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治療が終わってから小一時間。
ゲオルクは目を覚ました。
見慣れた天井が視界に入ってくる。
ふと見やると、寝台の隣で妻と息子が安心したような、嬉しそうな表情を浮かべて自分を見ていた。
「……ふたりとも、すまなかったな」
ゲオルクは声を絞り出す。
ふたりとも首を横に振った。
「目が覚めてようございました、あなた」
「うん、本当に」
家族三人は再会を心から喜んだ。
と、フリードリヒが振り返る。
「ありがとう、レディウィルズリー」
……ウィルズリー?
どこかで聞いた名だ。
「いえ、成功して良かったです」
するとフリードリヒは後ろにいたエーファを前に来させた。
エーファは笑みを浮かべて一礼した。
「紹介が遅れて申し訳ございません、オズボーン公爵様。エーファ・ウィルズリーと申します。恐れながら、今回公爵様の治療を行わせていただきました」
明るい茶髪に緑の瞳。
そして、国仕魔法使いであることを証明する黒いローブ。
……ああ、なるほど。思い出した。
「……そうか、君か。英雄アグネスを祖先に持つという平民出身の国仕魔法使いは」
ゲオルクの言葉にフリードリヒはこれまでで一番目を大きく見開いた。
エーファが英雄アグネスの末裔だということは知らなかったらしい。
別に大々的に公表しているわけではないが、隠しているわけでもない。
ちなみに国仕魔法使いを含める王宮で働く者は全員知っている。
エーファはなんだか照れくさくなった。
笑みを深めて頷く。
「左様でございます。……お加減はいかがですか?」
気分が優れないなどありましたら、とエーファは加えた。
「いい気分だ」
まるで心にかかっていたもやがきれいに取り払われたような、すっきりした気分。
エーファは笑みを深める。
「良かったです。念の為、薬は出しておきますね。体調がお悪くなったらお飲みください」
エーファはそう言って寝台の隣に置いてある机に薬が入った小包みを置いた。
「……ありがとう、ウィルズリー国仕魔法使い。この恩は忘れない」
ゲオルクはそう言って微笑む。
改めて礼を言われ、エーファは僅かに目を見開く。
そして、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「お力になれたなら幸いです」
エーファの返事に、オズボーン家一同は再び感謝の意を述べた。
オズボーン家の門にて。
フリードリヒはエーファを見送りに来ていた。
「改めてありがとう。レディウィルズリー。君のことはエーファと呼んでも?」
「ご自由にお呼びください」
フリードリヒは嬉しそうに笑む。
「ではエーファ。もし君がこの先困ることがあれば、オズボーン家が必ず力になると約束しよう」
エーファは驚いた。
「嬉しいですが、そこまでのことはしておりません」
フリードリヒは首を横に振ってきっぱりと言う。
「いいや、君は父の命の恩人だ。それくらいはして当たり前だよ」
エーファはさらに驚いた。
そして嬉しくなる。
……優しいひとたちだ。
ここで断っても失礼だろう。
エーファは花のように美貌をほころばせた。
「では、その時はよろしくお願いします」
今度はフリードリヒが僅かに瞠目する。
何か驚くようなことがあっただろうか。
エーファは小首を傾げた。
「どうかしましたか?」
エーファがそう聞くと、フリードリヒはかぶりを振って笑みを浮かべる。
「いや、何でもない」
エーファはますます首を傾げた。
結局何だったのだろうか。
……まあいいか。
そう思うことにして、エーファは顔に笑みを乗せる。
「またお困りのことがあればいつでも」
フリードリヒは笑みを深めた。
「ありがとう。君もね」
そうしてエーファはオズボーン家一同に見送られながらオズボーン邸を後にした。
その後、オズボーン家から多額の報酬が支払われた。
それから少し経って。
「殿下、これが今月分の報告書です」
エーファは一ヶ月分の仕事の報告書を提出しにクラウスの執務室に来ていた。
最近オズボーン家の件で忙しかったこともあり、クラウスと会うのは結構久しぶりだ。
しかし、クラウスはなぜかむすっとした顔だ。
エーファは首を傾げる。
「殿下?どうかしましたか?」
エーファは、自分が何かをしてしまっただろうかと思った。
だが全く心当たりがない。
クラウスは不機嫌な顔のまま口を開く。
「……オズボーン公爵家からの依頼を受けてきたんだろう?」
「え?はい。そうですが……」
どうして今オズボーン家の話題が出てくるのだろう。
不機嫌であることの原因と関係あるのだろうか。
クラウスはいつもより低い声のまま続けた。
「……ということは、オズボーン公爵の令息とも話したんだろう?」
「え?そうですね……?」
何だ何だ。
本当に何の関係があるのだ。
エーファはさっぱりわからない。
と、クラウスの隣にいた彼の秘書であるレイモンド・セシルが諫める。
「おやめください。王太子ともあろう方が、見苦しいですよ」
「……」
クラウスは押し黙った。
レイモンドはため息をつき、眼鏡の縁をくいっと持ち上げる。
「申し訳ございません、ウィルズリー様。私の主人が未熟なばかりに」
お許しくださいと言うレイモンドに、エーファは首を横に振った。
「いえ、そんな全然。そういう日もあるでしょうし」
全く気づいていない様子のエーファにレイモンドは僅かに目を見張る。
そしてクラウスに言った。
「殿下、これはかなり頑張らないと厳しいですよ」
「……そうだな」
何が?何が厳しいのだろうか。
エーファにはやはり全くわからない。
エーファが賢い頭をうーんとひねっていると、クラウスは咳払いをして、微笑を浮かべた。
「今月もご苦労だった。引き続き励んでくれ」
結局何だったのだろうか。
エーファは気にしないことにして笑いかけた。
「ありがとうございます」
そしてエーファはクラウスの執務室から離れた。
結局クラウスの不機嫌の原因はわからずじまいだった。