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朝。
障子の向こうが少しずつ明るくなる。
阿部はゆっくり目を開けた。
最初に見えたのは。
紺色の着物。
少し視線を上げる。
目黒がすぐ隣にいる。
昨日。
夜桜。
縁。
口づけ。
それから。
一緒に眠った。
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
そっと離れようとする。
でも。
目黒の腕がまだ背中に回っている。
手もしっかり繋いだまま。
薬指。
赤い輪。
朝の光の中でもちゃんと残っていた。
阿部は少し笑う。
本当に消えない。
「起きた?」
すぐ近くから声。
「起きてたの?」
「うん」
「いつから?」
「ずっと」
阿部が目を細める。
「寝てないじゃん」
「少し寝た」
「本当に?」
「多分」
「多分なんだ」
目黒が阿部を見る。
「あべちゃん寝てた」
「それは知ってる」
「かわいかった」
顔が一気に熱くなる。
「見たの?」
「少し」
「見るなって言ったじゃん」
「ずっとは見てない」
「ずっとじゃなきゃいいと思ってる?」
目黒が考える。
「駄目?」
阿部はため息をつく。
でも怒れない。
朝から紺色が柔らかい。
嬉しい。
安心。
それが全部見えてしまう。
「……もういい」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「よかった」
目黒の腕が少し緩む。
阿部は離れようとして。
やめた。
もう少しここにいたい。
「あべちゃん」
「何?」
「まだいる?」
「いるよ」
「よかった」
阿部が笑う。
「昨日からそればっかり」
「何が?」
「いるとか、帰ってきたとか」
「大事だから」
その言葉に。
阿部の表情が柔らかくなる。
「そっか」
しばらく。
二人とも動かなかった。
朝の光。
静かな部屋。
繋いだ手。
目黒がふと口を開く。
「あべちゃん」
「何?」
少しだけ真剣な声。
「今日も?」
阿部はすぐ意味が分かった。
昨日決めた。
毎日。
その日に選ぶ。
今日も。
隣にいたいか。
目黒は答えを決めつけず。
待っている。
阿部自身が選ぶのを。
「今日も」
阿部は目黒を見る。
「めめの隣にいる」
紺色の神力がふわっと広がる。
赤い輪も淡く光った。
「あべちゃん」
「何?」
「嬉しい」
「知ってる」
阿部が笑う。
「めめは?」
「何が?」
「今日も俺の隣にいる?」
目黒が少し驚いて。
すぐ答える。
「いる」
「早いね」
「今日になったから決めた」
阿部が吹き出した。
「ふふっ」
繋いだ手を少し持ち上げる。
「じゃあ今日もよろしくね」
「うん」
目黒は薬指を見る。
「これ」
「毎朝光るの?」
「知らないよ」
目黒が一度手を離し。
また触れる。
赤い輪が柔らかく光る。
「やっぱり光る」
「楽しい?」
「うん」
「子どもみたい」
「神様」
「知ってるって」
少しして。
二人は起き上がる。
阿部が髪を整えながら。
ふと昨夜のことを思い出した。
また顔が熱くなる。
目黒がすぐ気付く。
「あべちゃん」
「赤い」
「朝だから」
「朝だと赤くなるの?」
「なる日もある」
「なんで?」
「聞かないで」
じっと見られて。
阿部は耐えられなくなる。
「昨日のこと思い出しただけ」
目黒の神力が一気に明るくなる。
「キス?」
「言うなって!」
「俺も思い出した」
「聞いてない」
「今日もする?」
阿部が固まる。
「……朝から何言ってるの」
「朝だと駄目?」
「そういう問題じゃない」
目黒が考える。
「じゃあ夜?」
「予定に入れないで」
阿部は顔を覆う。
でも。
笑っていた。
部屋を出る。
朝の廊下。
向こうから翔太が来る。
「あ」
二人を見る。
薬指を見る。
それから顔。
「あべちゃん」
「何?」
「一緒に寝た?」
阿部が固まる。
目黒が答える。
「うん」
「めめ!」
朝から阿部の声が響く。
翔太が笑った。
「やっぱり」
「なんで分かるの!」
「顔」
「あと、めめが嬉しそう」
阿部が目黒を見る。
紺色。
朝からものすごく柔らかい。
「……確かに」
「何?」
「何でもない」
翔太が笑う。
「ちゃんと寝れた?」
「うん」
阿部は少し考えて。
「久しぶりにちゃんと寝た気がする」
翔太の表情が柔らかくなる。
「そっか」
目黒が嬉しそうに言う。
「あべちゃん俺がいると寝れる」
「それはみんなに言わなくていい」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
その声に。
深澤までやってくる。
「夜、何かあった?」
阿部は嫌な予感がした。
「何でもない!」
深澤が目を細める。
「怪しい」
目黒が普通に言う。
「一緒に寝た」
「めめ!」
深澤が大笑いする。
廊下の向こう。
照の声。
「朝からうるさい」
全員。
一瞬で静かになる。
阿部だけ。
我慢できず小さく笑った。
朝餉。
阿部はいつもの場所へ座る。
その隣。
目黒。
自然にそこへ座った。
少し前なら。
目黒が勝手に近くへ来ていた。
今は。
阿部もそれを選んでいる。
「あべちゃん」
「何?」
「明日も聞いていい?」
阿部が箸を止める。
そして笑う。
「いいよ」
「毎朝?」
「毎朝」
「忘れたら?」
「めめ絶対忘れないでしょ」
「忘れない」
阿部は少し考える。
「俺も聞く」
「何を?」
「めめも今日一緒にいたいか」
目黒がまた嬉しそうになる。
「毎朝?」
「毎朝」
「嬉しい」
「うん」
縁が結ばれたから。
一緒にいるんじゃない。
今日も。
明日も。
その日にちゃんと選ぶ。
今日。
目黒の隣にいたい。
今日。
阿部の隣にいたい。
いつか百年。
千年。
そんな時間が過ぎても。
朝になったら。
同じように聞くのかもしれない。
今日も?
そして。
きっと笑って答える。
今日も。
その日の朝。
「あべちゃん」
「何?」
「今日も?」
阿部が笑う。
「今日も」
「めめは?」
「今日も」
触れた薬指の赤い輪が淡く光った。
今日は。
目黒が結界の外れまで見回りへ行く。
戻るのは夕方。
「あべちゃん」
「何?」
「一緒に来る?」
阿部は少し考えた。
前なら。
きっと行っていた。
目黒がいない時間が嫌で。
少しでも近くにいたくて。
でも今日は。
「行かない」
目黒の紺色がすぐ沈む。
阿部が笑う。
「そんな顔しないでよ」
「今日は修行する」
「ふっかさんと?」
「照もいるよ」
少し不満そう。
「夕方には帰る」
「うん」
阿部が目黒の手を取る。
「待ってる」
目黒が止まる。
「何?」
少し考えて。
「今の、嬉しい」
阿部が笑う。
「じゃあちゃんと帰ってきて」
「帰る」
「気を付けてね」
「うん」
目黒が出ていく。
姿が見えなくなっても。
阿部には分かった。
いる。
少しずつ遠くなっていく。
でも。
消えない。
胸の奥。
薬指の赤い輪。
目黒の存在が細く残っている。
離れているのに。
前ほど不安にならない。
ちゃんと。
帰ってくると分かる。
昼。
阿部は庭で修行をしていた。
深澤が向かい。
照が少し離れている。
今日は。
枯れかけた草を一本だけ戻す練習。
「あべちゃん」
「うん」
「全部元気にしようとしない」
「分かってる」
阿部が草へ手を近付ける。
緑。
柔らかな神力。
細く。
少しだけ。
萎れていた葉へ。
ゆっくり力が戻っていく。
深澤が頷く。
「上手」
阿部が笑う。
「最近かなり分かる」
「何が?」
「どのくらい出したらいいか」
照も近付く。
「制御はかなり安定してるね」
「本当?」
「うん」
その時。
薬指が少し温かくなる。
赤い輪。
淡く光った。
「……あ」
「どうした?」
阿部は目を閉じる。
いる。
さっきより近い。
山の向こう。
少しずつ。
こちらへ戻ってくる。
「めめ」
「帰ってきた?」
深澤が聞く。
阿部は目を開ける。
「多分」
照が少し驚く。
「見える?」
「見えない」
胸元へ手を置く。
「でも分かる」
「近付いてる」
深澤が笑う。
「縁すごいね」
阿部も笑い。
修行を続けようとする。
でも気になる。
もう屋敷の近く。
何度も赤い輪を見る。
深澤が吹き出す。
「行ってきたら?」
「何が?」
「迎え」
阿部の顔が少し熱くなる。
「別に」
「そわそわしてる」
「してない」
照が静かに言う。
「行ってきていいよ」
阿部は少し照れながら。
「……じゃあ」
「行ってくる」
庭を出る。
廊下。
少し早足。
赤い輪がまた淡く光る。
近い。
外へ出る。
夕方。
山の向こう。
赤い空。
そして、道の先。
紺色。
阿部の足が止まる。
目黒も気付いた。
その瞬間。
紺色の神力が一気に柔らかくなる。
嬉しい。
驚き。
安心。
全部。
遠くからでも分かった。
「あべちゃん」
阿部も歩く。
自然に笑う。
「おかえり、めめ」
目黒が止まった。
「何?」
返事がない。
「めめ?」
ゆっくり阿部を見る。
「あべちゃん」
「何?」
「もう一回」
阿部が笑う。
「また?」
「うん」
少し照れながら。
もう一度。
「おかえり」
紺色が夕空へ柔らかく広がった。
「あべちゃん」
「何?」
「それ」
少し言葉を探す。
「すごく好き」
阿部が笑う。
「おかえりが?」
「うん」
目黒が近付く。
「帰ってきたって分かる」
「ここに戻ってきたって」
少し不思議そうに続ける。
「今まで」
「帰るってよく分かんなかった」
「どこにいても同じだったから」
「屋敷でも山でも」
「でも今日は」
目黒が阿部を見る。
「帰ってきたって思った」
胸が温かくなる。
「俺がいたから?」
「うん」
あまりにも素直で。
阿部は少し笑った。
「そっか」
目黒が手を差し出す。
阿部も自然に重ねる。
赤い輪が光る。
「待ってた?」
少し考えて。
「うん」
「ずっと?」
「ずっとではない」
目黒の顔が曇る。
阿部が吹き出す。
「修行してたから」
でも。
繋いだ手を少し握る。
「帰ってくるの分かったら」
「迎えに来た」
目黒が黙る。
「嬉しい?」
「すごく」
少し前。
阿部は言った。
ここに帰ってきたと思った。
目黒は。
あべちゃんが帰ってくるところになりたいと言った。
今。
阿部も分かった。
帰る場所は。
誰かが待っている場所。
戻った時。
迎えてくれる人がいる場所。
「めめ」
「何?」
阿部が少し笑う。
「俺さ」
「うん」
「めめの帰るところにも」
「なれたらいいな」
目黒の目が大きくなる。
紺色の神力が一気に広がった。
「すごい色」
でも。
目黒は気にしない。
「あべちゃん」
「何?」
「もうなってる」
阿部が少し驚く。
「今日」
「戻ってくる時」
「もうすぐ」
「あべちゃんのところって思った」
胸がいっぱいになる。
阿部は少しして。
笑った。
「じゃあ」
「ちゃんと帰ってきてね」
「うん」
「俺も」
目黒を見る。
「おかえりって言うから」
「毎回?」
「いる時は毎回」
少し不満そうだった目黒の顔が。
すぐ柔らかくなる。
「あべちゃん」
「何?」
「今日も好き」
阿部が笑う。
「俺も」
少しだけ間を置いて。
「今日も」
「めめが帰ってきて嬉しい」
二人の薬指。
赤い輪。
夕暮れの中で静かに光る。
そのまま。
二人は屋敷へ戻る。
今度は。
同じ場所へ。
目黒にとっても。
阿部にとっても。
帰りたい場所は。
もう。
同じところにあった。
コメント
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第18話、読み終わりました〜! 朝起きて、隣に目黒がいるのを思い出して赤くなる阿部、可愛すぎる……「今日も?」「今日も」の掛け合い、もうずっと見ていたい。縁で繋がったからじゃなくて、毎日ちゃんと選び合ってるっていうのが、この二人らしくてすごく好き。修行中に帰りが近づくのを感じる場面も、迎えに行った「おかえり」も、胸があったかくなるシーンの連続だった。お互いが「帰る場所」になってるの、尊いなあ……次も楽しみにしてます🔥
kaede🍁
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七瀬⛄️
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