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「お水、飲みたいな」
玄関を入ってすぐに置いてあったウォーターサーバーから、お水をもらってもいいかな?
洗面の水でも良いけれど。
沙紀は最低限の身なりを整え、部屋の扉を開けた。
「あれ? いい匂い……」
匂いに釣られるように沙紀は廊下を進み、リビングへ向かう。
「おはよう沙紀」
「さ、さ、西園寺CEO!」
「呼び名」
「は、はいっ。おはようございます、彰様」
ラフな黒Tシャツ姿でキッチンに立つイケメンって犯罪でしょう?
しかも前髪が降りているって新鮮すぎる!
手には包丁、まな板の上にはトマトやレタス。
この状況は何?
「朝はサラダだけなんだが、沙紀は? 昨日冬木に準備させるのを忘れていて、……悪い」
「い、いえ」
朝食なんてすっかり忘れて寝ちゃいました!
サラダの盛り付けもおしゃれに見えるのはなぜ?
ドレッシングだけで6種類は多くない?
しかも見たことがないドレッシングだし。
……スパダリでは?
「食材や必要な物を買いに行こう」
サラダを食べ始める彰に沙紀は戸惑った。
大輝から守るためにここに連れてきてくれたのだろうけど、いつまでもここにお世話になるわけにはいかないよね。
早く新しいマンションを探さなきゃ。
あそこはスーパーも本屋も近くて結構気に入っていたのになぁ。
敷金礼金や引越し代も地味につらい。
「……沙紀?」
「あの、しばらく泊めてもらってもいいですか? 新しいマンションが見つかるまで」
沙紀の言葉に彰のフォークが止まる。
「……しばらく?」
「あっ、迷惑ですよね。すみません、えっと」
「ずっとだろ? 恋人なんだから」
何を言っているんだという顔をする彰に沙紀は目を丸くした。
……えっと、これはセレブのジョークかな?
気にするなってこと……?
とりあえずしばらくは居ていいよって解釈でいいのかな?
「えっと、じゃあ、お世話になります?」
変な疑問形でお願いしてしまったが、彰は「あぁ」と答え再び食べ始めた。
「ごちそうさまでした。片づけは私がやりますね」
「沙紀、時間はいいのか? 8時に冬木が来るぞ」
せめて片付けくらいはと思ったのに、無情な時計の針に沙紀は慌てた。
そういえば私、メイクもしていない!
すっぴんで彰様の前に!
服だって安物の部屋着!
自分がとんでもない状態だとようやく気付いた沙紀は真っ赤な顔に。
「そういう可愛い顔は俺だけの前で」
食器を片付けながらしれっととんでもない発言するのは犯罪です!
「あ、あとでやるので、帰ったらやるので、えっと、お皿は置いておいてくださいっ!」
沙紀は大急ぎで部屋に戻り、支度を整える。
普段から恋人のフリをしないと、いざという時に出来ないのかもしれないけれど、心臓に悪いよ。
何、あの発言!
何、あのスパダリ!
何、あのイケメン!
おかしい、絶対におかしい。
どうしてこんなことになったのだろう?
恋人役なんて、もっと美人でそれっぽい人を選べばいいのに。
時間通りに迎えに来てくれた冬木が運転する車で会社へ。
会議や資料作成の業務をしているうちに、あっという間に昼休みの時間になってしまった。
社員食堂で同期の絵里と菜々美と愚痴を言い合いながら食事をする。
「それでさ、うっちーがさ」
菜々美が話しているうっちーとは内海部長。
「りんりんなんてさ」
絵里が話しているりんりんとは林田部長のことだ。
「しーっ! 声が大きい!」
聞く人が聞けばわかってしまいそうな内容に思わず沙紀は人差し指を口元に当てた。
「沙紀~、あんたどうなのよ」
「えぇっ、まだ仕事を覚えるのに必死だよ」
大変だよと沙紀がカボチャの煮物を口に入れながら溜息をつくと、絵里も菜々美も同情の目を向けた。
「……でもさ、御曹司カッコいいよね」
「私は優しそうな秘書さんの方が好きだな。沙紀は?」
「ほえっ? そ、そ、そんなふうに上司を見てないよぉ」
恋人役だなんてとても言えない。
沙紀は気まずい思いをしながら、冷ややっこを手に取った。
「……沙紀」
聞きたくない声にビクッと沙紀の身体が反応する。
「ごめん、仕事が残っていたから急いで戻るね」
沙紀は声の主の方を見ないまま立ち上がり、絵里と菜々美にゴメンポーズをした。
#御曹司