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突撃の前に、レナードを皆から離れた場所へ連れ出した。トラビスが僕の名を口にしたことについて説明しなければならない。
誰にも会話が聞かれない場所に着くと、僕はレナードへと振り返った。レナードの遠く向こう側で、トラビスが厳しい表情をしてこちらを見ている。僕のことが心配なのだろう。ラズールに負けず劣らずの心配性だなと可笑しくなる。
「王…?どうかされましたか?話とは…」
急に笑いを漏らした僕に、レナードが不思議そうに首を傾げる。
僕は小さく咳払いをすると、声を抑えて話し出した。
「レナード、今から話すことは内密にしてほしい。このことを知る人物は数人しかいないから」
「はい」
「先ほどトラビスが僕をフィルと呼んだだろう?僕の名はフィルだ。フェリではない」
「え、それはどういう…」
レナードが困惑した声を出す。
生まれた直後から姉上の代わりをしていたのだから慣れてるはずの僕だけど、リアムと出会ってフィルとして愛される喜びを知ったことで、王となってからは姉上になりきることができていなかった。こんな中途半端な身代わりでは、僕と接する者達の中には不審に思う者が出てくると心配していた。だけど洞察力が優れているレナードでさえも気づいてなかったのかと、少し安堵した。
「僕はフェリの双子の弟、フィルなんだ」
「…それはまことですか?」
「真実だ」
驚きの声を上げずに冷静に頭の中で処理をしようとしている。やはりレナードは優秀な騎士だ。
少しの沈黙の後に、レナードが低く聞く。
「詳しく…聞いてもよろしいですか?」
「いいよ。なにを聞きたい?」
「俺は子供の頃から城に通っています。幼い頃の王を時々見かけましたが、一人だけです。それはなぜ?」
「…僕はね、生まれてすぐに消される運命だった。双子でしかも男はこの国では不吉だと思われてるからね。でもフェリ…姉上は生まれてすぐから身体が弱かった。だから姉上が元気になるまで、僕が姉上の身代わりになって表に立つことに決まったんだよ」
「では…俺がたびたび見かけた幼い王女は、あなただったのですか?」
「そう。ドレスを着て私と言わなければならなかった。…本当はね、シャツにズボンの身軽な姿で、城に通う貴族の子供達と走り回って遊びたかったんだ。まあ無理な話だけど。僕が男として育つ道はなかったんだから」
「王…」
「ラズールは僕が生まれた瞬間から傍にいてくれる。だからラズールはこのことを最初から知ってる。僕にとって唯一の家族みたいな存在だし。トラビスは…いつ知ったんだろう?僕が城を出された頃かな?」
「待ってください」とレナードが身を乗り出す。
僕は「なに?」と上に上げていた目線を落とした。
「城を出されたとはどういうことですか?」
「ああ、数年前から徐々に姉上の病が治ってきて、母上が亡くなるひと月ほど前には、姉上が元気になったから僕は用無しになったんだよ。それで城を出されて森の中で殺されそうになったところを、ある人に助けてもらった」
「は?殺されそうとは?まさか前王の命で?」
「そう。僕は呪われた子だから。でも僕は生き延びた。そして母上死去の報せを聞いて戻ってきた。姉上を助けるために」
「待ってください。話の内容が衝撃すぎて頭の中が整理できない…」
レナードが僕に手のひらを見せ、もう片方の手で口を押さえてブツブツと言う。
「待てない、時間がない。結論を言うと姉上は病が再発して死んだ。助けようとした僕の目の前で。この国は女が王でなければならない。でも王女は死んだ。ならば王族の血を引き王女とそっくりの僕が、王女のふりをして王になるしかないと決まった。ずいぶんと昔に、男が女のふりをして女王となった例があるらしいよ。これでわかった?僕の名はフィルだけど今はフェリという名の王だ。国が混乱するから誰にも話してはダメだよ。まあレナードはそんなことしないとわかってるけど」
「…かしこまりました。この戦いが落ち着き城に戻りましたら、もっと詳しく聞かせてください。あなたにとって、あまりにも無茶な話だ…!」
「レナードは人柄も優しいね。おまえなんか偽物だ、王じゃないって怒ってもいいのに」
「怒りません。腹など立っておりません。あなたが女だろうが男だろうが、俺はついて行きます。あなたは王たりえる人物ですよ」
「…そう思ってくれるんだ、ありがとう」
ホッと息を吐いて顔を上げると、レナードの背後からトラビスが大股で歩いてくる姿が見えた。
「トラビスが痺れを切らしたみたい」
「えっ?」
レナードが慌てて振り向く。そしてトラビスの姿を認めると、急いで走り寄る。二人が短い会話を交わした後に、レナードが兵団に向かって走っていった。
代わりにトラビスが歩いてきて僕の前で止まる。少し拗ねているように見える。
僕は背の高いトラビスを見上げて謝った。
「ごめん…長かった?」
「長いです。二人でどんな話を?」
「どんなって…僕がフェリの弟で今は姉上の代わりをしているという話を…」
「最後、レナードがあなたに向かって手を伸ばしかけてましたが?あれはどういう?」
「え、そうだった?」
首を傾げる僕に向かって、トラビスが大きく息を吐き出した。
僕はトラビスの横をすり抜けながら睨む。
トラビスが素早く僕の隣に並んで歩きながら「なんです?」と聞いてきた。
「ラズールもだけど、おまえもうるさい」
「俺が?ラズールと一緒にしないでください」
「僕が誰とどんな話をしようと勝手だろ。ちゃんと考えて話してるから余計なことを言ったりしない」
「わかってます。これは俺の気持ちの問題です…すいません」
「…やっぱりおまえとラズールは似てる。前にラズールもそんなことを言ってたよ」
「まあ…そうですね。俺とラズールは同じ気持ちですから。不本意ですが」
「おまえがなにを言ってるのかわからない。もういい、気持ちを切り替えろ。作戦通りにいくぞ」
「はい。ただ無茶はしないでくださいよ」
「…状況による」
「フィル様!」
僕はトラビスの脇腹を殴った。痛くも痒くもない程度の力だ。こいつはうるさい。僕のことを心配しての発言だとわかってるけどうるさい。昔は僕のことを煙たがっていたのに、今はどうしてこうも絡んでくるのか。
「今より私語は慎め。出陣だ」
「はっ!」
僕の言葉にトラビスの雰囲気が変わる。周りの空気までもが変わる。さすが若くして将軍にまでなっただけはある。
兵団に合流してそれぞれの配置につく。
前列の中央の位置で馬に乗ったレナードが号令をかけた。