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篠原愛紀
#独占欲
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結局、僕たちが選んだのは、港区の「要塞」ではなく、多摩川を越えた先の、日当たりのいい2LDKの賃貸マンションだった。
窓の外に広がる河川敷には、ジョギングをする人や少年野球に興じる子供たちの姿がある。白石さんが育ってきた世界に比べれば、あまりに庶民的な暮らしだ。
けれど、鉄橋を渡る電車の音を聞きながら、彼女は「ここが一番落ち着く気がする」と、僕の腕をぎゅっと掴んで微笑んでいた。
部屋の中は、まだ引っ越しの段ボールで埋め尽くされている。
「陽一さん、そっちの『画材』って書いてある箱、私の魂が入ってるから絶対に落とさないでね!」
「わかってますよ。この箱は……寝室に置いておきますね」
僕が段ボールを一つずつ運び出す傍らで、白石さんは床に這いつくばってタブレットと格闘していた。
彼女の描くBL漫画『主従逆転上司の××』は、電子書籍でのヒットを受けて紙媒体での書籍化が決定したらしい。その番外編の執筆が、結婚準備と完全に重なっていた。
「……んんーっ、ここの『受け』の表情、もっと絶望と快楽が混ざった感じにしたいのに……!」
彼女が唸りながら床の上で身をよじる。白いタートルネックのニットは、その動きに合わせて彼女の体のラインを残酷なほど正確になぞっていた。
(……っ。まずい。首元までしっかりガードされているはずなのに、床に胸を預けて画面を覗き込む姿勢のせいで、その……豊かな曲線の輪郭が、嫌でも僕の網膜に焼き付いてしまう……!)
(落ち着け。彼女は今、プロのクリエイターとして戦っている最中なんだ。邪な目で見るなんてあるまじき行為だ……!)
「……信じられない。私の陽一さんが、編集部の読者投票で1位なんて……!」
画面には、王子谷をモデルにしたキラキラした美男子と、僕をモデルにした冴えないオタクが情熱的に見つめ合うイラスト。
「この『ちょっと冴えないおじさんキャラ』が親近感あって最高、なんて! 陽一さんは私だけの『推し』なのに! 嬉しいけど、世界中の腐女子に見られるのは嫌ぁぁぁ!」
白石さんは悶絶しながら、スマホの画面をバンバンと叩いた。