テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

翌日の朝。

アンリエッタは、人目に付かないように、一足先に荷馬車に乗り込んだ。後から入ってきたパトリシアの表情を見て、無事にルカと気持ちが通じ合ったのだと理解した。


『銀竜の乙女』でのエリスは、まさに当て馬だったからだ。ラスボスではないが、銀竜に会う前に、気持ちを確かめ合うのは、お約束。……それをまさか、私もするとは思わなかった。


反省すべきか、良かったのか考えている内に、荷馬車はカザルド山脈に向けて走り出した。


前方には、すでに村にいた時から、その姿を現していた、カザルド山脈が聳えていた。横に雄々しく延びた山並み、その上に薄っすらと雪化粧しているさまが見てとれた。


「もう少し遅かったら危なかったわね」


荷台から顔を出したポーラが、思わずその姿に感想を漏らした。


確かに冬になれば、雪が下に降りてきて、登れるかどうか怪しいところだった。最悪、銀竜に会う前に、皆遭難してしまう可能性さえあった。


「そうですね。さすがに冬の雪山登山はちょっと……」


ポーラの肩に手を乗せて、アンリエッタもカザルド山脈を眺めた。宿屋では余り見られなかったからだ。いや、意図的にマーカスが見せないようにしていたのかもしれない。


アンリエッタは、改めてカザルド山脈の山頂付近に目を向けた。口ではあぁ言ったが、山全体が雪に覆われた姿を見てみたい気分になった。


真っ白い山を想像すると、まさに銀竜の雪のお城とも言えるような佇まいになる。尖った山の頂が城の塔、デコボコした山肌がちょうど影となって、窓のように見えることだろう。雪が白い城壁を醸し出すと、あながち間違った表現ではないような気がした。


「アンリエッタは怖くないの?」

「……まだカザルド山脈を見ただけですから」


そう、と口調は平然としていたが、すぐにアンリエッタを、パトリシアの隣に再び座らせる。その素振りで、ポーラの方が落ち着かないのだと悟った。


チラッとアンリエッタは、厚い布地の間から、御者の席に座るマーカスとルカを見た。村からカザルド山脈までは、唯一銀竜の居場所を正確に知っているマーカスが、案内役として座っているのだ。


さすがにここまで来て、駄々をこねて、嘘をつくようなことはしないだろう。


「私よりも、パトリシアさんの方は大丈夫ですか?」


パトリシアにそう尋ねると、ちょうどルカがこちらに顔を向けた。


心配なのは、当然だった。呼ばれただけの私は未知だが、生贄の証を持つパトリシアは、下手したら変わらぬ結末が、待っているかもしれないのだから。


「こうして皆が心配してくれているからなのか、そんなに不安じゃないの。不思議ね」

「わかります、その気持ち。だから、私も平気に思えるんですよ」

「昔から、変に肝が据わっているからな」


エヴァンが笑って、場を和やかにしようとしてくれていた。それに気がつき、アンリエッタも乗ることにした。だから、少しだけ不貞腐れたようにして言い返してやった。


「昔って、二年やそこらじゃないですか」

「二年あれば、人となりは分かるもんだ」

「ふふふっ。そうね。大体は分かるものだわ」


ポーラも加わり、次第に荷台の中から笑い声が聞こえるようになった。後方で馬に乗るユルーゲルの表情も、自然と緩んでいた。きっと、御者の席に座る二人も、同じような表情をしていたことだろう。


そして、しばらく経った後、荷馬車が止まった。



***



「ここからは、歩いて行く」


すでに村を出た時から、雪山に備えた格好でいた一行は、マーカスの言う通りに荷馬車から降りた。


季節は秋だと言っても、山の麓にあった村とは違い、山の中はやはり寒いらしい。防寒着を着ていても、暑く感じることはなかった。けれど吐く息は、まだ白くはない。


さきほどのポーラの言葉が身に染みた。このタイミングを逃せば、一シーズン待たなければならないところだったからだ。


そうなると、ギラーテにパトリシアを留めておくことは難しくなり、元々渋っていたマーカスを、一から説得し直さなければいけない、なんてことにもなり兼ねなかったのだ。


それはさすがに、嫌! 絶対に!


「アンリエッタ?」


無意識に首を横に振っていたらしく、ポーラが後ろから心配そうに声を掛けた。すると、案内のために前方を歩いていたマーカスが振り向いた。


「なんでもありません」

「山歩きなんて、久しぶりなんじゃない? もしも辛かったら、早めに言うのよ、いいわね」

「はい。ありがとうございます」


マーカスにも、笑顔で平気だとアピールをして見せた。が、マーカスの曇った表情は変わることはなく、再び前を向いて山道を登り始めた。ポーラに肩を叩かれたアンリエッタも、その後に続いて足を動かした。


山道といっても、始めは険しい道のりではなかった。緩やかな勾配がしばらく続いた。


まだ完全な雪山ではないため、高山植物が至る所に生えていたが、悠長に眺めている暇はなかった。途中に、都合の良い山小屋などないからだ。


けれど、休憩は適度に取った。旅に慣れていないパトリシアのためでもあった。


軽食も取り、十分に体力を回復させた後、いよいよ急な勾配へと入っていく。道はほぼ、獣道も同然だった。マーカスが剣で、邪魔な枝や草を切りながら進み、時折その真後ろを歩いているポーラが、魔法で援護していた。


「少し休憩を取ってもよろしいでしょうか」


しばらくしてから、後方からルカの声が聞こえてきて、振り返った。アンリエッタの後ろには、パトリシアがいるはずだったからだ。しかし、思ったよりもかなり後方にいて、ルカに支えられたパトリシアの姿が目に入った。


すぐに駆け寄り、少し息の上がったパトリシアに神聖力を注いだ。しかし、よくなることはなかった。むしろ、さらに悪化させているような気がして、手を自分の方へと戻した。

パトリシアの息は荒くなり、辛そうだった。


明らかに疲れじゃない。だとしたらこれは――……。一瞬、頭にそんな考えが過った。


「もう少しで、平らな道に出る。それまで持ち堪えられそうか」


マーカスも近づいて、パトリシアに尋ねた。首を縦に振ってはいるが、顔は真っ青だった。


「平らな道に出たら、そのまままっすぐ進むんだ。その先に小さな水場がある。そこから洞窟が見える」

「その洞窟に、いるんですね」

「あぁ。だから、お前たちはゆっくり来てくれ。エヴァンとジェイクも、ルカとパトリシアに付いてもらえるか」


ルカの後ろにいる、エヴァンとジェイクはすぐさま頷いた。


「では、私は一緒に先行してよろしいんですね」

「その方が良いだろう。戦力的にも」

「わかりました」


そう言うと、ユルーゲルはルカたちの脇を通って、マーカスに近づいた。そして、マーカスにだけ聞こえるように、そっと話した。


「先に我々だけで行って、よろしいのですか」

「……パトリシアがあの状態だと、まともに話ができるかは分からない。なら、先に話だけでも進めてもいいだろう。向こうが、アンリエッタではなく、先にパトリシアを要求するのなら、別だが」

「落ち着かないのですね」

「黙れ」


マーカスはユルーゲルを一睨みすると、アンリエッタとポーラを追い越した勢いのまま歩き出した。


「ちょ、ちょっと!」

「なんだ!」


振り向いたと同時に怒鳴られて、アンリエッタは一瞬怯んだ。すると、罰が悪そうに目を逸らしたマーカスが、今度は声を抑えながら尋ねた。


「どうした」

「ペースが速くて……だから、その……合わせて欲しい」

「あっ、悪かった」


神聖力には、鎮静作用もあると聞いた。アンリエッタはマーカスに近づき、注いで落ち着かせようとした。


「ううん。さっきの話だと、もうすぐなんでしょう。だったら、しょうがないよ。私だって、落ち着かないんだから」

「勘か?」

「違う。緊張して、ドキドキしている感じ」


苦笑いして、マーカスの手に触れた。皆同じ気持ちなのだと伝えたかったのだ。


手袋越しだから上手く伝わるか分からないけど、きっと緊張して手が冷たくなっていると思ったから。いや、この場合、手袋を外したら、外気で冷たくなっていると思われていたかも。


「……行くぞ」

「うん」


私の手を一度握り返してから、マーカスは手を放した。繋いだまま山を歩くのは危険だからだ。


しばらく歩くと、マーカスの言う通り平地に着いた。遠くに水場も見える。心臓の音が煩かった。


どうして舞台が隣国に!?

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

28

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚