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「───千代、そこにいるのか!」
蔵の厚い扉の向こうから、地鳴りのような咆哮と、凄まじい衝撃音が響き渡った。
五條の家が「不落」と豪語し、幾重にも張り巡らせていた異能の結界が
内側からみしみしと音を立てて震えている。
「久遠、様……っ!」
私は呪いの鎖に繋がれたまま、枯れ果てた喉から必死に声を振り絞った。
すると、次の瞬間だった。
天地を揺るがすような轟音と共に
十年間も私をこの暗闇に閉じ込めていた鉄の扉が
まるでただの紙屑であるかのように粉々に吹き飛んだ。
凄まじい砂埃の中から現れたのは
誇り高い軍服を血と泥で汚し、鬼のような形相をした久遠様だった。
その鋭い瞳は怒りで深紅に染まり
全身からは制御しきれないほどの禍々しい気が、嵐のように渦巻いている。
「……よくも。俺の女に、こんな真似をしてくれたな」
久遠様の視線が、私の細い手足に食い込む重い鎖に止まった瞬間、室内の温度が急激に下がった。
彼は一歩でその距離を詰めると、抜刀の予備動作すら見せずに軍刀を一閃させた。
特殊な術式が刻まれ、並の異能者では傷一つつけられないはずの鎖が、飴細工のように容易く断ち切られた。
「久遠様、お怪我は……!!私を助けるために、そんな無茶…!」
抱き上げられた彼の腕の震えで、すべてを悟った。
彼は私の居場所を突き止めるため、帝都中の異能者をなぎ倒し
この屋敷に仕掛けられた禁忌の罠をすべて力ずくで突破してきたのだ。
その強靭な体躯のあちこちに、戦いの激しさを物語る傷跡が刻まれている。
「気にするな……千代。二度と離さないと誓ったのに、こんな怖い思いをさせたのは俺の不徳だ」
久遠様は、懺悔するように私の額に熱い唇を押し当てた。
その安らぎも束の間、背後からおぞましい殺気が立ち昇った。
「逃がしませんわよ、お姉様! その男共々、我が家の礎になりなさい!」
蔵の奥から現れたのは、義母と父、そして狂気に目を血走らせた美夜だった。
彼らは一族全員の異能を一つに集束させ
五條家最大の禁忌──「終焉の呪獣」を召喚しようとしていた。
どす黒い霧が巨大な蛇のような形を成し、蔵全体を飲み込もうと鎌首をもたげる。
「……くっ、これほどの呪いか!」
久遠様は私を背後に隠し、再び刀を構えた。
けれど、没落を恐れる実家の人々のどろどろとした執念が籠もった呪いは、彼の必殺の斬撃さえも飲み込んで肥大化していく。
(……このままじゃ、久遠様まで闇に飲み込まれてしまう)
私は、震える彼の背中にそっと掌を添えた。
不思議なことに、先ほどまで震えていた指先が、今は驚くほど温かい。
「久遠様……ここは私に、任せてください」
「千代……?」
私は静かに目を閉じた。
憎しみや悲しみだけで満ちていたこの蔵。
私を「無能」と蔑み続けた家族。
けれど、それらすべてを否定し
憎しみ返すのではなく、ただ「光」で満たしていくイメージを広げる。
(私の光は、誰かを傷つけるためのものじゃない。……大切な人を、守り抜くためのもの)
胸の奥底から、かつてないほど純粋で、圧倒的な白い光が溢れ出した。
それは蔵の隅々までを白昼のように照らし出し
襲いかかろうとしていた呪獣を
温かい春の雨が残雪を溶かすように、静かに、けれど確実に消し去っていった。
「な、何ですって……!? 私たちの、一族の誇る力が……消えていく……!?」
美夜の絶叫が虚しく響く。
呪いの根源を根こそぎ浄化された実家の人々は、異能の反動に耐えきれず、その場に崩れ落ちた。
彼らがこれまで弱者から奪ってきた力も、すべて光の粒子となって霧散していく。
「……終わったな」
久遠様が静かに刀を鞘に収めた。
彼は、光の中に立つ私を、呆然と、そして誰よりも愛おしそうに見つめていた。
「千代。お前は本当に…………俺の、光そのものだ」
降り注ぐ光の粒子の中で、私たちはどちらからともなく強く抱きしめ合った。
五條の屋敷が、呪いの基盤を失ってゆっくりと崩壊していく音を聞きながら、私は確信していた。
もう二度と、あの孤独な暗闇に戻ることはない。
私の帰るべき場所は、世界でただ一人、この人の腕の中だけなのだ。
#独占欲
#溺愛