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夜明けは来なかった。
空は薄く白みかけているはずなのに、
世界はずっと、夜の底に沈んだままだった。
まるで時間そのものが、
朝を迎えることを拒んでいるかのように。
ノアとルミは、
朽ちた聖堂の残骸で足を止めていた。
かつて“選定の儀”が行われた場所。
運命管理者が、候補者を選び、
不要な存在を切り捨ててきた場所。
床に刻まれた円環の紋章は砕け、
その中央で、ルミが膝を抱えて座っている。
「……ごめん」
小さな声だった。
ノアは、
何も言わず、彼女の前にしゃがみ込む。
「また……影が、勝手に動いた」
ルミの影は、
彼女の背後で不自然に揺れていた。
まるで、
独立した意思を持っているかのように。
「触ろうとすると……
誰かの声がするの」
「“思い出せ”って」
ノアの胸の刻印が、
微かに疼いた。
(来たか……)
運命喰らいの言葉が、
脳裏をよぎる。
――選ばれなかった少女
――それを選んだ少年
ルミの中で、
“選ばれなかった運命”が、
形を取り始めている。
「ノア」
ルミは、
静かに名前を呼んだ。
「もし……」
言葉を選ぶ。
「もし、
このままだと――
君が壊れるとしたら」
ルミは、
ゆっくり顔を上げた。
「……それでも、
一緒に行くって言う?」
ノアは、
即答しなかった。
その沈黙が、
答えだった。
ルミは、
苦笑する。
「……だよね」
「私、邪魔なんだ」
「管理者にとっても、
あなたにとっても」
その瞬間――
聖堂の床が、軋んだ。
影が、
円環の紋章に沿って流れ出す。
「ッ……!」
ルミの影が、
床に貼りつき、
黒い糸のように広がっていく。
「……来る」
ノアが立ち上がり、
剣を抜いた。
空間が、
歪む。
そこに現れたのは――
管理者の代行体。
白い外套。
顔は仮面に覆われ、
その背後には無数の記録板が浮かぶ。
「対象確認」
機械的な声。
「逸脱存在ルミ。
未処理案件として再分類」
「護送、もしくは消去」
ルミの身体が、
震える。
「……ノア……」
ノアは、
一歩前へ出た。
「彼女には、
まだ役割がある」
管理者代行体は、
一瞬だけ沈黙した。
「役割?」
「観測不能」
「存在価値、未算出」
「――不要」
影が、
刃となって空間を切り裂く。
ノアは、
それを弾いた。
火花が散り、
刻印が赤く光る。
「ノア!」
ルミが叫ぶ。
「やめて……!
私のせいで――」
「黙れ」
ノアの声は、
強かった。
「君は、
“原因”じゃない」
「世界が、
君を許さないだけだ」
代行体が、
記録板を回転させる。
「抗議、却下」
「逸脱は、修正される」
影が、
一斉にノアへ殺到する。
ノアは、
歯を食いしばった。
(間に合わない……!)
その瞬間――
ルミの影が、
爆発するように広がった。
「……やめて!!」
叫びと同時に、
聖堂全体が黒に染まる。
影は、
管理者代行体を包み込み、
形を歪め、
喰らい始めた。
「エラー……
逸脱、逸脱――」
機械音が、
悲鳴に変わる。
ノアは、
愕然とする。
「……ルミ……?」
彼女は、
立っていた。
だが、
瞳の色が違う。
深い夜のような黒。
「……思い出したの」
ルミが言う。
「私、
何度もここにいた」
「選ばれなかった世界で、
何度も、消されて……」
影が、
彼女の足元で渦を巻く。
「だから……
もう、嫌なの」
「奪われるのも、
消されるのも」
管理者代行体が、
崩れ落ちる。
だが――
影は止まらない。
聖堂の外へ、
溢れ出そうとする。
「ルミ、止めろ!」
ノアが叫ぶ。
「このままじゃ――
君が“災厄”になる!」
ルミの肩が、
びくりと揺れた。
「……それでも」
彼女は、
ノアを見る。
「それでも……
一人になるより、マシ」
その言葉が、
ノアの胸を貫いた。
(――選択だ)
守るためには、
壊さなければならない。
彼女の中で暴れる運命を、
断ち切る必要がある。
ノアは、
剣を逆手に持ち替えた。
「……ごめん、ルミ」
「え……?」
ノアは、
彼女を抱き寄せ――
剣の柄で、
彼女の胸の刻印を叩いた。
刻印が、
悲鳴を上げるように光る。
「ッ……あ……!!」
ルミが崩れ落ちる。
影が、
断ち切られたように消えた。
静寂。
ノアは、
膝をつき、
ルミを抱きしめる。
「……守るためだ」
「壊すことでしか、
守れなかった」
ルミは、
かすかに目を開ける。
「……それでも……
私を……選んだ?」
ノアは、
頷いた。
「何度でも」
彼女は、
微かに笑った。
その背後で――
見えない何かが、
満足そうに息を吐いた。
(――いい選択だ)
運命喰らいの気配。
(壊したな)
(だが……
それで終わりじゃない)
夜は、
さらに深くなる。
運命は、
確実に、牙を研いでいた。