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「──お姉様、そんな紛い物の光で、私に勝てると思って?」
銀行の地下広間。
紫の毒々しい霧が渦巻く中、美夜が狂気じみた愉悦を瞳に宿して立ち塞がった。
彼女の背後には、五條家が禁忌の呪術で造り出した異形の影──
「餓鬼」が数体、喉を鳴らして低く唸り声を上げている。
「美夜…っ、こんな恐ろしい、人の道を外れたことをしてまで、何が望みなの…!」
私は震える足を踏み出し、一歩前へ出た。
隣では久遠様が軍刀を抜き放ち、鋭い眼光を向けている。
だが、先ほどの執拗な呪縛の影響だろう、その呼吸は未だに乱れ、肩が微かに上下していた。
「望み? 決まっていますわ。お父様が仰ったのです。『無能の千代に、あんな強大な浄化の力があるのなら、生きたまま連れ戻し、五條の再興を支える動力源にせよ』と」
「貴女は一生、日の当たらない地下でその光を搾り取られ続けるのですわ!」
美夜が扇を激しく振りかざすと、呼応するように影たちが一斉に襲いかかってきた。
「下がっていろ、千代!」
久遠様が鋭い斬撃を繰り出し、影を次々と追い払う。
しかし、斬っても斬っても、影は霧のように霧散しては即座に形を変えて再生する。
ここは実家が用意周到に仕掛けた「呪いの領界」。彼らに有利な条件が揃いすぎている。
「……くっ、キリがないな」
久遠様の額に、焦燥の汗が滲む。
それを見逃さなかった美夜が、隙を突いて懐から一本の黒い針を取り出した。
「まずはその目障りな軍神様から、動けなくして差し上げますわ!」
「危ない!」
思考よりも先に体が動いた。
私は無意識に久遠様の前に飛び出した。
チクリと、肩に冷たい衝撃が走る。
「千代!!」
久遠様の裂帛の叫びが遠く聞こえた。
視界が急激に暗転し、糸が切れたように身体から力が抜けていく。
美夜の放った針には、触れるだけで魂を凍らせるような、強力な昏睡の呪いが込められていた。
「……あはは!捕まえましたわ。さあ、お帰りなさい、お姉様」
意識が薄れゆく朦朧とした中、最後に見たのは
絶望に染まった久遠様の形相と、私を攫おうと四方から伸びてくる、冷たい泥のような影の手だった。
……気がつくと、私は冷たく、湿った場所に横たわっていた。
鼻を突くのは、古い紙の煤けた匂いと埃、そして微かな血の残り香。
(ここは……五條の、蔵……?)
十年間、私を閉じ込めていたあの絶望の場所だ。
手足には、ただの鉄ではない。
異能の光を封じるための重厚な呪いの鎖が繋がれていた。
「目が覚めたか、出来損ないが」
格子の向こうから響いたのは、記憶にあるよりも数倍冷酷な、実の父の声だった。
「お前が久遠伯爵に拾われた時は驚いたが、まさか『浄化』の異能を隠し持っていたとはな。…これからは、その光を我が一族のために一生捧げてもらう。まずは、その伯爵との縁を切る誓約書に血判を押せ」
父が格子の隙間から差し出してきた紙には、久遠様との離縁を承諾する内容が事務的に記されていた。
「……嫌、です」
私は嗄れた声を振り絞った。
以前の私なら、逆らうことなど想像すらできなかっただろう。
でも、今の私には、あの人が教えてくれた「愛」と、温かい名前がある。
「私は、久遠様の妻です。……あの方のもとへ、必ず帰ります」
「黙れ! 鎖に繋がれただけの女に、一体何ができる!」
父は忌々しげに怒鳴り、蔵の重い扉を乱暴に閉めた。
完全な暗闇に取り残された私は、手足に食い込む重い鎖をじっと見つめた。
(……久遠様、信じています。あなたが、私を見つけてくれると。…それまで、私は絶対に、なんとか耐えますから…っ)
蔵の隅で、私は静かに胸の奥の光を灯した。
縛られているのは、この脆弱な肉体だけ。
私の心と、あの人が認めてくれた「浄化の力」までは、誰にも、決して縛らせはしない───。
#独占欲
#溺愛