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【鬼殺隊本部・夜】
“凩 侃 鬼化進行中”
その一文が、本部の緊急報告に記された。
静寂の中、柱たちは集まっていた。
長い長い沈黙ののち、口を開いたのは――不死川実弥。
「……このままじゃ、あいつは鬼になる。
だったら、“今のうちに”斬るしかねぇだろうが」
「待て、不死川」
義勇が言う。
「侃はまだ自我を保っている。
完全な鬼になったわけじゃない」
「だが、その“自我”とやらがいつまでもつかわからねぇ。
お前らの“情”で判断を誤れば、死人が出る。甘さが命取りになる」
「……ッ」
しのぶが、声をつまらせる。
「医術的には、鬼化の進行速度は遅い。
だが、“意思”と“記憶”が乱れる兆候は、すでに出始めてる」
煉獄が拳を握る。
「俺は……信じたい。
彼の“凛”――あの目を、信じたいんだ」
張りつめた空気の中、誰かが戸を叩いた。
「――失礼。柱じゃない奴が、来ちまった」
現れたのは、猗窩座だった。
「お前……! 何のつもりで現れた!?」
実弥が刀に手をかける。
だが猗窩座は、一歩も動かず、ただ言った。
「……俺が責任を取る」
「は?」
「侃が鬼になりかけたのは、俺のせいだ。
だったら――俺が、最後まで面倒を見る」
「お前が? 鬼が? 何を――」
「“俺を殺してでも、侃を止めてくれ”」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
「……彼自身が、そう言ったのか?」
「いや。……だが、きっと言う」
猗窩座の声は、嘘のない本音だった。
⸻
【侃の病床】
意識はある。だが、身体は重い。
窓の外、風鈴が鳴っている。
昔の夏を思い出す音――子供だった頃の記憶が、断片的に浮かぶ。
(あの人が、俺を助けた夜)
(あの人が、笑ってくれた)
(俺が、強くなりたかった理由)
(……全部、嘘にしたくない)
ふと、扉が開く。
「……よう」
「猗……窩座……」
彼は静かに近づいて、侃の傍に座る。
「お前、今にも鬼になりそうだな。血の匂いが濃ぇ」
「……でも、まだ、人間だ」
「そうだな。まだ、間に合うかもしれねぇ」
侃は、息をゆっくりと吐く。
「もし、俺が……完全に鬼になったら――」
「俺が殺す。だから、安心しろ」
侃は小さく、笑った。
「……相変わらずだな、お前。優しいくせに、物騒で、勝手で」
「そういうお前もな。
泣き虫で、すぐ震えてたくせに、今じゃ“柱”だ」
「……会いたかったよ。ずっと、あの時から」
猗窩座の目がわずかに揺れた。
「俺もだ。ずっと、後悔してた。
お前が俺を追って、苦しんで、それでもここまで来て――
それでも、俺は……また“お前のために”立ちたいって思った」
「……ありがとう」
その言葉に、猗窩座はふと目を閉じた。
「……もう、“連れていく”なんて言わねぇよ。
だって、お前の居場所は、ちゃんとここにあるんだろ?」
「……ああ」
「でもな、最後にひとつだけ、お願いしてぇ」
「なんだよ」
「もし、お前が自分を見失ったとき。
誰も斬れなくなって、何も守れなくなったとき――
俺が、お前を“守る”ことを、許してくれ」
「……いいよ」
「……ありがとう、侃」
⸻
【夜明け・猗窩座の去り際】
柱たちの前で、猗窩座はこう言い残す。
「このまま鬼にならず、生き延びるならそれでいい。
だがもし、彼が“自我”を失ったら――
俺がケリをつける。お前らじゃなくて、俺がな」
そう言って、猗窩座は闇の中へと消えていった。
⸻
【そして――時は動き出す】
鬼舞辻無惨は、怒っていた。
「猗窩座は失敗した。もう、“用済み”だ」
新たな刺客――上弦の壱・黒死牟が、静かに動き出す。
侃の鬼化進行率:38%
誰も、彼の運命を止められない。
だが、彼自身はまだ叫んでいる。
「俺は、人間だ」