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「料理が冷めます。騒ぎたいのでしたら、せめて食べてからになさってください」
「……む」
「……チッ」
二柱が同時に押し黙った。
その様子に、煌は思わず吹き出しそうになる。さっきまであれだけ好き勝手に騒いでいたくせに、燕花のひと言には妙に素直なのだ。
「ったく。ほら、縁側でもどこでもいいから座れ。立ったまま騒いでたって食えねぇだろうが」
結局、宮殿の縁側に卓を出し、煌は大皿を真ん中へどんと置いた。
焼いた肉と香味野菜の匂いが、夜気に混じってふわりと広がる。
「言っとくけど、ただの肉炒めだからな。大したもんじゃねぇぞ」
「この匂いで“大したことない”は無理があるだろ」
白虎が牙を見せて笑う。朱雀はというと、やたら真剣な顔で皿を見つめていた。
「……童殿が作ったものだ。大したことがないわけがなかろう」
「お前、さっきまで下卑た匂いとか言ってただろうが」
「それとこれとは話が別だ」
「別なのかよ」
あまりに平然と言い切られ、煌はげんなりと肩を落とした。
「もういい。食うなら食え」
その言葉を待っていたかのように、白虎が真っ先に箸を伸ばし、競い合うようにして朱雀と同時に皿をつついた。
そして、肉を口にした瞬間――。
「――ッ、なんだこれ、うめぇ!!」
あっという間に二口、三口と平らげ、白虎は豪快に笑う。
「匂いからして暴力的だとは思ったが、味まで殴ってきやがる! 最高じゃねぇか!」
「褒め方がいちいち雑なんだよ」
「雑なのは料理も同じだろ」
「表出ろドラ猫」
言い返しながらも、煌は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
少なくとも、白虎の口には合ったようだ。しかも白虎は本気でうまそうに食っている。
問題は――。さっきから物も言わずに口に含んだまま固まってしまっている朱雀の方だ。
咀嚼しながら、朱雀はじっと皿を見つめ、それからようやく小さく息を吐いた。
「……どうだよ」
もしかして、口にあわなかったのだろうか?
思った以上に声がこわばってしまい、煌は内心で舌打ちする。
「荒っぽい」
「喧嘩売ってんのか」
「匂いは強い。味も濃い。上品さの欠片もない」
「じゃぁ食うなよ」
「だが」
そこで朱雀は、ほんの少しだけ目元を和らげた。
「妙に癖になる。腹の底から熱くなるような味だ」
真正面からそう言われると、かえって困る。
白虎みたいに大騒ぎされるより、こういう言い方の方が妙に胸に引っかかった。
「お主のいた世界は、こういう味で力をつけるのだな」
「まぁ……そんな感じだ」
「よい」
朱雀はそれだけ言って、二口目を口へ運んだ。
たったひと言なのに、変に誤魔化しがなくて、煌は視線の置き場に困る。
「……っ、なんだよ、その言い方」
「事実を言ったまでだが?」
「そういうとこだぞ、エロ鳥」
横から白虎がにやにやと口を挟む。
「童殿、顔がちょっと赤いぞ」
「赤くねぇ!!」
「ほう」
「面白がってんじゃねぇ!」
燕花が口元に袖を寄せ、くすりと笑う。
その視線がまたいかにも生温かくて、煌はますます落ち着かない。
「しかし、これは本当に見事ですね」
燕花が改めて皿を見つめる。
「香味で肉の臭みを押さえつつ、脂と塩気で食欲を強く引いている。薬膳とはまた違いますが、確かに“すたみな”がつきそうです」
「へぇ、燕花はそういうのも分かるのか」
「一応、身の回りのことは一通り」
「じゃあ最初から手伝ってくれりゃよかったのに」
「童殿がお一人で作りたそうでしたので」
「……そんな顔してたか?」
「しておられました」
即答され、煌は口をつぐんだ。
自覚はなかったが、そうだったのかもしれない。あの世界から放り出されて、この世界で初めて、自分の手でどうにか出来ることだったから。
ふと、玄武、鳳来堂、仙煙草――さっきまで頭の奥にこびりついていた不穏な言葉がよぎる。
けれど今は、それより先に、目の前で皿の上の肉を取り合う二柱の方がよほど現実味を持っていた。
「おい、白虎! それはわしが目をつけていたやつだ!」
「知らねぇよ。取られる方が悪ぃ」
「童殿、追加はないのか!?」
「あるわけねぇだろ! 最初からそんなに作ってねぇよ!」
「では明日も作れ」
「なんで当然みたいに予約してんだよ!」
白虎が腹を抱えて笑い、朱雀は本気で明日の献立を考え始めそうな顔をしている。
どうしようもなく騒がしくて、面倒くさくて、頭が痛い。
でも、さっきまで胸の奥に張りついていた嫌な緊張は、少しだけ薄れていた。
「……ったく」
自分の分をつまみながら、煌は小さく息を吐く。
この先、面倒なことになるのは多分間違いない。玄武のことも、鳳来堂のことも、考えなきゃいけない。
それでも今くらいは、この馬鹿みたいな騒がしさに付き合ってやってもいい。
そんなふうに思ってしまった自分に、煌は少しだけ苦笑した。