?
そうか、あのツインテ双子がやったように記憶を操作するわけか。
そんな事させるかよ。今の俺には魔法力もあって、こいつに抵抗できる力がある。俺が臨戦態勢に入ろうとすると、切継はゆっくりと口を開いた。
「星咲さんは、立派に魔法少女アイドルとしての使命を全うしたわ」
「…………それは……」
切継は鈴木の正体が白星きらだとは知らない。なので、俺の気持ちをこいつに伝えたところで無意味。だが、胸から溢れる悔しさは抑えきれずに、そのまま口から吐き出されてしまう。
「白星きら、とかいうアイドル候補生を置き去りにしても、そう言えることなのか?」
「あなた…………どこまで星咲さんから聞いてるのかしら。まぁいいわ、どうせ星咲さんが消えれば、彼女に関する記憶は一切消えるのだから喋ってしまいましょう。彼女が悪く言われるのは友人として、同じ【姫階級】として……クラスメイトとして見過ごせないわ」
星咲が、消える……?
「おい、今、なんて言った?」
「貴方が星咲さんの悪口を言うのをクラスメイトとして見過ごせないって」
「ちがう、それじゃない!」
俺は切継に詰め寄り、先程の発言を確認しようとする。
「な、なによ……星咲さんはよくも……こんなヒステリックな男と友誼を交わせていたわね……」
「そんなのはどうでもいい! 星咲が消えるってどういう事だ!?」
「言葉通りの意味よ。私達、魔法少女アイドルが命を削って、貴方達の呑気で平凡な平和を維持してる間、何人もの魔法少女たちが星咲さんのように消失していくのよ」
「ど、どういう、意味だ?」
「魔法少女アイドルは【幸福因子】がなくなると消えるの」
それは知っている。
星咲に一番最初に習ったし、【シード機関】でも勉強済みだ。
「貴方たちは覚えてないだろうけど。ここで行われたアンチ・ライブで、この学校の生徒たちを守るために星咲さんは戦ったの」
俺は覚えている。
俺も夢来を救うために、自分の願いのために戦った
「それがどうした」
「その時、彼女はアンチの攻撃を受けて……彼女の魔法力は完全にゼロになったわ。つまり【幸福因子】を全て失ったの」
「だけど……あいつは、それからも生きてたって事だろ」
「魔法少女は、完全に消失する前に……【最後のひととき】って余命期間を得られるの」
「余命、期間……?」
「簡単に説明すると、力を失った魔法少女が復活する期間ね。魔法力も元に戻るけれど、再補充はできないから無駄使いはできないわね。もちろんその期間が過ぎれば、魔法少女は消失するわ」
「じゃあ星咲は……その【最後のひととき】で、ながらえた命だったと……?」
星咲は既に死んでいた、いや。死を定められていた?
「魔法少女アイドルたちはこの期間で、自分のしたいことをして……満足できるように……消えるの。過去に引退を発表した全ての魔法少女は……貴方達でいうところの死を迎える、いえ……」
ずっと魔法少女として活動してきた彼女たちの自由は微々たるものだ。平和や秩序を守るために奮闘してきた魔法少女たちに、与えられた最後の自由時間。それが【最後のひととき】だとでも言うのか?
星咲がしたかったこと……それは普通に学校に通ってみる事。
そして俺は星咲にとってその貴重な時間を、ダンスレッスンとか、面倒を見てもらうとかで消費させていた……?
「人々には消えた魔法少女に関する記憶が一切残らない、存在そのものが消失するのよ。覚えていられるのは魔法少女たちだけ。だから死よりもむごいわね」
「そんな馬鹿な……」
「正確には魔法少女になりえる才能を持った存在だけが、消えゆく魔法少女の記憶を留めておけるの」
感情は切継が話した内容を否定している。だが、理性は切継の言は辻褄が合うと告げていた。
星咲はなるべく、魔法力を使おうとしてなかった気がする。
俺の部屋に初めて入るときも、魔法力を使えば二階の窓など簡単に侵入できる。でも、あいつはわざわざ木をつたって登って来た。不良どもに絡まれた時も、俺のように魔法力を使う素振りすら見せなかった。全て、ライブに備えて魔法力を節約していた?
なのにっ、俺のレッスンに付き合って練習中は魔法力をまとってくれていた。
そして記憶に関する事も……納得がいく。
星咲が初めて俺の家までついて来た時、俺は『アイドルと一緒にいるといらぬ噂をたてられる』と思い、あいつについてくるなと言った。その時、星咲は『あんなのはすぐに忘れちゃうから、気にしなくていいよ』と返してきたのを思いだす。
自分が消えれば、クラスメイトたちの記憶から星咲というアイドルの名など無くなると……。
「優一、本当に白雪を覚えてないのか?」
「ん、だからさっきから誰なんだよって言ってる」
念のため、優一にも確認を取るが……親友が嘘をついているようには思えなかった。
中学時代、あれほど苛烈に白雪と一緒になっていじめに加担していたクラスの連中が……白雪が転校した途端、何事もなかったみたいな顔して俺に接してきたのは……白雪は転校ではなく、消失してしまったから? だから彼女に関する一切の記憶を失っていたと? だから、俺をいじめていた事実そのものが奴らの頭から抜け落ちた?
それなら、なぜ俺は白雪に関する記憶が残っていたのか……その時から俺は魔法少女になれる才能を持っていたのか?
「消失したアイドルを記憶できるのは……同じく魔法少女になれる才能を持つ者だけ……?」
そういえば、小学生の甘宮恵が言っていた調査アンケート……あれはもしかしてアイドルの適性がある少女を見極めるためのテストなのか?
俺は白雪の一件以来、好きなアイドルなんていなかったから、あのテストにアイドルの名前は書いていない。しかし、あれで消えたはずの人気アイドルの名前を書いていれば、魔法少女候補生として呼ばれるってわけか。
「魔法少女の序列がすぐに変化するのはこういう事よ。わかったなら、どうせ貴方たちの記憶から消える彼女に対し、罵声を浴びせることだけはしないで欲しいわね」
引退していった魔法少女のグッズや商品、CDなどはすぐにゴミとなる。なぜ昨日まであんなに熱をあげていた存在に、引退が決まると夢から覚めたかのように自分の宝物を捨てていくのかと、そんな人達を眺めてはずっと嘲笑していた。
魔法少女なんてのは、せいぜいそんな価値しかない。疑似恋愛の対象でしかないと蔑んでいたのだ。
テレビやメディアから彼女たちは綺麗に消えてゆく。不思議に感じながらも、ざまあみろと思っていた。
全ては人々の記憶から消え去るのが原因だったのか。
だが、昨日まで盛況な人気を誇っていた魔法少女であるならば、すくなくとも消えることで社会に影響を及ぼす点があるはずだ。その辺をスムーズに鎮火させるには……魔法少女は政府機関の下で活動しているわけで、それら全てに政府が関わっていれば無理な事じゃない。しかし、そうなると指示を出す政府の人間に魔法少女がいるのか……?
「わかったかしら? だから星咲さんは引退したくて、してるんじゃないの」
切継の言葉が容赦なく俺の胸をえぐる。
どうして小学生の甘宮恵が、星咲と同じような台詞を吐いたのか。
彼女にとって星咲は憧れの存在で、絶対的な強者。そんな彼女ですら消失してしまうという恐怖、自分もいつかは消えてしまうのではと不安に怯える少女が……慰めの言葉に『ずっと一緒だよ』を選んだ理由がようやくわかった。
例え、先に甘宮が消えることになっても、先に俺が消えることになっても、どちらかが覚えていられる。だから、ずっと一緒だと……。
「貴方が聞いている、きらちゃんも……星咲さんとは複雑な仲でね。きらちゃんには言い辛いって苦しんでたのよ」
「……何が【不死姫】だよ。どうして永遠不滅のアイドルだなんて言えるんだ……」
「当たり前でしょう。彼女は私たち魔法少女アイドルにとって希望の光よ」
鋭い眼光で睨む切継は踵を返し、校舎内へと続くドアへと歩いて行く。
「トップ10位に昇りつめた最高の魔法少女で、目標にするべき存在よ。例え消滅したとしても、魔法少女たちの心には深く刻まれ、永遠不滅に残り続けるわ」
だから、不死姫。
「どうせ貴方たちは、明日にも星咲さんに関する記憶を失う。けれど、やっぱり友達が貶されるのを黙って見ていられるほどいい性格してないの」
さっさと歩き去ってしまう切継の背中は冷たく、俺に伝えたいことは全部言い切ったとそう語っていた。
「明日にも……?」
まだ、まだ、星咲は生きている?
そんな俺の疑問に答えることなく、切継は姿を消した。
「俺は……俺は……」
「鈴木ぃ……何もしないで後悔するより、してから後悔した方がいいってよく言うだろ?」
優一の月並みな台詞で、昨日から停止していた俺の思考は急激な速度で回り始める。
「俺は、あいつに――――」
星咲が消えてしまう前に。
「――――会いたい――」
そうしてようやく本心に向き合えた俺は、自分が行くべき場所を探す。
だが、それを邪魔するように右耳から電子音が響いた。
『序列識別No.3313、聞こえるか。患者が出現する時刻だ。殺処分の目標を確認せよ』
インカムから殺処分が迫る連絡が送られてきてしまったのだ。
俺は周囲を見て、優一に言わなければいけないことを速やかに告げる。
「優一。俺と一緒にここから離れよう」
「うん? 別にいいけど、ホッシーの所に行くんだよな?」
「あぁ、もちろん――――」
殺処分なんて後回しで、すぐにでも星咲の元へと向かうつもりだった。だが、現実は無情にも過ぎてゆくものだ。
「アァ――――教師を辞めたい――」
殺処分の患者である……国語教諭の岸本が俺達のいる屋上へと姿を現してしまったのだ。なんて間の悪い奴なんだと、内心で毒づく。
よれよれのスーツを着込んだ中年の男性教諭は、おぼつかない足取りでこちらへと歩を進めてくる。なので、こちらとしては警戒度を上げざるを得ない。
「アァ――――教師を辞めたい、仕事を辞めたい! でも娘たちの学費が、家のローンがッッ、安定した職に就くため努力した日々が無駄になるぅぅう!」
「なぁ……あれって国語教諭のきしもっさんだよな」
「優一、下がって」
一目で常軌を逸した様子だとわかる岸本に、俺達はたじろいでしまう。
「ァァアァア――――私が退職したら! 娘たちの、あの冷たい視線が! 妻の冷え切った態度がっ! 余計に悪化するじゃないか!」
頭を抱え、その場でうずくまる岸本。正直に言えば、彼を捕縛する絶好のチャンスだ。
しかし、優一の前で『銀白昼夢』を使うのを躊躇ってしまう。かと言ってこのままの姿で、仮にも教師の岸本に対し暴力行為に近い動きをしたら、どう説明すればいいのか……。
「アァァ――そもそも、なぜ毎日毎日、身を粉にして働いている私ガッ! 家族にあのような扱いをうけなきゃいけなイ!? 何を間違えた!? 接シ方か!? もっト家族サービスをするべキだったか!? 土日は部活動の指導もあるコノ私に、そンな時間などッッ! 気力も体力もぉおお残されてないぃぃアァァアアア!?」
結局は殺処分の現場を見られてしまえば、記憶消去をしなくてはいけない。できることなら優一に対して記憶改竄するのは嫌だ。そんな思いが俺の判断を鈍らせる。
「金が欲しい! 金さえあれバ、いいんだ! そうだ! 職場がなくなればいいんじゃなイか。そうダそうだソウだそうだ、そうすれば教師ハ辞めるしかなイ! 辞めていいんダ! 退職金だ! 保険金だ! コんな場所は壊してしマえばいい、そウだ、私はこの校舎を、コこの生徒を、全テを、壊しぃ……た、イ、ン、ダ!」
そうこうしているうちに岸本は奇怪な叫び声を上げて、両手を空へ向かって突き出した。
すると、彼の上半身がぼこぼこと音を立て、ゆで卵が弾けるようにして爆発した。
「そうダ、ぜンブ、ゼンブ、コワシタイィィィィィイイイ! 金ェェェェェエエエ!」
絶叫をほどばしらせる岸本だった物は、今や黄色の鱗を全身から生やした巨大トカゲへと変貌していた。
ひらたく言うと、『ドラゴン』みたいな生物になってしまった。
『目標をステルス無人偵察機で確認。推定レベルが想定範囲を遥かに超えている……【患者】から【変異体】に進化したと判明。序列識別No.3313、殺処分は中止し、すみやかにその場から退避せよ』
インカムから届いた指令は殺処分の中止と撤退だった。
「退避って……」
『識別コード:【蛇竜ファヴニール】と確認。【伝承持ち】であり、【降臨】級へ進化する可能性もある。繰り返す、至急退避せよ!』
ここでもし俺が逃げてしまえば、優一はどうなる?
岸本はもはや屋上におさまりきらない程の巨体になりつつある。こんなのが暴れ出したら、優一はひとたまりもないだろう。なら、俺のするべきことは……一つしかない。
「星咲は【変異体】の上、【降臨】と戦っていたんだ」
この間のライブで多少なりとも蓄積された体内の魔法力を呼び覚ます。
息をするように、俺の右手には当然のごとく【継承の魔史書】が握られていた。
「読み解くは第零説――――【銀白昼夢】」
早く、早く……『変異体』をどうにかして、星咲に会いに行かなければ。
逸る気持ちを抑え、銀髪幼女に変身した俺は幻想世界の生物、ドラゴンと対峙した。
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