コメント
0件
寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
金魚すくいだよおーー!
観衆を前に、客を前に。
初老のおじさんが、声を張り上げる。
ついさっき、始まったばかりの、屋台競争祭り。
定番の金魚すくいの屋台を前に、足を止める人は多いものの、
活発な少年などは居ないようで、誰もがおじさんに声をかけられずにいた。
気合を入れて来たのだろうか、ただの金魚すくいにしては、随分数が多い。
水色の大きな水槽は、二つ並んでいた。
観衆を見渡しながら、しびれを切らした店主が、声をかけてきた。
まあまあ、物は試しだ、今ならちょいとオマケしてやるぜ、嬢ちゃん。
薄く笑みを浮かべながら、ちょうど目の前に居ただけの私に、右手を差し出してくる。
そんな店主の顔を見ながら、ポケットをまさぐり、硬貨を手の平にのせる。
……いくらおまけしてくれるの、。
パッと、店主が顔を輝かせた。
おおっ、やる気かい、嬢ちゃん?!…そうだなあ、50円にしようか!
ざわっと、観衆が揺れた。
…確かに、「本来ならば300円のところを…」というわけなのだから、
仕方ないだろう。
おじさんに50円玉を手渡し、大きめのポイと、これまた大きな銀色の入れ物を受け取る。
…馬鹿だな、おじさん。
口に出しそうになりながら、たくさんの金魚を眺める。
サービスなのだろうか、金魚すくいでは見かけたことのない、金色のものが1匹。
すばしっこそうだ、
取れたらアタリ扱いかもしれない。
他は赤いものがやはり多く、数が多いせいか、黒いものもかなりいた。
黒色にしては珍しく、デメキンではない品種がいた。
ポイを水中に入れ、さっとすくい上げる。
やるのは久しぶりだが、滑らかに、金魚は入れ物に飛び込んだ。
おおっ、と観衆が湧く。
そのまま、金色のものもすくい上げる。
拾われたことが嬉しいとでも言うかのように、。
適当に持ち上げたはずの金魚が、入れ物にダイブした。
店主の顔が少し歪んだ。
すぐに顔を上げる。
…じょ、嬢ちゃん、
入れ物が大きくてやりやすいね、おじさん。
はっきりと、最終通告をする。
おじさんの目が見開かれた。
たとえ、止めに入られようと、
元々、やめる気なんてない。
金魚に害がないように。
優しくすくい上げることを繰り返して、5分くらい経っただろうか。
入れ物の中には、赤い金魚が5匹。黒い出目金が5匹。デメキンではない黒い金魚が1匹。金色の金魚が1匹。
結局、止められることもなく、観衆が息を詰めるのを感じながら、
12匹、とった。
おじさん、袋3つ、ちょうだい。
立ち上がってそう宣言したところで、観衆から、ワッと歓声が湧いた。
すごーい!!
え、上手くない!?
ポイ、全然破れてないよね!?なんで?
おじさんが、かなり汗をかきながらも、水を入れた袋を、ちゃんと3つ用意してくれた。
その中に、5匹と5匹と2匹を分けて入れる。
ありがと、おじさん。
店主は、完全に呆気にとられていた。
盛り上がった観衆に見送られながら、その場を去った。
ふぅ……やっぱ怖いな、人間って。
家に__使われなくなったプレハブ小屋に、帰ってきた。
あ、ごめんね、すぐ移すね…
訴えかけるような目の金魚たちに気づき、金魚鉢に急いで水を注ぐ。
(ポチャッ。ポチャッ…)
これで良し、と。…疲れたな…そろそろ変えるか。(ボフッ)
“黒髪おかっぱの、赤い着物を着た女の子”から、”茶髪の、成人済み女性”に成り代わる。
私は、狐である。
七変化とか、ほんと使えて良かったー……みんな人間不信なんだから、だれでも使えればいいのに。
短い時間しか化けることのできない、老いた両親を思った。