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それほど遠くない昔のお話しです。
とある異世界の大陸に君臨する大きな帝国がありました。その帝国の領土は広大で、昔から麦、野菜、果物、様々な家畜が豊富でした。
さらに先代の皇帝様の時代に、優秀な魔法使いたちがこれもまた様々な錬金術工房を開き、鋼鉄で出来た巨大な鳥、象、馬が要らない馬車など便利な物をたくさん作りました。
そのおかげでその帝国は、皇族や貴族はもちろんの事、平民の商人もたいへんお金持ちになり、商人や錬金術工房の下働きとして雇われた庶民も、みなそれぞれに豊かになりました。
周りの中ぐらいの大きさの王国は、そろっていろんな物を帝国に売って、その儲けでそれなりに豊かになりました。中には、帝国の錬金術工房の仕事を見よう見まねで覚えて、同じ鋼鉄で出来た馬が要らない馬車を……それを「馬車」と言っていいのかどうかは分かりませんが……自分たちで作って帝国の商人に大量に売る小国まで出て来ました。
さて、畑仕事も錬金術工房の下働きも、それをする庶民にとってはなかなかのきつい仕事です。すっかり豊かになった帝国の平民の若者たちは、もっと体が楽で見た目もいい、建物の中でする仕事を好むようになりました。
例えば、商人ギルドの計算係、皇帝政府の記録係、市場のお金の番人など、椅子に座ったまま出来る仕事です。多くの若者が畑を耕したり、家畜を飼ったり、力仕事をやらなくなったため、段々帝国の中で作られる物が減っていきました。
とはいえ、先代の皇帝様の時代には、だからと言って特に困る事はありませんでした。大抵の物は周りの王国が作って帝国の市場まで売りに来ていたからです。周りの王国で作られた物は質はむしろ良く、その割に値段も安かったので、帝国の商人も庶民もそれを買っていればよかったのです。
その帝国はまた、とても大きくて強力な軍隊を持っていましたので、周りの王国に魔族や怪物が攻め込んで来た時は、帝国の軍隊が加勢に行って助けてやっていました。
そのおかげもあって、帝国の周りの王国はどこもどんどん豊かになっていきました。
やがて年月が経ち、先代の皇帝様は寿命が尽きてお亡くなりになってしまいました。大勢いた若い皇族の中から新しい皇帝陛下が選ばれて即位なさいました。新しい皇帝様の名は「タリフ2世」とおっしゃいました。
新しい皇帝様はすぐに帝国の宝物殿を調べさせました。すると驚く事が分かりました。先代の皇帝様が即位なさった時には巨大な宝物殿に入りきれない程あった金貨が、もうほんの少ししか残っていなかったのです。
皇帝タリフ2世様は臣下の大臣たちを集めてこうおっしゃいました。
「周りの諸王国からの品物全てに関税をかける。その税率は50%である。帝国内の商人たちに支払いを命じる」
まず臣下が、次に帝国の商人たちが真っ青になりました。関税にもいろいろな種類があるのですが、皇帝タリフ2世様が言う関税は、よその国から帝国の領土内に持ち込まれる品物に対して課す、現代でいう「輸入関税」でした。
なぜ商人たちが慌てたかというと、その関税をかけられると、周りの王国から買う品物の値段が、市場で売る時に上がってしまうからです。
たとえば、周りの王国から銀貨40枚で買っている荷車1台分の麦を市場で銀貨50枚で売っていました。商人の儲けは銀貨10枚です。ところが関税がかかると、帝国の商人たちは同じ量の麦を他の国から買う場合、銀貨20枚を関税として皇帝政府に支払わなければなりません。
元の買値と合わせると銀貨60枚が商人たちの負担になります。当然市場では銀貨50枚では売れません。今までと同じ様に商人たちが銀貨10枚を稼ごうとすれば、銀貨70枚で売らないといけません。
これは麦に限らず、周りの王国から買っているありとあらゆる品物についても同じです。帝国のあちこちにある市場では、あらゆる品物の値段が4割上がってしまいました。
急に全ての品物の値段がそんなに上がったのですから、帝国の庶民の生活はたちまち苦しくなりました。庶民が食べていくのに最低限必要な物だけしか買わなくなったので、市場の商人たちも売り上げがどんどん減っていきました。
帝国の貴族様たちも困ってしまいました。その帝国の市場の土地は全てどこかの貴族様の領地で、貴族様たちは場所を使わせてやるのと引き換えに市場の商人たちから売り上げの1割を受け取っていました。
その商人たちの市場での売り上げがどんどん減っていくのですから、貴族様たちの場所貸しの収入も減ります。貴族様たちも段々お金がなくなっていきました。
さすがに困り果てた商人ギルドの代表と貴族様たちは、皇帝政府の一番偉い大臣に会いに行き、関税をやめるか、せめて10%ぐらいまで下げてくれるよう、皇帝に頼んで欲しいとお願いしました。
大臣様も貴族の一人で、困っている事情はよく分かっていましたので、さっそく皇帝タリフ2世様に謁見し、貴族と商人のお願いを伝えました。しかし皇帝様はこうおっしゃいました。
「それなら昔のように、帝国の中で作ればよいではないか。帝国内で作った品物なら関税はゼロであるぞ」
これはこれで、理屈としてはまったく正しいので、大臣様はそれ以上何も言えず、すごすごと引き下がってしまいました。
とは言え、帝国の中で作るには、農民や羊飼いや力仕事をする人間が大勢必要です。ですが、帝国の若者はみんな椅子に座ってする仕事に慣れてしまっていて、今さらそんな仕事に就こうとする者はいません。
さてこうなると俄然張り切るのが悪党たちです。周りの王国から品物を帝国に運ぶ時には、必ず決められた場所にある関所を通る事になっていました。
その関所を避けて、山道を越えたり川をこっそり渡ったりして関税を払わずに周りの王国からの品物を運び込む悪人の集団がいくつも出て来ました。いわゆる密輸という物です。
これで1カ月ほど、市場での値段がだいぶ下がりました。が、それを知った皇帝タリフ2世様は、突然こう命令しました。
「国境に壁を作る」
そして魔法使いたちに土で出来たゴーレムという巨人を1万体も作らせ、その巨人たちを使って帝国を東西南北ぐるりと囲む巨大な高い壁を本当に作ってしまいました。
その国境の壁には東西南北に1か所だけ通行のための門を作り、そこで厳しく品物の出入りを監視させました。悪人たちは密輸をあきらめざるを得ませんでした。
密輸が止まると、また市場での品物の値段は高くなりました。帝国の若者たちにはもうひとつ困った事がありました。東の海の向こうの島国から運ばれていた絵巻物が入って来れなくなったからです。
その東の島国は大勢の絵描きがいる事で有名で、特に若者が好んでいたのは男と女のアッハンウッフンを描いた縦にスクロールして読む絵巻物でした。
それで困るのは男だけだろうと思ったら、若い娘にも大勢困る者が出ました。その東の島国からの絵巻物には、男同士のアッハンウッフンや女同士のアッハンウッフンを描いた物もたくさんあり、それが帝国の若者たちの密かな娯楽になっていたのです。
まあ、それも関税を払えば帝国に持って来れますし、その絵巻物は値段が高くなっても買う人は大勢いたでしょうが、物が物だけに町の市場で堂々と売るわけにはいきませんでした。
そこで他の品物の中に紛れ込ませてこっそり運んでいたのですが、密輸の取り締まりが厳しくなったため、余計な疑いをかけられたくなくて、東の島国の商人は運んで来てくれなくなりました。
その結果帝国の若者たちは、男も女も、刺激のある娯楽がなくなって仕事の後の時間を持て余すようになりました。その若者たちに下級魔族の商人が声をかけて回りました。
「へへへ、そこのにいちゃんたちにねえちゃんたち。刺激が欲しいのならいい物があるぜ」
その魔族が勧めたのはタバコでした。その世界には普通のタバコなら何百年も前からありました。ですが魔族が勧めたタバコは何か特別な品らしく、吸うと頭の中がバラ色になったような、幸せな気分になるのです。
その魔族のタバコはたちまち帝国の若者たちの間で大人気になり、とうとう全ての市場に一軒はそのタバコを売る店があるほどになりました。
ですが、3か月ほど経った頃、魔族のタバコには重大な副作用がある事が分かりました。そのタバコを何度も吸っていると、ある日突然心臓が止まってしまい、倒れてすぐに起き上がるのですが、その時にはゾンビになってしまうのです。
帝国の町という町に、フラフラとした異様な姿で歩き回るゾンビが目立つようになり、他の人たちは気味悪がって道を歩くのも嫌がるようになりました。こうなるとどこの市場も人通りがなくなり、商人たちは大打撃を受けました。
どうやら帝国の国境の南にある魔族の国から送られてきている、呪いがかかったタバコのようでした。商人たちに泣きつかれた帝国軍の将軍たちは、確かに帝国の一大事だと考え、皇帝タリフ2世様にしかるべき行動を取るようお願いしました。
皇帝タリフ2世様は、宮殿の大広間に将軍たちや商人たちを集めて話を聞きました。そしておごそかな口調でこうお言葉を発せられました。
「断固たる措置を取る事にしよう。明日またこの大広間に集まるように」
将軍たちは魔族の国に攻め込むのだと思い、ただちに指揮下の兵士たちに集合命令を発しました。翌日また宮殿の大広間に集まった将軍たちは、しかし、皇帝の言葉を聞いてポカンと口を開けていました。皇帝タリフ2世様はこうおっしゃったのです。
「魔族の国のタバコに追加関税をかける。元の50%の関税にさらに50%の追加関税。つまり100%の関税をかける」
将軍たちは予想外の命令にあわてて、魔族の国に攻め込んでタバコの畑を焼き払ってしまう方が確実だと皇帝に訴えました。しかし皇帝タリフ2世様はこうおっしゃいました。
「戦争をすれば大勢兵士が死ぬではないか。しかもその死んでゆく兵士たちの多くは我が帝国の若者たちだ。先代の皇帝陛下と違って私は戦争が嫌いだ」
これも理屈としては正しいので、将軍たちもそれ以上何も言えなくなり、がっくりと肩を落として宮殿から退出しました。
ところが関税が100%に上がっても、魔族のタバコは売れ続けました。どんなに市場での値段が高くなっても買いたいと言う庶民が減らなかったからです。
最初は勉強や修行が苦手なので力仕事に仕方なく就いていた若者たちの間だけの流行でしたが、段々いい年をした大人、老人、果ては貴族の奥方様たちやそのお子様たちまでが魔族のタバコに手を出すようになっていきました。
魔族のタバコを吸ってゾンビになった犠牲者が至る所で歩き回るようになり、遂には宮殿の中にまで侵入するようになりました。皇女様の一人があやうくゾンビに襲われそうになる事件まで起こり、皇帝タリフ2世様もとうとう考えを変えて将軍たちの意見に賛成しました。
すぐに1万の兵士から成る討伐軍が編成されて皇帝タリフ2世様が直々に指揮を執って、魔族の国に攻め入る事になりました。槍を持った歩兵は言うに及ばず、狙った敵をどこまでも追いかけて飛ぶ弓矢をかついだ騎兵、鋼鉄の象の背中に投石器を備えた砲兵、攻撃魔法を極めた魔法使い部隊まで加わった大群が南の国境を越えて魔族の国の入り口にやって来ました。
魔族の国に入るには、目に見えない魔法の入り口を通り抜ける必要がありました。その入り口は醜い小人の姿をしたゴブリンが番をしていました。
ゴブリンに魔族の国への入り口を開けるように命じましたが、なんとそれは出来ないと言われました。それを聞いた皇帝タリフ2世様は大層お怒りになり、直々に門番のゴブリンの前へ出ておっしゃいました。
「帝国の軍隊を通さないとはどういうつもりか? 私を馬鹿にしておるのか?」
ゴブリンの門番はうやううやしく答えました。
「いえ、とんでもございません。我らが魔王様は皇帝陛下の事をとても尊敬しております。陛下の政策をさっそく真似させていただいております」
皇帝タリフ2世様は少しうれしそうな顔になってお尋ねになりました。
「ほう、それはいい心がけだ。それで何を真似したのだ?」
ゴブリンの門番が答えました。
「関税でございます、皇帝陛下」
皇帝タリフ2世様はあんぐりと口を開けてしまいました。ゴブリンの門番が続けて言いました。
「こちらの関税は通行税でございます。人間一人あたり金貨100枚。軍隊の人数が1万人とのことですので、金貨100万枚をお支払いいただければ、お通りいただけます」
金貨100万枚と言えば皇帝政府の予算の数年分です。とても払えるはずがありません。皇帝タリフ2世様はそのゴブリンをひっ捕らえて無理やり入り口を開けさせようとしましたが、ゴブリンの門番は素早く魔法の扉に向こう側に逃げ込んで入り口を固く閉ざしてしまいました。
100人の魔法使い部隊がなんとか魔法の扉をこじ開けようとしましたが、びくともしません。皇帝の討伐軍は仕方なく引き返してしまいました。
その後、皇帝の宮殿からは魔族のタバコにかける関税を200%にするというお触れが出ました。それでも魔族のタバコは飛ぶように売れ続け、帝国の中をさまようゾンビの数はどんどん増えていきました。
それから関税は何度も引き上げられて、しまいには1万%になりましたが、魔族のタバコは市場からなくなりませんでした。いつしか高い壁に囲まれた帝国の領土には、魔族の国以外のどこの国の商人もよりつかなくなり、帝国の中が今どうなっているのか、知る人はいなくなりました。
数年の後、帝国の国境の壁が見える街道で、近くの王国の人間の商人と魔族の商人が木の下に腰を下ろして休憩しながら話をしていました。
人間の商人が魔族の商人に訊きました。
「あの帝国、最近はさっぱり噂を聞かなくなったが、今どうなっているか知っているかね?」
魔族の商人は答えました。
「さあ、俺も知らんな。最近は俺たち魔族の商人も海を渡って他の大陸の帝国と商売しているからな」
「あの帝国で魔族はずいぶん大儲けしたそうだな。何かコツがあるのなら教えてくれんか?」
「なあに、簡単な事さ。俺たちの国のタバコは与えてやれば、放っておいても買いたいという連中を作り出す。いくら市場での値段が高くなっても買わないという選択肢はないように仕向ける。まあ、商売の鉄則というもんだ。あの国の皇帝は、その鉄則を知らなかったんだろうな」