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灰が降る中、空は重く沈み
かつて風の吹いていた森も
今はただ、息を潜めていた。
そこに立つ女の姿は──
もはや〝神〟ではなかった。
燃えるような金の髪は血に濡れ
背に広がる炎の翼は、もはや崇高ではなく
ただただ、焼き尽くすためだけの
〝罰〟の具現に成り果てていた。
「無理だ⋯⋯っ!
もう⋯⋯もう、殺したくない⋯⋯っ!!」
アリアの叫びは
哀願という名の咆哮となって空に消えた。
それでも、人々は聞き入れなかった。
教会は、聞こうとしなかった。
その涙の意味も、声の震えも、苦しみも。
そして、女皇帝の前に
再び罪なき者たちが引き出された。
刃で裂かれ
槌で砕かれ
鉄に焼かれた同胞の姿が
目の前で、次々と倒れていく。
殺したくない、と叫べば。
跪けば。
泣き崩れれば。
そのたびに、傷付けられる。
そのたびに──
焼かなければならなかった。
「お願い、もう⋯⋯やめて、くれ⋯⋯っ」
その声に応える者はいなかった。
人間の手は冷たく、教会の咎は鋭く
そして不死鳥の炎は
ただ命令を受けるままに広がった。
いつしか
アリアの深紅の瞳は色を失い
表情は消え
炎すらも〝心〟からは離れていった。
逃げ惑う者の顔も見えず
泣き叫ぶ声も届かず
憎しみに燃える視線も──
もはや届かなかった。
炎は命令で放たれたのではない。
ただ、習慣となった手の動きで放たれていた
まるで〝壊れた機械〟のように。
見つけては、殺す。
見つけては、焼き尽くす。
──その時だった。
風が、微かに動いた。
「⋯⋯アリア様⋯⋯」
その声は、優しくも静かで
まるで彼女の心を
思い出させようとするかのようだった。
声の主は、カイエン。
重力の一族の長として
この地の命脈を守り続けてきた
かつての少年。
いまやその背は大地のように逞しく
眼差しは
青年としての決意に満ちていた。
「アリア様⋯⋯貴女は、悪くありません。
私は、解っています。
悪いのは人間です⋯⋯
私の一族を護ってくださったが故に
光の一族が捕らわれてしまった」
その声は震えていた。
だが、その言葉には
一切の怒りも責めもなかった。
「不甲斐なさに、己の弱さに⋯⋯
償うこともできません⋯⋯
けれど、子供の頃⋯⋯アリア様は仰った」
〝力だけが強さではない〟──と。
「だから⋯⋯私は
貴女の罪を受け入れることを、強さに。
そして⋯⋯皆への贖罪といたしましょう」
彼の瞳が、アリアを見つめた。
真っ直ぐに、何一つ濁りのない光で。
「アリア様⋯⋯
私は、幼少期から貴女様を
心より、お慕いしておりました⋯⋯っ!」
その瞬間。
不死鳥が、再び姿を現した。
焔の波が空を裂き
炎の咆哮が空間を焼き払う。
炎の鳥は、高らかに叫び
その嘴が一直線に、カイエンの胸を貫いた。
「⋯⋯っ──!」
アリアが
何かを叫ぼうとした時にはもう遅かった。
カイエンの身体は
天に打ち上げられたように宙を舞い
不死鳥の翼がその全身を包み込んだ。
焔が、舞い上がる。
だが、それは一瞬で塵とならなかった。
不死鳥は、ゆっくりと
じわじわと彼を焼いたのだ。
肉を、骨を、髄を──
生きたままに、焼ききるように。
生きながら焼かれるという
その激痛の中にあって
カイエンは叫びすらしなかった。
その表情は、むしろ穏やかだった。
炎に包まれながら、ただ微笑んでいた。
まるで──
この苦痛が、彼の愛の証であるかのように
血が噴き、髪が焦げ、肌が裂けてもなお
彼の眼差しだけは
アリアから逸れることはなかった。
炎が肉を灼く音が
空気を切り裂いた。
血が爆ぜ、骨が砕け、肉が黒く縮んでいく。
それでも、彼の唇には──
最後まで笑みが残っていた。
「⋯⋯アリア⋯⋯さ、ま⋯⋯」
その声が、届いたかどうかもわからない。
不死鳥の翼が
最後の一振りで彼を包み──
その身体は完全に紅蓮に溶け、空に還った
ただそこには──
彼の焼け焦げた骨の一部だけが
アリアの足元に転がっていた。
そして
アリアはその場に膝を落とし崩れる。
風は止まり
涙すら──流れなかった。