私もとうとう30になってしまいました――
王都の使者を追い払ったので国王陛下が強引な手に出ないか心配しておりました。ですが、それはまったくの杞憂だったようです。
今のところ特に変わった事もなくリアフローデンは平穏を保っています。
きっと王都の方では私にかかずらわっている余裕はなかったのでしょう。
私もいい歳になりました。今後は私を王妃に据えようなどと馬鹿げた事は考えたりしないでしょう。
「たぁ!」
カン!
カカンッ!
「打ち込む時の踏み込みが甘い!」
私が1人で日課の祈祷を終えて礼拝堂から出ると、教会の中庭では木刀を持った男の子達がユーヤに斬り込んでいました。もっとも全て軽々とあしらわれていましたが。
当初、町の人達は彼にあまり近づこうとはしませんでした。
何故かと聞けば、どうにもユーヤは取っ付き難く、雰囲気がとても恐いからだそうです。
ユーヤは口数が少なくあまり笑わないせいなのでしょうか?
それとも彼の人の領域を遥かに超えた力のせいでしょうか?
とにかく彼は人を寄せ付けないところがあるみたいなのです。
確かに寡黙で表情があまり豊かではありません。ですが私としては聖務に付き合ってくれますし、不器用ではありますが優しさに溢れた素敵な方だと思います。
実際にユーヤは面倒見もよく、孤児院の子供達、特に男の子達が彼に懐いています。
「くっそぉぉぉ!」
「今度こそ!」
今も孤児院の男の子達の相手をしてくれています。
どうやら男の子というのは強さに憧れるもので、町の人はユーヤの圧倒的な力に恐れてしまいましたが、孤児院の男の子達は逆にユーヤに魅かれてしまったようです。
だからこうして暇さえあればユーヤに纏わりついて鍛えてもらっているようです。ユーヤの方もそんな彼らを邪険にせず付き合ってくれています。
カンッ!
カンッ!
「げっ!」
「同時に弾かれた!?」
「剣を腕だけで振るな!」
まあ、当然ですが全く相手になってはいないのですけれども。ふと視線を落とせば、教会の入り口の石段に腰掛け、頬杖をついてシエラが彼らを眺めていました。
「ここにいたのね」
「シスター……」
声を掛けるとシエラは膝を抱えて顔を埋めてしまいました。
「ごめんなさい……またさぼってしまって」
昔は私に纏わりついて聖女の修練に勤しんでいましたが、ここ最近はあまり修練に顔を出さなくなってしまいました。
聖女に対する興味を失ってしまったのでしょうか?
「別に怒っているのではないのよ」
少し寂しい気持ちはありますが、シエラの人生はシエラ自身のもの。もしかしたら エリーが私に『悪役令嬢』という役をあてがったように、私もシエラに聖女をどこかで無理強いしてしまっていたのかもしれません。
「他にやりたい事ができたならそれでいいの」
シエラの横に腰掛けて私は彼女の肩を抱き寄せると、シエラは抵抗することなく私に身を預けてきました。
「シスター……」
肩に感じるこの彼女の重さが幸せの重さ……
「私はシエラを愛しているわ」
「うん……私もシスターが大好き」
「ふふふ、ありがとう」
私は甘えてくれるシエラに嬉しくなって、彼女の薄桃色の髪を優しく撫でました。
「だからシエラに幸せになって欲しいの」
彼女の体温と私の体温が混ざりあい、心の奥から喜びが湧き上がってきます。こんな穏やかで心地の良い時間をここ暫くシエラと過ごしていなかったように思います。
「シエラがどの道を選んでも私は貴女の味方よ……ずっと傍にいるから」
「うん……」
シエラは私の胸に縋り付くように抱き着いてきました。
「私もシスターには幸せになって欲しいの」
「ありがとう……でもね――」
胸に抱くシエラの存在が私に教えてくれたのです。
「――私はもうとっくに幸せなのよ」
この辺境へと追放された私は失意と絶望に囚われていました。
ですが、この辺境の地でシスター・ジェルマを始め、多くの人達との出会いが私に生きる力を与えてくれました。
そして何よりシエラと出会えました。
私をジッと見詰めるこの子への愛情が私の胸に喜びと希望と……そして幸福を与えてくれるのです。
リアフローデンは王都のような華やかさとは無縁です。
ここはとても素朴で質素な何も無い辺境なのですから。
孤児院は王都の屋敷のように煌びやかではありません。
ここはとても粗末で小さく古ぼけた建物なのですから。
辺境の暮らしには社交界のような贅沢は許されません。
ここは日々の暮らしにも事欠く厳しい地なのですから。
ですが、人々はいつも飾らない笑顔を湛え、心を満たす喜びで溢れかえる、そんな幸せがいっぱいあるのです……
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