テラーノベル
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僕は寝室のベッドの上で、はやちゃんが用意してくれた冷たい保冷剤を腫れ上がった左頬にそっと当てていた。
ジンジンとした痛みが、少しずつ感覚の麻痺した冷たさへと変わっていく。
はやちゃんは『ちょっと待っててな』と優しく言って寝室を出ていった。
今はリビングに戻って、僕が落として割れてしまったグラスの片付けをしてくれている。
ゴミ箱に破片が落ちる小さな音がかすかに聞こえた。
さっきしゅんが飛び出していった時の、あの玄関のドアが乱暴に閉まる激しい音が、まだ耳の奥に残っている。
……いったい、何が起きたのだろう。
今日までの3日間の北海道旅行で、僕は彼に完全に心を開いていた。
誰にも言えないと思っていた自分の暗い過去まで打ち明けた。
そして彼に触れられることを喜び、自ら触れた。
これまでの僕では、とても考えられないことばかりだった。
しゅんのことを、本当に好きだと思ったのだ。
あの時のあの気持ちに、あの行動に、後悔なんてしたくない。
彼はいつだって優しかった。
なのになぜ、あんなふうに……。
最後に涙を流してガタガタ震えながら謝っていた彼の姿を思い返し、胸が締め付けられるように苦しくなる。
あんなふうに暴力を振るうなんて、何かどうしようもない理由があったに違いない。
……そう思いたい自分が、確かにいた。
でも現実問題、明日から仕事が再開する。
僕は今まで通りに彼と接することなんて、できるのだろうか
暗い天井を見つめて、答えの出ない問いをぐるぐると考えているうちに、リビングの片付けを終えたはやちゃんが静かに寝室に戻ってきた。
『柔太朗、大丈夫か? 痛みは?』
「うん、だいぶ落ち着いたよ。……はやちゃん、ごめんね。せっかく来てくれたのに、こんなことに巻き込んじゃって」
『なんの謝罪? それ、マジでやめて。お前は一ミリも悪くないだろ』
はやちゃんは眉をひそめて、呆れたように、けれど僕を気遣うようにそう言った。
……でも果たして、本当にそうだろうか。
僕はしゅんの好意に甘えて、「自分が強くなるまで待ってて」なんて都合のいい言い訳でお預けを食らわせておきながら、自分から誘って…。
そのくせ、マンションのエレベーターでしゅんが繋いでくれた手を、冷たく拒絶するような正論で弾いてしまった。
その上、彼からの何十件もの必死な連絡を結果的に無視して、何時間も放置してしまったんだ。
極めつけには東京に戻ってきた途端、はやちゃんが急に空港まで迎えに来ていて、さらにその日の夜にはその人を自分の部屋に泊めるだなんて…。
しゅんの立場になって考えてみたら、どう考えたって、一番悪くて無神経なのは僕だった。
彼の中で僕を失うかもしれないという強烈な嫉妬や焦りが、あの狭いキッチンで一気に拗れて破裂してしまったのだろう。
……それに、今思い返せば、この旅のあいだの僕の無神経な言動が、次から次へと頭に浮かんできて冷や汗が出る。
彼の目の前ではやちゃんの事を”ヒーロー”だの”命の恩人”だの、自慢げに話していた。空港のロビーでも、しゅんをその場に放置して、はやちゃんの手を引いてふたりきりで説明をしに行ってしまった。
その帰り際、しゅんに向かって「じゃあ、また後でね」と、はやちゃんとの夜の約束をこれみよがしに見せつけて別れたことも、全部思い出してしまう。
そんなの、しゅんからすれば不安で仕方ないし、苦しくて頭がおかしくなるに決まっている。
逆の立場なら、僕だって絶対に耐えられない。
……最悪だ。
僕は、彼の優しさに甘えて、彼の心を何度も深く傷つけていたんだ。
「……俺、しゅんに謝らなくちゃ……」
『はぁ? お前、何考えてんだよ!! 柔太朗、お前……あいつに殴られたんだぞ!?』
はやちゃんが信じられないというように目を見開いて、声を荒げた。
「わかってる。でも、しゅんがああなっちゃったのは、全部俺のせいだよ……。今、自分のしたことに気付いたんだよ……」
『お前、本当に……! 俺がどれだけお前を心配してんのか分かってんのかよ!……俺が、俺がどれだけ……』
「わかってるよ……。はやちゃんには本当に感謝もしてる、……でも……っ」
『でもなんだよ!!!!
……大切なんだよ!! お前が!!』
はやちゃんの叫びが、狭い寝室に響き渡る。
『これ以上、お前に傷ついてほしくないんだよ……。俺がお前を、好きだから、……っ』
はやちゃんの叫びが、狭い寝室に響き渡る。
その声は、今にも泣き出しそうなくらいに切なく震えていた。
あぁ、僕のせいでこの人をこんな顔にさせている。
言い訳なんて何一つ出来なかった。
ただ喉の奥が詰まったような沈黙の中で、消え入りそうな声がポツリとこぼれ落ちる。
「……ごめん、なさい」
僕はそれ以上、何も言えなかったのだ。
僕の言葉を聞いたはやちゃんは、ひどく苦しそうな顔をして、力なく床へと俯いた。
『わりぃ…。また大きい声出して、お前を責めるようなこと言って……。もう、疲れちゃったよな? 今日はもう、何も考えずに寝よう……』
重苦しい空気のまま、お互いに順番にシャワーを済ませ、身支度をしてベッドの中に潜り込む。
少し遅れて、はやちゃんも僕の隣へと入ってきた。
同じベッドのなかに並んでも、今までみたいな楽しい雰囲気はどこにもない。
寝返りを打つことすら躊躇うような冷たい静けさのなかで、僕のすぐ後ろにあるはずのはやちゃんの気配が、今はどうしようもなく遠く感じられた。
「ねぇ、はやちゃん……。あの、さ……」
『あー、明日会社まで車で送ってくから安心しろ。どうせ、そのお願いだろ?』
僕が口を開くより先に、はやちゃんはすべてを察したように、いつものお兄ちゃんらしい顔で優しく笑ってくれた。
その笑顔を見てホッと救われた僕は、少しだけ安心して彼の方へと身体を向けた。
そうすると、はやちゃんも同じように僕の方に寝返りを打って身体を向けてくれて、至近距離でカチッと目が合う。
「ううん、そうじゃなくて……。今日は本当にありがとね。また、はやちゃんに助けられちゃった……」
『ほんとだよなぁ〜。ふはっ… まったく、俺が今日お前の家にいてマジで良かったわ!』
いつもの調子でおどけてみせるはやちゃん。
彼は僕の腫れを引かせるように、左の頬に大きな手のひらをそっと添えて、愛おしそうに微笑んでくれた。
「いつもいつも本当にありがと、はやちゃん」
『おう。俺はお前専用の、世界に一人だけのスーパーヒーローだからな!』
「ふふ、何それっ」
暗い寝室のなかで、僕たちはふたりで顔を見合わせて静かに笑い合った。
僕がどんな暗闇に突き落とされても、絶対に裏切らずに引き上げてくれる、僕のたった一人のスーパーヒーロー。
はやちゃんの温かい手のひらのぬくもりを感じながら僕は目を閉じた。
でも心のどこかでは、今頃一人でボロボロになって泣いているかもしれない大好きな彼のあの寂しそうな瞳の残像が、どうしても消えずに焼き付いたままだった…。
to be continued…..
コメント
4件
やわしゅん早く戻ってきて欲しいです😭でも良い方向に向いてきて嬉しい!頑張って下さい!

もちぷよ
46
やわしゅん狂
247
はる☻
45,450