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三日後、エーファは薬を届けにオズボーン家に来ていた。
ゲオルクの寝室にて、エーファは薬を見せながらフリードリヒに説明する。
「この薬は毎日朝晩二回お飲みになってください。魔法の進行を遅らせる作用があります」
フリードリヒは頷いて薬を受け取った。
「これで様子を見るのかい?」
エーファは首を横に振る。
「ここまで進行すると薬を投与し続けても埒が明かないので、特別な治療をする必要があります」
「特別な治療?」
エーファは頷いた。
「辛さを和らげるような物……、この場合は公女様が所有されていた物がいいでしょうね。それを使って公爵様の潜在意識に入ります」
フリードリヒは目を見張る。
「かえって辛さが増さないかい?それに君は大丈夫なのかい?」
また拒まれるのではと案じるフリードリヒに、エーファは頷いた。
「辛さが増すこともありますが、心を満たして差し上げるようにしますのでご安心ください。それから、私は大丈夫です。ですが、先日のような拒絶反応の代わりに、魔力暴走が起きることがあります」
「……じゃあ、治療はかなり危険なんだね」
魔力暴走とは、多すぎる魔力に対して肉体が制御しきれなかったり、感情があふれ出すあまり魔力を制御できなかったりして、周りに危害を及ぼすことだ。
具体的には外に漏れた魔力が攻撃と化し、小さな刃物となって周りを傷つける。
人によっては竜巻が起こることもある。
「……やめておきますか?薬だけだと十年近くかかってしまいますが」
エーファは仕事だし何より失望させたくないから大丈夫なのだが、フリードリヒもこの寝室にいる場合、彼にも魔力暴走による被害があるかもしれない。
フリードリヒは一瞬躊躇ったが、首を横に振った。
「ううん。お願いするよ。早く父に会いたいんだ」
エーファは少し笑んで頷いた。
「わかりました。では私の方で準備ができ次第始めますので、またご連絡します」
フリードリヒも美しい顔に笑みを刻む。
「ありがとう」
その日はエーファはそこで帰った。
それから一ヶ月後。
その日はやってきた。
エーファは腹をくくってゲオルクが横たわる寝台の隣に立つ。
そして腕輪を着けた。
「それは?」
立ち会うフリードリヒに尋ねられる。
エーファは微笑んで答えた。
「これは魔力暴走を抑制するための魔法具です。と言っても、私が作ったので完全に抑えることはできませんが」
フリードリヒは瞠目する。
「君が作ったのか?」
エーファは苦笑した。
「そんな大したものではありませんよ」
エーファは謙遜しているが、自分で魔法具を作ることができる魔法使いなどそうそういない。
一般的な魔法使いは魔法具職人に特注してもらう。
しかし今回は急を要するので、わざわざ職人に頼んでいては時間がかかる。
だからエーファは簡易的なこの魔法具を一ヶ月かけて作っていた。
すごいなあ、と呟くフリードリヒに苦笑してゲオルクの方に向き直ると、エーファは真剣な顔で椅子に腰掛ける。
「それでは今から始めていきますね」
エーファとフリードリヒしかいない寝室にエーファの硬い声が響いた。
寝室に緊張の糸が張り詰める。
「よろしくお願いするよ」
フリードリヒの声も硬くなった。
エーファはフリードリヒの了承を確認し、治療を始めた。
腕輪をはめた手でゲオルクの手首を覆い、もう片方の手でフリーデリーケの形見として用意してもらったうさぎのぬいぐるみの腕を掴む。
そして、ぬいぐるみからゆっくりとフリーデリーケの記憶をゲオルクに流し込んだ。
今度は拒絶されず、フリーデリーケの記憶がゲオルクの潜在意識に流れていく。
ゲオルクの中でフリーデリーケとの思い出が反芻した。
自分と手をつないで歩く記憶、自分からのプレゼントのぬいぐるみを一目見た途端に輝くような笑顔を浮かべ、ぬいぐるみを抱きしめる記憶、勉強を教え、問題が解けると嬉しそうに顔をほころばせる記憶。
幸せな記憶たちだ。
……だが、愛した娘はもうこの世にいない。
フリーデ……、フリーデリーケ……!
その瞬間、エーファの腕輪に埋め込まれた宝石が光った。
魔力暴走が起きる兆しだ。
先程もフリードリヒに言った通り、腕輪は完全に魔力暴走を抑圧することはできない。
だからエーファの力で補わなければならない。
エーファは魔力暴走を抑える魔法を仕掛ける。
一方ゲオルクの潜在意識では、どこへもやり場がない悲しみが渦巻いていた。
と、その時。
「お父様!」
暗闇の中、あれほど会いたいと願った娘がすぐそこで明るく笑っていた。
ゲオルクは呆然とし、はっとすると娘に駆け寄る。
「フリーデ……、フリーデ……」
ゲオルクは娘の前まで来ると、彼女を抱きしめる。
「ごめんな……、守れなくて……」
父の涙に、フリーデリーケはもらい泣きした。
「お父様のせいじゃないよ。仕方なかったの」
ふたりはそのままひしと抱きしめ合い、しばらくして抱擁を解く。
フリーデリーケは涙を目にためながら父に笑いかけた。
「お父様、お願いだから、もう泣かないで?私のせいでお父様をこんなに悲しませちゃったのは申し訳ないけど、でもお父様が泣いてたら、わたしも悲しいの。だから、もう泣かないで、笑って?大好きなお父様に、わたしの分まで幸せになってほしいの」
ね?と言うフリーデリーケに、ゲオルクは頷く。
「……わかった」
ゲオルクは涙は止ませ、代わりに鼻をすする。
フリーデリーケも泣き止み、くしゃりと朗らかに笑った。
「じゃあね、お父様」
元気でね、とフリーデリーケが言った途端、真っ黒だったゲオルクの視界は真っ白な光に包まれる。
温かい。
さっきまで悲しみで満たされていた心は穏やかで、安堵したようだった。
ゲオルクの心の闇はさっぱり取り払われた。