翌日の放課後。
春の風が少し冷たく、校庭の端に咲いた菜の花が揺れていた。
ランドセルを背負った七人は、教室の前で待ち伏せをしていた。標的はもちろん、柳沢花純。
俊哉:「ねぇ、本当に来るの?」
と宮田が落ち着かない様子で足をぱたぱたさせる。
高嗣:「来なきゃ迎えに行くよ」
と二階堂が言う。
渉:「そんなの無理やりすぎだろ」
と渉が笑った。
すると宏光が腕を組んで、
宏光:「無理やりでも連れてこないと、作戦にならないでしょ」
とさらりと言った。
やがて、花純が教室から出てきた。ランドセルを背負い、小さな歩幅で廊下を歩く。その姿は、教室のざわめきから逃げるように見えた。
裕太:「おーい、カスミちゃん!」
裕太が元気よく声をかけると、花純はびくっと肩を震わせ、足を止めた。振り返ると七人が勢揃いしている。
裕太:「い、今から帰るの?」
裕太の問いに、花純は小さく頷く。
裕太:「じゃあ、一緒に行こう。今日はちょっと寄り道ね」
花純は少し戸惑った。だが、七人の視線に囲まれると、逃げ道はなく、そのまま流れにのせられるように歩き出した。
町外れの林。木々の間を縫うように進んでいくと、やがて現れる小さな小屋――七人の秘密基地。
花純は初めて見るその光景に、足を止めた。
花純:「……これ、なに?」
俊哉:「俺たちの秘密基地!」
と宮田が胸を張る。
健永:「すごいでしょ? みんなで作ったんだ」
と千賀が笑う。
小屋の中に入ると、段ボールの壁や板の屋根から光が差し込み、薄暗いが不思議と居心地がいい。ランタンやお菓子、古いラジカセまで置かれていた。
裕太:「ここ、俺たちの宝物なんだ。だから、カスミちゃんにも見せたくてさ」
裕太が少し照れながら言う。
花純は驚いたように彼を見つめた。こんなに無邪気に秘密を共有してくれる人がいるなんて、今までなかったから。
その時だった。
高嗣:「よし、作戦開始!」
と二階堂が突然、大きな声をあげた。
そしてサルの真似をして
高嗣:「ウキキー!」
と跳ね回った。
渉:「ちょ、お前何やってんだよ!」
と渉が笑い、すかさず千賀がトランプを取り出して
健永:「見てて!」
と簡単なマジックを披露する。
宮田は隅で変顔を繰り返し、藤ヶ谷は段ボール箱を叩きながら
太輔:「いえーい!」
と即興の歌を歌う。
小屋の中は一気にサーカスのような騒ぎになった。
花純は最初、目を丸くして呆然と見ていたが、あまりのドタバタぶりに、思わず口元を押さえた。
――くすっ。
ほんの一瞬、小さな笑い声が漏れた。
七人はその音を聞き逃さなかった。
俊哉:「笑った! 今、笑った!」
と宮田が飛び上がる。
俊哉:「よっしゃー! 俺の変顔が効いた!」
健永:「いやいや、俺のマジックだって!」
高嗣:「違うって、絶対俺のサルだって!」
口々に主張する彼らを見て、花純の口元はさらに緩んでいった。
花純:「……なんで、そんなに必死なの?」
花純が小さな声でつぶやく。
裕太:「決まってる!」
と裕太が胸を張った。
裕太:「だって、カスミちゃんが笑ったら嬉しいから!」
その言葉に、花純は驚いたように目を見開いた。
彼女の心の奥で、固く閉じられていた扉が、ほんの少しだけ開きかけていた。