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霞柱のワガママ
無一郎との共闘の後で大怪我を負った椿彩は、1ヶ月程の療養を経て、再び鬼殺の現場に戻った。
相変わらず、弓矢と刀を両方使って鬼を倒す日々。
実は療養中の椿彩のもとへ、鋼塚が“新作”を持ってやって来た。
鏃には日輪刀の材料である猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石が使われており、陽の光を目一杯凝縮した矢を放つことで鬼に致命傷を与えることができる仕組みだ。
矢の刺さったところが頸であれば更に殺傷能力が上がる。
鬼殺隊頭首からの直々の頼みにより作られた椿彩だけの武器だった。
新しい武器を手に、椿彩は今日も鬼を狩る。
そして任務がない日は仲間に稽古をつけてもらう。
季節は流れ、8月になった。もといた世界の8月よりずっと過ごしやすい。
この日は霞柱に稽古をつけてもらう予定だった。
「あ、つばさ。怪我はどう?」
『もう平気です。ご心配をお掛けしました』
無一郎はまだ所々記憶が曖昧な部分もあったが、夏目椿彩という人物の存在は最近覚えていられるようになった。
『今日は久々の時透さんとの稽古ですね!よろしくお願いします』
以前にも稽古をつけたのだろうか。そこはあまり覚えていない。
「うん、よろしく。ところで、何の呼吸を極めるかは決まったの?」
『それが…まだなんです。色々試してはいるんですけど……。基本の水と炎は、どちらも少しずつできる型とできない型があって。風と岩と雷はちょっと合わなかったみたいです。単純に力が足りなくて』
「そう。…そういえば、君の日輪刀、まだよく見てなかったから見せてくれる?」
『はい、もちろんです』
ひょっとしたら自分が覚えていないだけで、先日の任務の前に見ているかもしれないが。
手渡された日輪刀を鞘から引き抜く。
透明感のある乳白色の刀身がいくつもの色の光を放っている。
「…綺麗な色だね。宝石みたい」
『ありがとうございます!私も気に入ってるんです』
嬉しそうに微笑む椿彩の顔を見て、無一郎はなぜだか胸の奥が温かくなるのを感じた。
「…試しに霞の呼吸の型、やってみる?」
『はい!』
風の呼吸の派生である霞の呼吸は、前者に比べて爆発的な力を使わずに済む。全部とまではいかないが、どれか1つでも椿彩にも使える型があるかもしれない。
早速木刀を握り、指導に入る。
驚くことに、椿彩は稽古していた数時間の間に壱の型・参の型・肆の型を習得してしまった。
「すごい!ちょっと教えただけなのに3つの型を覚えるなんて」
『ありがとうございます!』
「見てて思ったけど、体幹しっかりしてるし受け身を取るのも上手だよね。太刀筋も綺麗だし。剣を習う前に何か経験があった?」
普段の無一郎に比べて口数が多い。
『えっと、中学生…あ、時透さんと同じくらいの歳まで、合気道を習ってました。だから木剣を持ったまま受け身とか練習してて』
「そういうことか。……ところでさ、敬語やめない?」
『えっ!?』
突然の提案に目を見開く椿彩。
「僕より年上でしょ?敬語使わなくていいよ」
『でも時透さんは柱で、私よりずっと位の高い人だから』
「じゃあ、上官命令って言えばいい?今から敬語禁止ね」
『うーん。命令なら仕方ないですね…じゃなかった。仕方ないよね』
上官命令とはいえ、柱に対してタメ口を利くなんてそわそわしてしまう。
「あとさ、名前で呼んでほしいな」
『え?…む、無一郎さん…?』
「さん付けやだ」
『無一郎、くん?』
「うん、それがいい」
『承知しました。…じゃなくて、分かったよ無一郎くん』
椿彩の返答に、無一郎が満足そうに笑った。
この人もこんな風に笑うんだ、と思った椿彩だった。
椿彩もずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
『…無一郎くん。明日お誕生日なの?』
椿彩の視線の先には壁に掛けられたカレンダー。8月8日のマスに、“時透無一郎誕生日”と書かれていた。
以前稽古に来た時に見たのは、6月1日のマスに書かれていた“甘露寺蜜璃誕生日”という文字。恐らく柱全員の誕生日が書かれているのだろう。
その時蜜璃の誕生日を知ったので、少し遅くなったが最終選別から帰還して怪我が治って、その後蜜璃に約束のスフレパンケーキを焼いてお祝いした。
念願のスフレパンケーキに、蜜璃は大興奮だった。
一緒にそれを口にした伊黒も初めての食感に驚いていた。
無一郎がよければ、彼にも何か料理を振る舞って祝いたい。
ところが。
「ああ、そうみたいだね。だけどどうでもいいよ。誕生日なんてそんな特別なのかな」
誕生日をどうでもいいと言う無一郎に驚く。
「鬼殺隊に入る前のこと、何も覚えてないんだ。自分が以前どんな生活をしてたのかも、誰と過ごしていたのかも。誕生日だって覚えてない」
遠いところを見つめながら淡々と話す無一郎。
「……時々思うんだ。僕はここにいていいんだろうか、自分のこと何も分かってない人間が、柱なんて大事な役に就いてていいのかなって…」
無一郎の表情が曇っていく。
『いいのよ!』
「え?」
顔を向けると、切なげな椿彩の顔があった。
『ここにいていいの。柱のままでいいの。無一郎くんに助けられた人、山程いるよ。私だってそうだよ』
「つばさ…」
『お誕生日は特別な日だよ。覚えてなくても。無一郎くんがこの世に生まれてきてくれた、1年でいちばん大事な日なんだから。どうでもいいなんて言わないで』
無一郎の手をぎゅっと握る。
『お祝いしよう!一緒に』
「…祝ってくれるの?」
『うん!無一郎くんの好きなもの作るよ。甘いもの嫌いじゃなければケーキも焼くよ!』
ケーキ…好きなもの…
『お誕生日を楽しかったって思ってもらえるように頑張るよ』
にっこり笑う椿彩。
それを見て、無一郎はまた胸が小さく高鳴るのを感じた。
「…じゃあ、お祝いしてもらおうかな……」
『うん!明日はお休み?』
「うん。何も予定ない 」
『そっか!よかった』
すると無一郎が何かを思いついたような顔をする。
「……ねえ。今日うちに泊まってくれない?」
『え?…とま!?』
「誕生日は明日だけど。日付変わる時に一緒にいてほしいな」
男の子の家に泊まるなんて、小学生の時に親戚の家に泊まった以来なんだが。
『えっと〜…明日また改めて来て、それでお祝いするのじゃだめかな?』
「………だって寂しいもん……。つばさに一緒にいてほしい……」
『ゔっ…』
寂しいなんて言われて、椿彩の“お姉ちゃんモード”が発動してしまう。
無一郎も内心、どうしてここまで食い下がっているのだろうと思っていた。
でも“特別 ”と言ってくれた誕生日を1人で迎えるのが寂しいと思ったのは本当だ。
『…分かった。じゃあ、着替えとか取りに、一旦蝶屋敷に戻ってもいい?お風呂も済ませてからまた来るから』
椿彩根負け。
無一郎はぱっと顔を輝かせる。
「うん!ありがとう!僕も一緒に蝶屋敷に行くよ。それでまた一緒にこっちに戻ってこよう」
『え?そんな、わざわざいいよ。道も覚えてるし、そんなに荷物も多くないし』
「いいの。僕がそうしたいの」
『んー…わかった』
またしても押し負けた。
まあ、誕生日とその前後くらいいいか。
『そしたら、晩ごはんも作っちゃおうか。明日はお誕生日メニューにするとして、今日は無一郎くんの好きなもの作るよ』
「ほんと!?ありがとう!」
普段は隠が食事の用意をしてくれるが、今日と明日はその必要がないことを彼らに伝える。
稽古を早めに切り上げて、お泊りの準備をしに無一郎と共に蝶屋敷へと戻る椿彩だった。
つづく