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人を殺した。
それはもう手足を使っても数え切れないほどに。
物を盗んだ。
人が死に物狂いで働いても手に入らない金額だ。
人を騙して、痛ぶって
非人道的な行いをしてきた。
でもそれを悪だとは思わない。
恵まれない人間が、恵まれた人間を疎み妬み憤怒するなんて、よくある話だろう?
だから壊すのだ。
ドブみてぇな世界を知らない馬鹿どもから、目障りなほどに眩しい日常を奪ってやるのだ。
「大人しく捕まれやぁ!!」
「お前ら裏から回れ、広場に逃すな!」
「はいっ!」
(広場に出れば人がわんさかいる!女を人質にして逃げてやらぁ!)
両手についた血は既に固まっていて、滴ることなく男の肌にまとわりついていた。強く握りしめられた剣には未だ渇いていない血が付着しており、腕を振る度に至る所に飛び散った。
(それなりに金も稼いだ。逃げ切ったらこんな国すぐに出て行ってやる!)
計画は順調だった。
金持ちの館に忍び込み金目のものを奪って、偶然居合わせた召使いの女を刺した後、館を出た。だが、焦っていた男は遺体の隠蔽をせずに逃げてしまった。遺体を目撃した他の召使いが王国騎士団に通報。男が残した『魔力痕』から居場所がバレた。
(くそっ、全部あの女のせいだ!)
「…きひっ」
(いや、いい。)
狭い裏路地を走っていた男は、開けた空間に出て不気味な笑みをこぼした。
(ここで、1人殺していこう)
初めに視界に入った女に剣を振り下ろす。
近くにいた同僚の男に邪魔されたが、肩を斬って蹴り飛ばし、女を殺そうとした。だが、すぐに騎士に囲まれたので女を人質にすることにした。
「きゃああああ!!」
「近づくんじゃねぇ!俺から離れろ!」
壊してやる、壊してやる、壊してやる!
俺の苦しみを思い知れ、俺の憎悪を刻み込め!
「ちょっと落ち着いて世間話でもしようぜ。」
「…は?」
理解できなかった。
これまで男を捕まえようとしてきた騎士は、そんなこと言わなかったから。男の行い全てを悪と決めつけて、男を追いかける。
そこにあるのは憤怒。
何が何でも男を捕まえてやろうという執念。
(話…て、何を?)
不可解。脳を支配するその感情は、一瞬男に隙を生ませた。けれどすぐに立ち直り、鋭い目つきで若い騎士を睨んだ。
「話、だぁ?お国の犬と話すことなんざ一つもねぇよ!くだらねぇこと言ってねぇで、さっさと道をあけろ!女がどうなってもいいのか!」
「ひっ…たす、助けてっ」
「あーあー、そうかっかすんなよおっさん。俺ぁ別に、アンタのこと今すぐ殺すとか野蛮なことは考えてねぇんだから。」
(やべぇな…報告書で見た以上に話が通じねぇ…まだ終わんねぇのかよ、ゴンガー)
(もう少し待て、俺もあまり魔法は得意では無いんだ…!)
男にバレないように、ゴンガーは詠唱を続けていた。だが、発動までにまだ時間が必要なようだった。デットは拳を握りしめ、話題を絞り出す。
「…殺人88件、窃盗79件、暴行23件に強姦30件…いろんな国で好き勝手やってるじゃねぇか、おっさん。いっそ感心するぜ」
「…何が言いたい?」
「あと12人殺したら、祝・殺人数100人突破だ。なんか目標あったりすんの?」
「…きひひ、あぁ、あぁ勿論だ。死ぬまでにこの世全ての馬鹿どもに絶望を与えるのが俺の目標だ。ガキが産まれる予定の夫婦を殺し、汗水垂らして金を貯め努力の末に得た奴から財を盗み、幸せそうに笑う奴は死なない程度に殴り、若い女は男を視界に入れることすらままならねぇくらいに犯す!」
「…なんで、そんな事すんだ?」
「幸福を享受する奴らが気に食わねぇからだよ!毎日ゲラゲラと馬鹿みてぇに笑いやがる奴らの面に、殺意が湧いて仕方がねぇ…!」
「…そんなことで…」
それを聞いたエムブラは、小さくつぶやいた。
「そうかい。どうやら、アンタも壮絶な過去を過ごしたみたいだな。…それはそうと、いい加減その人を離しちゃくれねぇか。今にも死にそうな顔してるもんで、アンタとの会話を楽しめねぇ」
「ダメだ、こいつは殺す。人生においてこの上なく惨めなやり方でなぁ」
女にはもはや声を出す気力もなく、救済を懇願する目でデットを見ていた。
(ギリだな…仕方ねぇ)
「あっそ、んじゃあ」
大きく前に出た。
男は警戒心を強め、剣を握りしめる。
「お喋りは終いだ!行くぜ、ゴンガー!」
「あぁ!」
デットが走り出すと同時に、ゴンガーは右掌を男に拘束されていた女性に向けた。
「『テレポート』!」
女性の足元に魔法陣が出現する。男は叫びながら女性に剣を振りかざし、心臓を突き刺そうとするが、その刃は何も傷つけることなく虚空を貫いた。
「くそがっ」
男はゴンガーの方を見る。
ゴンガーの腕の中には、先ほどまで自身の手中にいた女性が抱かれていた。
「覚悟しなおっさん!」
デットの腕に魔法陣が出現。筋肉が盛り上がり、血管が浮き出た右腕を振り下ろす。男は剣で防御するが、デットの拳は少しも怯むことなく剣を折った。
見事顎にヒットしたデットの拳は、なおも止まることなく男の脇腹を殴った。男の体は綿毛のように吹っ飛び、噴水に衝突した。
「…ふぅ」
男を殴った右手を振るって、噴水の縁に片足を乗っける。
「俺ぁ別にアンタを殺したいわけじゃない。でも…」
両手の拳を合わせ、もう意識がない男を睨んで言った。
「流石に、殴りたいとは思うわな」
まばらだった拍手は、やがて喝采へと姿を変えた。広場にいる全ての人々はデットとゴンガーに感謝と称賛の声をあげる。
「ありがと〜!」
「よくやったデット!」
「ゴンガーさんファインプレー!」
「かっこつけんなよデット〜」
「うぉい、最後のやつ誰が言った?!」
褒められていい気になっていたデットは、最後に聞こえてきた言葉に声を荒げた。緊迫した空気はすぐに解け、人質だった女性とその恋人は安堵のあまり崩れ落ち、泣きながら笑っていた。
「エミィ」
男の身柄は騎士団に取り押さえられ、騒ぎはようやく収まった。ホッとしてベンチに座っていた2人の元に、デットがやって来た。
「大丈夫か?」
「…まぁ、私はあの人から少し離れた場所にいたので大丈夫です。」
「そっか、そりゃ良かった。お前に何かあったら、ムジカに殺されちまうからな!」
冗談ぽく言うデットは、左手でエムブラの頭を撫でた。エムブラはそんなデットの顔をじっと見る。
「ん、どうした?」
「…それ、大丈夫じゃないですよね?」
「え、何が…ちょっ」
背中の後ろに隠していた右腕を掴んで、引っ張った。
「…やっぱり」
現れたのは包帯が巻かれた右手の甲。赤く染まった包帯が、その傷の深さを物語っていた。
(いくら魔法を使ってたからって、刃物を殴って無傷なんて、そんな上手い話があるはずがない。たとえデットさんが無傷で武器を破壊できる人でもあの時はそれなりに焦っていただろうから、かすり傷ぐらいしてると思ってた。)
思ったより傷が深い。
痕が残りそうだ。
「あ〜…バレたか。」
「デットさん」
「なんだ?」
「さっきのはカッコ良かったです。」
「マジ?やったね」
「でも、どんな状況であっても、貴方がどんな立場であったとしても、自己犠牲の選択を取るのは良くないと思います。」
「え、エミィ!何を言ってるの?!デットさんごめんなさい。いつもはこんなこと言わないのに…」
エリカはエムブラの肩を掴んで、頭を下げる。デットはパッと笑いながら両手を振り、明るい声で言う。
「いーっすよ、そんな畏まらなくて。エミィが言うことは何も間違ってねぇですし。」
顔を顰め俯いているエムブラの頭に左手を置いて、腰を曲げ視線を合わせる。
「嫌な気持ちにさせちまってごめんな。あん時はあぁするのが一番だって思ったんだ。何も、毎回あんな事してるわけじゃねぇ。機嫌直してくれよ、な?」
エムブラは俯いたまま、それに対して何か反応することはなかった。
その日の夕方、夕飯の準備をしている時に父ムジカが帰ってきた。
「お父さん、お帰りなさいっ」
「あぁただいま」
いつも通り、優しい笑顔で応えてくれたが、疲労が滲み出ている。エリカは心配そうな表情で蒸したタオルを手渡した。
「何かあったの?」
「あぁ…」
大剣を置き、近くの椅子に腰をかけてタオルで顔を拭く。白いタオルが茶色になっていた。
「調査の途中、魔物の集団に襲われてな。幸い死人は出なかったが、怪我人が数名出た。」
「そうだったのね…貴方に何もなくて良かったわ。」
2人は互いを見合って微笑んだ。ムジカは体をグ〜っと伸ばして立ち上がり、深刻そうな表情をしていたエムブラを軽々と持ち上げた。
「わっ、えぇ?!」
「さぁてと!家に帰ってまで重たい空気を吸うなんてまっぴら御免だ!お腹すいたからご飯を食べよう!!」
「おとっ、お父さん!急に持ち上げないでよ!!ビックリしたじゃん!」
「あっはっは!エミィはホノトリの羽毛みたいに軽いなぁ!」
「分かりづらい例えやめて?!」
「あっはっは〜、そぅれたかいたかーい!」
「おとぉぉぉうさぁあああん!!」
はしゃぐ父、叫ぶ娘、それを見て笑う母。
文面だけで見ればだいぶ危ない気もするが、団欒しているとだけ伝えておこう。ご飯を食べてお風呂も入って、髪を乾かしベッドに横になる。
ムジカは風呂から上がってバタンキューで眠ったしまったので、今日は2人の演奏は無しだ。
(まぁ、私はもう13歳だし…流石にもういいけどさ。)
それでも、2人の演奏は何年聴いても飽きないだろう。それくらい、エムブラは2人の方が好きになっていたから。
(私の意識が覚醒したのは今朝。それから急にあんなことが起こった。)
昨日までの記憶は、ちゃんとある。
13歳の誕生日を迎えたあの日、それまでの日常。
なんの変哲もない、普通の人生。
前世のそれと大きな差はない日々だった。
「それが、急にあんな事になるなんて…嫌な予感がしてきたなぁ」
突然ではあるが、二週間後、彼女は中高一貫の魔法学校に入学する。名を『オディカデミア』。
ミドガルドの13歳以上の子供たちは、この学校で最低三年間、勉学に励むことを義務付けられている。身分や権威は一切無意味なのだが、運が良ければ?悪ければ?平民と王族が同じクラスになることもある。たとえ規則として身分が関係なくても、生徒間では暗黙の了解として、自分より身分が高い者には敬意を払うようになっている。
(私は平民。学校には家族や王族も来る。『私』が目を覚ました日に突然あんなことが起こったなら、これからも似たよ〜なことが起きてもおかしくない。)
「……気を付けよ。」
今日は妙に疲れた。エムブラは布団をかぶって目を瞑り、そしてゆっくりと夢の中に落ちていった。
暗闇なのか、純白なのか分からない世界で目を覚ます。その何だか見慣れた世界でしばらくつっ立っていると、背後から声がした。
「もうすこし反応してくれると思ったんだけどな〜」
散々聞いた声だ。
エムブラは振り返り、彼の名前を呼んだ。
「オーディン」