「割とこう見えて浪費はしてないんだぜ? 高級品も気になったらすぐ買うタイプじゃないし、ちゃんと吟味する。……でも好きな女になら、どんな物だって買ってやりたい。……うちの猫は、なかなか散財させてくれないけどな?」
そう言って尊さんは私の顎の下をコチョコチョとくすぐってくる。
「涼は今、すげぇ嬉しいと思うよ。今まで付き合った女性はいたものの、〝惚れた女〟ではなかった。流れ上付き合ってみて、『やっぱりいつもの感じか』って別れて、最後には諦めていた。……でも恵ちゃんと出会って『自分の理想が現れた』って思ったんじゃないかな」
「涼さんの理想のタイプって、恵みたいな感じなんですか?」
「んー、今まで『こういうタイプが好き』って話はしなかったけど、〝好きになった人が理想〟ってやつだろ」
「ひゅ~! 涼さんヒュ~!」
嬉しくなった私は、拍手をしてこの場にいない涼さんをはやし立てる。
「だから逃がさないようにロックオン、全方向、全力で囲い込みに入ってるんだよ。中村さんが本気で嫌がったら引くかもしれないけど、好意を示しているなら遠慮しないと思う。あいつも、やっと運命の相手が見つかったと思ってるだろうし」
私はクッションを抱き締め、溜め息をつくと、尊さんの肩に頭を押しつける。
「……うまくいったらいいですね。私も恵の初恋、応援したいです」
「中村さんの扱いを一番分かってるのは朱里だろうから、へたに茶化さず真剣に話を聞いて、無理のない方向で応援してあげたらいいと思う」
「ですね」
そのあとは連休明けの予定を話しつつ、ゆっくり過ごした。
**
その後、朱里は春日さんたちに連絡して、五月末の週末に女子会をする予定になったと教えてくれた。
私はいつも通り商品開発部で働きつつ、迫り来る週末を意識して胸を高鳴らせていた。
涼さんは【鬱陶しくなかったら、朝晩の挨拶をしてもいい?】と尋ねてきて、承諾したら【おはよう】と【おやすみ】のメッセージを送ってくるようになった。
そういうタイプじゃないだろうに、食べた物の写真も送ってくれ、出張で向かった福岡の写真も見せてくれた。
週末にお邪魔した時は、福岡のお土産をくれるらしい。
気が重たい連休明けの仕事も、彼とメッセージをしていると乗り切れる気がする。
が、火曜日に出社して通常業務をしていると、綾子さんが不審な事を伝えてきた。
「総務部のブスがいきり立ってるみたいで……」
昼休みを終えてフロアに戻ると、綾子さんに手招きされ、開口一番そう言われた。
溜め息混じりに言った彼女の話を要約すると、どうやら朱里が副社長秘書になった事を僻んでいる総務部の女性社員が、朱里の悪い噂を流しているそうだ。
「同じ総務部の西川さんっていう子が、『篠宮副社長と上村さんに〝気をつけてほしい〟と伝えてください』って言ってきたの」
「あぁ……」
その話は以前に朱里本人からチラッと聞いていた。
辞令の話が出たあとにトイレで総務部の女に絡まれて、言い返したら『ブス』と言われたとかで、『小学生か』と二人で言っていた。
同時に、その時に朱里に声を掛けた西川紗綾さんという年下の子は、どうやら二人の仲を応援しているようで安心したけれど……。
「上村さんに嫉妬してるらしい、総務部の|橘《たちばな》|柚良《ゆら》って私の同期なのよ。同じ部署の|南郷《なんごう》|亜美《あみ》っていう一つ下の子と意気投合したのはいいけど、いいつるみ方をしてないみたいね」
「知り合いですか?」
なら話をつけてもらう事は可能かと思ったけれど、綾子さんは外国人みたいに両手を上げて首を竦める。
「私、もともと総務部にいたの。そのあと異動でここに来たわけだけど、橘さんも本当は商品開発部を希望していたわけ」
「あー……」
それだけで私はすべてを察した。
綾子さんはちょっと難ありな所もあるけれど、基本的にできる女だ。
だからハイスペ彼氏を捕まえる事ができているんだろうし。
その橘さんって人がいまだに総務部から動いていないのは、何かしらの理由があっての事だろうけど、彼女が綾子さんに嫉妬しているのは想像に余りある。
「まぁ、中村さんが想像している通り、めちゃくちゃ嫉妬されて嫌われているわね。そもそも彼女、商品開発部に来たくても来られないから、この部署そのものを嫌っていると言ってもいいのかも」
「……坊主憎けりゃ袈裟まで憎いですか……」
「もしも辞令があったら、コロッと態度を変えるのは目に見えているけどね。まぁ……、でもそんな事は起こらないと思うけど」
「なんかあるんですか?」
ヒソッと小声で尋ねると、綾子さんは溜め息をついて言った。
「私が総務部にいた時代、彼女は総務部のお局と一緒に新人いびりをしてね。まぁ、バレたあと酷く怒られたんだけど、そのお局と一緒に総務部の部長がしっかり睨みを利かせている感じ。あそこの部長、責任感の強い人だから、自分の監督不行き届きと思ったんでしょうね。でもあんなのでも大切な部下だから、クビギリギリだったところを庇って、なんとか総務部に置いてるのよ」
「わあ……、クビになれば良かったのに」
ボソッと毒を吐くと、綾子さんは首を竦めた。
「『もうしません』って泣き落とししたから、一応信じてもらえてるみたいだけど、上村さんみたいなラッキーガールを見て、堪っていた鬱憤が爆発したんでしょうね。ああいう手合いって自分よりうまくいってそうな人を見つけると、ここぞとばかりに叩くから。それに上村さんは彼女より年下でしょう? だから余計に我慢できなかったんでしょうね」
綾子さんの言葉には重みがある。
総務部にいた頃、よっぽど橘に嫌な目に遭わされたんだろう。
「綾子さんって意地悪役に見えるけど、苦労人だったんですね」
そう言うと、彼女はクシャッと笑った。
「中村さんの、忖度しないところ好きよ」
「綾子さんは努力美人ですし、気が利きます。野心もあるし成功するためなら手段を問わないタイプに見えるけど、割と話せば分かるタイプだとこないだ知りました。ちょっと前までは少し苦手だったんですが、今はいい先輩だと思ってますよ」
「ありがと」
彼女はニコッと笑ったあと、腕組みをして窓辺に寄りかかる。
「正直、時沢課長タイプなら上手くおだてて動かせると思ってるわ。篠宮副社長みたいな人はレベルが高すぎて無理だったけれどね。ちなみに成田部長は、いい子で過ごしていたら相応に評価してくれると思ってる。認められたいタイプだから、少しのおだても必要だけどね」
綾子さんなりの分析を聞き、私は「一生平社員でいいや……」と思ったのだった。
朱里みたいに事情ありきで好きな人と働く必要のない私は、ノラリクラリと働いて、順当に給料アップできればそれでいい。
「とりあえず、朱里と副社長に気をつけるよう言っておきます。副社長はできる人だから、各方面に悪影響なく、先に手を打って押さえ込んでくれると思ってます」
「そうね。それでこそ私の副社長」
綾子さんが「キャッ」と華やいだので、私は目を剥いてドン引きする。
「まさか、まだ狙ってるんですか?」
コメント
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アカリン、やはり妬まれて嫌がらせされてるみたいだけど....😱 嫌がらせをしてる皆さ~ん、 そんなことをして 副社長に睨まれたら 只では済みませんよ😎👊 無欲で出世に興味がなく ノンビリ平社員のつもりでいる恵ちゃんも....😅 あの涼サマの恋人なのを周囲に知られると色々と面倒かもね~💦