テラーノベル
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それからしばらくは、何事もなく日々が過ぎていった。
ユーリの現在の仕事は、倉庫のシステム管理と魔物出現地図の監督。カレーと石けん作りの責任者である。
それぞれの仕事で手伝ってくれる人々が成長してきたので、ユーリはその分時間を取れるようになった。
「遠心分離機を作りましょう」
と、彼女は言った。
場所は冒険者ギルドの敷地、カレーと石けん作りの小屋の前である。
「ユーリ姐さんが、またなにか始めるのか」
ファルトが興味深そうに話を聞いている。シロも足元でユーリを見上げていた。
「遠心分離機はバターを作るための道具よ。カレーの油はやっぱりバターが一番合うもの」
「レッドボアの脂は臭いもんな」
「そうそう。もっと簡単にバターが作れるようになれば、カレー作りに役立つから」
ユピテル帝国では、バターは軟膏の一種で薬扱いである。
伝統的な作り方は、革袋にヤギの乳を入れて木に吊るし、ひたすら棒で叩くというもの。牛乳ではなくヤギなのは、この国ではミルク用の家畜としてヤギが普及しているからだ。
揺れる革袋が遠心分離機のような役割を果たして、乳からバターが分離される。
棒で叩くやり方は時間と労力がとてもかかるので、バターはそこそこの高級品だった。
簡易的な遠心分離機として、ユーリはサラダスピナーを想定している。
サラダスピナーは本来、洗った野菜の表面についた水滴を飛ばすための道具だ。
容器の中にザルをセットして、そのザルをぐるぐる回すことで水滴を飛ばす。遠心力を利用している。
遠心分離機は日本の高性能なものはお値段がかなりする。
こんな話がある。ユーリの高校時代の友人で理系大学に進んだ人がいて、研究費が足りなくて遠心分離機が買えなかった。彼は苦肉の策で安価なサラダスピナーを買った。
結果、遠心分離機としてきちんと使えたが、領収書に「サラダスピナー」と書いてあったため経費申請が通らなかったというオチがつく。サラダスピナーはただの料理グッズなので、ゼミの研究と関連性が疑われたのだった。
「ミルクを入れるのだから、中の入れ物はザルでなくていいわね。金属の入れ物の中でぐるぐる回せば、木に吊るして叩くよりずっと効率がいいはず」
日本のサラダスピナーは電動のものもあったが、ユピテル帝国では当然手回しになる。
金物師を訪ねて概要を話せば、おおむね伝わった。
何度かの試作を経て、ユピテル帝国初のサラダスピナー・改め・遠心分離機の完成である。
木に吊るした袋を棒で叩くのは、それなりの力が要る。男性奴隷の仕事だ。
けれどサラダスピナーに取り付けられたハンドルを回すだけなら、子供でもできる。
ヤギミルク自体はそんなに高価なものではない。バターを取り出した後の低脂肪乳も、飲用やヨーグルト作りなどで使える。
こうしてバター作りもカレー食堂の日課に加わった。
「やったね。これでカレーがおいしく作れる。冬になったらホワイトシチューもいいわ」
遠心分離機の中に出来上がったバターを見て、ユーリがにっこりと笑う。子供たちも興味津々だ。
「それ、おいしい料理?」
「そうよ! あとはじゃがバターとか、お菓子もいいわね」
ユーリの頭の中で、バターを使ったレシピがあれこれと浮かんでいった。
ユーリが時間を見てドリファ軍団に行ってみると、日本刀作りは難航していた。
「やはり、通り一遍の知識だけでは無理でしょうか?」
ユーリがしょんぼりして言うと、アウレリウスは首を振る。
羽海汐遠
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#魔道具職人
こはる
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フユめん
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「いや、それなりに進展はしている。今はまだ玉鋼ではなく、通常の鉄を使って試作を繰り返しているところだ。ただ、鍛冶と魔道具の技術を高度なレベルで組み合わせる必要があるため、慎重になっている」
「そうでしたか」
「ああ。玉鋼を調べたところ、魔の森の魔力がかなりの濃度で含まれていた。砂鉄が地炎獣の体内で凝縮された結果だろう。この貴重な素材を無駄にするわけにはいかぬ。失敗は許されない」
そんなセリフを言いながらも、アウレリウスはどこか楽しそうだ。忙しい中で仕事が一つ増えたけれど、かえって息抜きになっているのかもしれなかった。
「ユリウスが鍛冶場につきっきりでいる。今ではどちらが鍛冶師か分からぬほどだ」
「そこまでですか。ちょっと意外です。今回のことは特別でも、彼は一つのことに入れ込むタイプではないと思っていました」
ユーリが首をかしげると、アウレリウスは微苦笑した。
「そうでもないぞ。剣術にしてもそうだが、かなり突き詰める性格だ。負けず嫌いでもある。まあ、この件に関しては奴の……私を含めたグラシアス家とドリファ軍団全体の悲願に直結する。入れ込むのは当然だろう」
アウレリウスの紫の目に一瞬だけ、憎悪の光が揺れて消えた。
魔王竜の討伐。八年前に突然現れて以来、その魔物は気配が途絶えている。もともと魔物はどうやって生まれるのか、寿命の長さや普段の暮らしぶりなどといった事柄はほとんど分かっていない。
緊張の表情を浮かべたユーリに、アウレリウスは淡く微笑んで見せる。
「何、今すぐどうこうという話ではない。魔の森の調査は難しく、あまり進んでいないのもあるが……」
「冒険者ギルドの魔物マップも、浅い場所を中心にしていますから」
「そちらも、なにか気づいたことがあったら教えてくれ」
「はい」
それから彼らはまた新しい製作物などや事業について話し合って、充実した時間を過ごした。
だんだんと秋が深まる季節。
カムロドゥヌムの近郊の畑ではスパイスやハーブ類が、そしてウルピウスの防壁の向こうにある畑では、マンドラゴラたちの収穫が進められていた。
「見てください、ユーリさん。立派な黄色マンドラゴラでしょう」
畑の責任者であるトマスは、得意げに黄色い根茎を持ち上げてみせた。
「本当だわ。丸々としていて、今からカレーに使うのが楽しみになっちゃう」
「ワン!」
ちょうどいいタイミングでシロが声を上げて、みんなが笑う。
「ただ、ちゃんと育ったのは白い花のマンドラゴラだけでした」
トマスの言葉に、ユーリは考え込んだ。
「秋ウコンね。魔の森から出せば、本来の植生に近づくのかしら。ピンクの花の春ウコン――マンドラゴラはどう?」
「育っていますが、最近はだんだん休眠状態になっていますね。冬はこのまま眠ってしまうかも」
ユーリが見ると、ピンクの花はもう散ってしまっている。
そのマンドラゴラは土に埋まってピクリとも動かない。
トマスの話では、刺激を与えても反応が鈍いという。
「それに、こっちの白い花の黄色マンドラゴラも。どうも、引き抜いたときの叫び声が弱い気がするんです」
「魔の森から出して育てた影響かしら?」
「あるかもしれません。あそこは土まで魔力に満ちていますが、ここらはそうでもないので」
トマスはもう一つのマンドラゴラを指さした。
「この毒マンドラゴラ、いえ、じゃがいもですか。じゃがいもも少量ながら、ちゃんと収穫できましたよ」
じゃがいもは日光に当てるとすぐに緑色になって傷んでしまう。収穫されたじゃがいもたちは箱に詰められて、とりあえずは兵士詰め所に置いてあった。
これらのマンドラゴラは種芋からではなく、既に育った状態で畑に持ってきたおかげで収穫に間に合った。
じゃがいもの毒見は済ませてある。
ユーリが試しに食べると言ったら、トマスたちどころか兵士にまで反対されてしまった。それを押し切って、数日に渡って少量ずつ茹でて食べてみた。
結果は問題なし。ユーリの予想通り、毒はじゃがいも毒のことだったらしい。きちんと保管して緑色になっていないものを加熱して食べれば、頭痛や腹痛は起こらなかった。
ユーリはトマスたちの手を借りてじゃがいもの箱を荷馬車に乗せた。冒険者ギルドから借りてきた荷馬車だ。
バターの在庫がいくらかできたので、子供たちと一緒にじゃがバターを食べるつもりである。
ユーリは荷物からバターを一包み取り出した。トマスに渡す。
「じゃがいもはビタミンが豊富で、いい栄養源なんですよ。はい、これ、バター。よかったら茹でて食べてね」
「なんだかよく分からんが、ユーリさんの言うことなら確かでしょう。後でいただきます」
冒険者の一人が荷馬車の手綱を取る。
ユーリはトマスや兵士たちに手を振って、カムロドゥヌムに戻っていった。
町に戻ったユーリは、カレー食堂の営業終了後を待ってじゃがいもを茹で、じゃがバターにして子供たちに振る舞った。
もちろん、種芋は別に確保してある。
「わあ、なんだこれ! ほくほくしていておいしい!」
「バターが溶けて、あまーい!」
子供たちは先を競うようにして食べている。
カレー食堂は相変わらず好調だが、もともと単価の安い商品だ。そこまでの儲けは出ていない。
利益という意味では、ドリファ軍団に納品するカレールウが一番大きい。やはり数が多いのがきいている。
利益は事業用、それに子供たちの宿舎を作るための資金をある程度確保して、残りは給金にしている。
下手に子供に給金を持たせておくのも危ないため、ユーリがお金を管理していた。
必要に応じて少額を渡す他、いずれ彼らが独り立ちできる年齢になったらまとめて渡すつもりだ。
もちろん一人ずつ帳簿をつけて本人にも見せているが、どこまで理解されているかは不明だった。
「あー、うまかった!」
ファルトがじゃがバターを食べ終えて、お腹をさする。と、立ち上がって一人の子の頭をぽかっと叩いた。
「こら、お前! ちびの分取り上げてるんじゃねーよ。自分の分だけで満足しとけ!」
「いたた、ファルト兄、ごめんよ。あんまりおいしかったから、つい。でも、もうしない」
「分かればいい」
ファルトはいつの間にか子供たちのリーダー的存在になっていた。
彼は頭が良くて、ユーリが合間で教える読み書きもずいぶん覚えた。最近は数字の計算に挑戦している。
じゃがバターを食べ終わった後、片付けは子供たちに任せてユーリはカレーと石けん事業の帳簿付けを始める。
倉庫の帳簿はナナがしっかりと担当していて、ほぼ問題ない。ユーリはたまにチェックに行くくらいだ。
ユーリはこちらの帳簿を複式で記入している。さすがに事業用となると、単式では不便が多いのだ。
(複式帳簿の書き方は、ナナがだいぶ覚えてくれた。ファルトが計算をきちんとできるようになったら、帳簿付けを手伝ってもらうのもいいな。
最近は売上が安定してきたから、雇う子の数を増やしたい。そうしたら子供たちの働く時間が減って、遊ぶ時間が取れるし、読み書きの勉強もできるもの。いつかここを出て独立しても、最低限の学はあった方がいいから)
彼女はそんなことを思いながら、今日の売上を記入していった。
水面下で事件が起きつつあるのを知らずに……。
コメント
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うわあ、今回も最高でした!サラダスピナーで遠心分離機を作る発想、めっちゃ理系のロマンですよね。しかも「経費申請が通らなかった」エピソードが現実っぽくて笑いました。ユーリが自分の体で毒見してまでじゃがいもの安全性を確かめる姿勢にグッときましたし、ファルトが子供たちのリーダーに成長してるのもじんわり来ます。最後の不穏な一文が気になりすぎます…!