テラーノベル
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登場人物
僕(語り手): この街の観察者。達観しており、少し冷めた声質。
少女: 好奇心旺盛で無邪気。街の外の世界を知らないような響き。
伊藤ライ(モノローグ): かつて街を変えようとし、すべてを失った青年。
【導入:治外法権の街】
僕(M): 僕は最近、この街に引っ越してきた。
「住みやすいのか?」と聞かれると、どうにも答えに困る街だ。
人は多いし、店も賑わっている。けれど、それはただ「人が集まっているだけ」の、どこか空虚な活気にも思える。
(間)
僕(M): そしてこの街には、奇妙な特徴がある。
ここは法律の外にある、いわゆる治外法権の街。理由は不明だが、とにかく「法」が存在しないんだ。
僕(M): だから、道路交通法もない。
代わりにあるのは――「道路交通お気持ち」だった。
【展開:お気持ちの支配】
僕(M): 最初は笑ってしまった。だが、暮らしていくうちにその意味がわかってくる。
つまり、標識に書かれているのは「住民の願望」だということだ。
(足音、看板を立てる音)
僕(M): たとえば、家の前で子どもが遊ぶ家庭は、こんな看板を立てる。
『ここは時速30キロでお願いします』。
――お願い。つまり、お気持ちだ。
僕(M): 速度は場所によって10キロだったり、50キロだったり、本当にバラバラだ。
さらに近年は、看板を守らなかった車へ「独自の罰」を与える人も増えてきた。
(監視カメラの作動音、鈍い破壊音)
僕(M): 監視カメラを置き、速度超過を見つけたらタイヤを壊したり、車を傷つけたりする。
法がない以上、それが妥当なのかどうかも、誰にも判断できない。
むしろ「うちの前は3キロだからね」という場所すらある。守るほうが難しいくらいだ。
僕(M): 普通ならとっくに崩壊している街のはずだが、それでも人が集まる。
外の世界では「罰」がある。だからこそ、この街の極端な自由に惹かれてくる人が後を絶たないのだ。
【転換:伊藤ライの登場】
僕(M): しかし、状況が変わり始めた。
SNSの普及で「この街は自由で楽しい」という噂だけが広まり、肝心の「法がない」という本質が伝わらなくなった。
外の世界で育った「普通の感覚」を持った移住者が、急に増えていったんだ。
彼らは、この街のルールのなさを知らないまま住み始める。
(風の音)
僕(M): その頃、街の流れを変える人物が現れた。
途中移住者の青年――「伊藤ライ」と呼ばれている。
僕(M): ライがこの街へ来た目的は二つ。
ひとつは、法のない自由を使って金を稼ぐこと。彼は密造酒を売ったりしていた。
もうひとつは、恋人と駆け落ちして結婚すること。
僕(M): 恋人の志乃(しの)は貴族の家系の娘で、結婚など許されるはずがなかった。
だから二人は、誰にも縛られないこの街へ逃げてきたんだ。
【葛藤:秩序への渇望】
僕(M): しかし、ライはこの街で暮らすうちに不安を抱くようになる。
自由は魅力だが、守ってくれるものが何もない。
ここで志乃と生きていく未来が、彼には想像できなくなった。
(紙を配る音、喧騒)
僕(M): そこでライは住民に呼びかけ始めた。
チラシを配り、マイクを持ち、街を「多少は正すべきだ」と主張した。
本来なら、誰にも相手にされなかったはずだ。
だが今の街には、法律を知っている移住者が多い。
彼らはライの意見に賛同し、その声は次第に街へ広まっていく。
僕(M): やがて……「お気持ち」は「法」に変わった。
【結末:平穏という名の消失】
(静寂)
少女: それで? その街はどうなったの?
僕: ……結果として、ライは一人きりになった。
少女: どうして? 街は正しくなったんでしょ?
僕: 彼自身も含め、自由だからこそ輝けていた人たちは、法によって光を失ったんだ。
無茶で過激で、外の世界では生きられなかった人たちが、この街では輝けた。
だがその環境を、ライは自分の手で壊してしまった。
僕: 街には平穏が訪れたよ。
しかしそれは、ライが生まれた外の街と同じ――「窮屈な平穏」だった。
僕: 職も失い、志乃も失い、彼はただ一人残った。
自分は、この街で何ができていたのかを知らなかったんだよ。
少女: ……ふーん。なんだか、つまんないね。
僕: あいまいなままのほうがいい世界もある。
白黒をつければ、何も起きなくなる世界もあるんだ。
それが良いのか悪いのかは、僕にはわからないけれど。
(リュックを背負い直す音)
僕: 僕はさらに地下へ行くよ。まだ、自由が残っている場所だ。
(僕の足音が遠ざかる)
【エピローグ:伊藤ライの手記】
伊藤ライ(V): 間違ったことをしたとは思っていない。
でも、僕は僕自身を追い詰めてしまった。
伊藤ライ(V): 混沌を少し正したかった。それが僕の望みだった。
だけど……自由も、志乃も、仕事も失った。
伊藤ライ(V): 法で守られた平和は、確かに大切だ。
でも、それを受け入れられないなら、もうひとつの道があったのだと、今になって気づく。
(溜息)
伊藤ライ(V): 「黙って、この街を去ればよかった」
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