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阿炎快空
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冬香と由衣が何をやったかについては、楓も知らない。
ただ、それから数日後。二人から「もう大丈夫」という言葉を聴いたのみ。
『あいつに、スマホに残ってたデータは消させたから。バックアップが残ってる可能性もゼロじゃないけど……よーく脅してきかせたし、多分大丈夫だろ!』
『ありがとうございます。でも、一体何をどうやったんです?あの野間さんが、簡単に説得に応じるとは思えないのですが』
『気にしなくていいよ、楓は!忘れないでね、楓は“一方的な被害者”なんだからさ』
ぽんぽん、と楓の肩を叩いて、由衣は言ったのだった。
『あいつのことなんかもう何も気にしなくていいんだよ。これから暫くは、わたしか冬香が楓と一緒にいてボディガードするけど、それは許してね』
いくら尋ねても、二人は“実際何をやったのか”の詳細を教えてくれなかった。楓は不穏なものを感じつつも、曖昧に笑うしかなかったのである。
二人が自分を想ってくれる気持ちは本物だとわかっていたからこそ、恐ろしかったのかもしれない――下手な突っつき方をして、二人の信用を失ってしまうのが。
無論大好きな二人が、そんなことで自分を本気で嫌いになると思っていたわけではなかったが。
――きっと、二人がかりで説得したから……。野間さんも女の子だったし、それで怖くなって応じてくれたんだ。きっと、きっとそうなんだ……。
そんなわけがない。
わかっていても、無理矢理そう信じ込もうとした。少なくとも、冬香と由衣が動いてくれてから、楓に対する綾乃の嫌がらせがぴたりと止まったのは事実なのだから。
ものすごく嫌われてはいるだろうけれど。
楓の主張を信じてくれたわけではないのだろうけれど。
それでも少しは反省してくれたのだと、そう思い込みたかったのである。思い込もうとしている時点で、違和感に気づいていることに他ならなかったけれど。
「蓮見さん……」
「すみません、長谷部さん。呼び出しちゃって」
「ううん、いいよ。気にしないで」
一階の、階段の影。
そこで、楓は長谷部歌と向き合っていた。一応周囲を伺う。少なくとも今、野間綾乃が近くで隠れているということはないだろう。
念のため、ダンボールや掃除用具入れが積まれている影に隠れるようにして、小声で二人話すことにする。
「……蓮見さんが訊きたいの、綾乃ちゃんのことだよね」
先に切り出してきたのは、歌の方だった。
「私がわかることなら何でも話すよ。その……私も、蓮見さんに訊きたいこと、あるし」
長谷部歌。ボブカットに眼鏡をかけたおとなしい少女だ。確か、漫画研究同好会に所属していたのではなかったか。同じ美術専攻ということで、時々話す機会はある。水彩画は得意ではなかったらしく、写生会の絵はあまり上手に描けなかったと本人も笑っていたが。
その歌が、あの強烈な野間綾乃の唯一の友人というのが不思議な話だ。性格は完全に真逆だし、自己顕示欲の塊のような綾乃と違っていつも縁の下のサポートばかりやっているような印象である。一体どういう経緯で友達になったのだろう、二人は。
いや、それを言ったら自分と冬香、由衣も性格は全然似ていない。似ていない者同士のほうが、案外仲良くなれるものなのかもしれなかった。
「……その」
歌は、口の硬い少女だ。話すな、と頼めば綾乃には何もバラさないでくれるだろう。しかし、それとは別にどこから話せばいいのかわからない。
「冬香さんと、由衣さんのこと。……冬香さんが亡くなったってまだ、私、信じられなくて。由衣さんもいなくなったって、どうしてかわからなくて」
迷った末、ここから尋ねることにした。
「それで。冬香さんと由衣さんは、野間さんのことを本当に嫌っていたのですが。その理由は、どこまでご存知ですか?その……」
「知ってるよ」
遮るように、歌は言った。
「蓮見さん。本当に……本当にごめんなさい!綾乃ちゃんが蓮見さんに何をしたのか、私知ってたの。だって綾乃ちゃん笑いながら、蓮見さんの写真を私に見せてきたから……!」
「!!」
「でも、でも……人に言ったらこれをばら撒くつもりとか言われて。事が事だから警察に言ってもいいかわからなくて。……ううん、ソレ以前に。私が、綾乃ちゃんたちから蓮見さんへの“いじめ”を止められてたら、こんなことにはなってなかった。本当に、本当にごめんなさい……!」
「長谷部さん……」
あの写真を、歌に見られていた。羞恥心はもちろんあるが、それ以上に今は安堵の気持ちが強い。
少なくとも歌は、“綾乃が楓をいじめた”という認識を持っていた。綾乃に洗脳されて、彼女まで楓の風評被害を信じていたらどうしようかと思っていたのだ。
「私……枕営業なんかしてないんです。写生会の絵で自分が有利な選考をして貰えるようにだなんて、まったく。それなのに、野間さんには信じてもらえなくて。長谷部さんは、信じてくれますか?」
楓の言葉に、もちろんだよ!と歌は頷く。
「私は、蓮見さんも先生たちもそんなことする人じゃないって信じてるよ。でも……綾乃ちゃんはその話に触れるとすごく怒って怖いから。私から説得とか、できなくて。綾乃ちゃん、自分が正しいと思い込んだことは、簡単に認識を変えられない人だから……」
それは楓も気づいていたことだ。歌一人になんとかしろ、なんていうのはあまりにも酷だろう。
むしろ自分の思い込みのためにあそこまでのことが出来てしまうのだ。一度、病院でカウンセリングを受けたほうがいいかもしれない。思えば最初の頃から彼女は怒りっぽかったし、人の失敗を大声で指摘することが多かった。小さなことですぐ腹を立てすぎるとも言う。きっと生きづらいだろうなと、以前は少しばかり同情していたほどだ。
「長谷部さんも大変ですから。無理しないでください」
それで、と楓は声を潜めて言う。
「私が、撮られた写真。……冬香さんと由衣さんが、なんとかしてやると言ってくれて。で、彼女たちが何かをしてくれたらしくて、それからぱったり野間さんの、その……」
「嫌がらせが止まった?」
「そう……そうです。でも、何をしたのか二人は教えてくれなくて」
ぎゅっと拳を握りしめる。後悔が、あとからあとから押し寄せてくる。
確かに自分は綾乃に怯えていたし、二人に泣きついてしまったのも確かだ。けれど、自分を守ってくれるためとはいえ、二人がやってはいけない行為に手を染めたのだとしたら――それを諌めるのは、自分でなくてはいけなかったはずなのに。
どうして訊くのを躊躇ってしまったのだろう。
本物の友達だと思うからこそ、迷うべきでないことがあったはずなのに。
「……あのね、蓮見さん」
躊躇いがちに、歌が口を開く。
「綾乃ちゃんのスマホが壊れたの」
「え」
「ううん、正確には……壊されたって綾乃ちゃんは言ってた。浮島さん、羽柴さんに壊された、って」
「!」
まさか、と楓もは言葉を失う。二人は説得ではなく、無理矢理携帯を奪って壊すことにしたとでいうのか。
確かに、冬香などは体格もいいし腕力もある。由衣と二人がかりならば、携帯を奪って破壊するくらい訳ないことかもしれないが。そして、下手に言葉で説得するより遥かに簡単であったかもしれないが――。
「その上で、裸の写真を撮られたって言ってた。これは立派ないじめだって。写真で脅されてなかったら警察に駆け込んでやるところだって……」
「そんな……」
話が、一本の線で繋がった。
二人が楓を守るためという名目で、綾乃を逆に虐め始めたのではないか。そんな疑惑は確かにあったのだ。ただ。
それならば、あの綾乃が報復行動に出ないのはおかしい。彼女のこと、喜々として写真を流出させてもおかしくないし、もっともっと楓への嫌がらせが激化して然るべきのはず。それなのにむしろ嫌がらせが止んだのは貴重だと。
だが。冬香たちがやり返して、逆に脅しの材料を握ったならば話は別だ。
そもそもスマホを壊したところで、クラウドにバックアップされている恐れは拭いきれない。ならば別の理由で、彼女がおいそれと流出させることができないような手段を講じるしかない。
つまり、冬香たちも綾乃の裸の写真を撮って、それで脅迫すること。これ以上楓に酷いことをしたら、あるいは写真を流したら。容赦なくお前の写真をネットにアップするぞ――とでも言ったのだろう。
「二人が、そんなことを……」
「こんなこと私が言ったら綾乃ちゃんに怒られるだろうけど。多分、浮島さんたちも……蓮見さんを守るための苦肉の策、だったんだと思う。けして正しいやり方ではないけど……」
苦しげに、歌は眉間にシワを寄せた。
「その上で。綾乃ちゃんは私に言ってきたよ。あいつらが自分を虐めてるって。浮島さんたちにトイレで水をかけられたり、落とし穴に落とされたりしたのは事実みたい」
「そんなことまで……」
「しかも、綾乃ちゃんは、そのいじめっ子に蓮見さんの名前を加えてた。蓮見さんが、浮島さんと羽柴さんに命令したと思っていたみたい……なんだけど。その様子だと、蓮見さんはやっぱり何も知らなかったんだね……」
「知りません、でした。まさか、二人が……」
ああ、と足がふらついて、壁にもたれかかった。
全部、自分のせいではないか。自分が、あの優しい冬香と由衣に、そこまでのことをさせてしまったのだ。二人は自分が想像する百倍は怒っていたということなのだろう。いじめをいじめで返すなんて――そんなことを二人がしてしまったのは、どう考えても楓の責任で。
「何も知らなかったなら、蓮見さんは悪くないよ」
困ったような顔で、歌は続ける。
「それに、そもそもは綾乃ちゃんが蓮見さんに酷いことをしてのがいけない。綾乃ちゃんは自分がいじめられた、いじめられたってそればっかり言うけど、元々は綾乃ちゃんが蓮見さんを虐めたのが発端だから」
「でも、私が、もっと野間さんの機嫌を損ねなければ……」
「私だって綾乃ちゃんと喧嘩することあるんだよ、蓮見さんに完全にコントロールすることなんて無理だったよ。そもそも、蓮見さんが絵で選ばれた時点で、どう考えても綾乃ちゃんはご機嫌斜めになってただろうし」
ただ、と歌は遠くを見る。
廊下の向こう。教室にいるであろう、綾乃の方を。
「ただ。私、不安で。今日の綾乃ちゃん、ますますおかしくなってる気がして」
どういうこと、と顔を上げる楓に、歌は。
「私、綾乃ちゃんが……浮島さんを殺したかもって、疑ってるの」
「!」
はっきりと、そう宣言したのである。
コメント
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うわっ……13話、重かったですね。冬香と由衣が楓を守るために取った行動の全貌が明らかになって、しかもそれが逆にいじめの連鎖を生んでしまっているのが痛々しかったです。特に「綾乃ちゃんが浮島さんを♡♡♡たかも」っていう歌の一言で一気にミステリー色が強くなりましたね。楓が「全部自分のせい」と責任を感じる姿に胸が締め付けられました。二人の行動の倫理的なグレーゾーンと、楓の無垢な自己犠牲の構図がうまく描かれていて、続きが気になります。