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ガタリと揺れる音に、ハッとした。頬にはさらりとした生地の感触。清潔過ぎる乾燥した臭い。そして体全身を微かに揺らす振動は、前に乗った車の駆動音によく似ていた。
「わ、私はっ」
がばりと上体を起こすと、やはり車中。その後部座席に私は居た。
車の運転手は葵様だった。
前のガラスに設けられた、天井に付いているルームミラーの中で葵様と視線があった。その瞬間、運転手座席に詰め寄る。
「葵様っ。お願いです、私を降ろして下さい!」
「ダメです。このまま環様を御所に連れて行くのが、僕の任務です。もう少しで到着しますから、任務の邪魔をしないで下さい」
いつもの穏やかな声じゃなくて、緊張を含んだ葵様の声に怯んでしまう。
思わず外を見ると、見知らぬ風景。日も落ちて、夕方から夜へと空の色が暗くなっていた。
帝都の街の中を走っているのには違いない。
窓ガラスからは幅広い道や、整えられた街路樹が見えた。そこに土蜘蛛から人々が逃げ惑うといった様子はなかったが反対側の車線には珍しい、| 患者自動車《救急車》や| 消防ポンプ自動車《消防車》が幾つもすれ違った。
私は鷹夜様に気を失わされて、少しの間気絶をしていたと思った。
まだ土蜘蛛の脅威は去ってはいないはずだと思った。体を前のめりにして、葵様に必死に話しかける。
「土蜘蛛が現れた今、私が病院に行かないと大勢の人が危ない目に遭うのです。私が行けば、土蜘蛛の気を引くことが出来ます。だから、お願いします。降ろし下さい」
私の訴えに葵様はとても冷静だった。
「もう一度言いますね。ダメです。土蜘蛛が環様を狙っているのは承知の上です。土蜘蛛が環様が来たからと言って、大人しく引き下がるなんて保証はどこにもない」
「でもっ」
「素人が戦いに口を出さないで下さい」
「!」
ズバリ言われた言葉に言い返すことが出来なかった。その通りだと思う。
それでも私は、自分が安全圏に居ることが我慢ならなかった。
私は九尾の狐。だからこそ、土蜘蛛の気を引く以外のことも出来るかもしれないと、思い切って言ってみるべきか。
そんな迷いの間にも車はぐんぐんと走って行く。速度が落ちる様子もなく走り続け、私の胸はますます不安になっていく。
どうしたらいいのだろう。きゅっと、きつく唇を噛むと葵様の申し訳なさそうな声がした。
「環様、きつい言い方になって申し訳ありません。でも、杜若様は環様の居場所をあえて土蜘蛛に知らせ、|御所《ごしょ》と言う一般人を巻き込まない広い土地で戦うことを選んだのです。それを──えっ。碧? な、なんだって?」
「葵様?」
葵様がいきなり碧様の名を呼び、声と顔に動揺を走らせた。
そしてキキッと車のブレーキ音が鳴り響き、車は道の端へと止まった。
がくんと揺れる車体に私の不安も体も煽られた。
葵様は緊張の面持ちでハンドルから手を離し、左手をこめかみに当てた。
──これはテレパスだ。
確か、私が倒れる前に土蜘蛛がいる現場に碧様が向かったと鷹夜様が言っていた。
きっと、その現場の情報が碧様から葵様に今、届けられているのだと思った。
「碧、なんだって!? 土蜘蛛が患者を人質に体内に吸収している? 御所に着いたら、病院に医療班の緊急要請を──了解。必ず伝える。碧。無事でいろよ」
ふうっと葵様がひと息付いて、またハンドルに手を伸ばそうとしたので思わず身を乗り出して、がしっと葵様の腕を掴んだ。
「葵様っ、今のは本当ですか。土蜘蛛が人質を取っているなんて」
私の言葉に葵様はびくっと表情を揺らしたあと、表情を引き締めた。