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「え、俺なんも持ってきてない」
「バカだなりゅうせい、お泊まりだっつってんだから、普通用意してくるだろ?」
「俺パンツ忘れたから、パンツ貸してね、いつきくん」
「絶対やだ」
小さなテーブルを4人で囲み、飲み始めて早々パンツの話かよ。狭い部屋に4人の熱気と酒の匂いが充満している。だいきがやけに密着してくるせいで、冬だというのに妙に暑苦しい。この先、何事もなく平和に過ぎればいいんだが。
「え~じゃあ後で取りに帰ろっかな、スーツじゃ寝れないし」
「ん、りゅうせい、俺の貸すから取りに帰らなくていいよ。身長あんま変わんないでしょ?」
「え、いつきくんのパンツも?」
「バカ、だいきは後でパンツ2つコンビニで買ってきて」
「え~いつきくんのケチぃ」
ケチだとかそういう問題じゃないだろ。衛生的な問題だろうが。
「二人ともほんっとダメなんだから。ねえ?いつきくん?」
「いっちゃんも、この前泥酔してそのまま俺のベッドで全裸ダイブしてるからね。ダメなのはみんな一緒だよ」
「だって、いつきくんとシャワー浴びようと思ったら鍵閉められたんだもん。そりゃ絶望でダイブするっしょ」
「え、シャワー室って鍵あるんすか?」
「俺も初めて知った」
「ね?」なんて、今のいっちゃんの奇行を聞いて、気になるところがそこかよ。ズレた2人が仲良く目配せしているのを見て、思わず溜息が出る。
お酒も進み、夜も深くなる。ここまでくると、強いのと弱いのとで明暗が分かれてきたな。
「らからぁ、俺、彼女に言ってやったんすよぉ。しごととぉお前はくらべる物でもないしぃ、そもそもベクトルが違うっていうかぁ」
「わかった、わかった。いっちゃんの言いたい事はすごくわかるよ」
数日前のクリスマスに残業をしたことで、いっちゃんは彼女と揉めているらしい。……いや、実際には遊び呆けて遅れただけなんだけどな。
「そう、好きな人と一緒に過ごす為に、他の事も頑張ってるんだよね? やっぱお金大切だもんね、いつきくん?」
だいきが酔っ払った目で俺を覗き込んでくる。それにしても近すぎる。
「だいきくん、ちょっと距離近すぎ。いつきくん潰れちゃうから」
見兼ねたりゅうせいが、だいきの肩を強引に引き剥がした。だいきはまだヘラヘラしているが、りゅうせいは飲んでも表情があまり変わらない。冷静な瞳が、酔って火照った俺の顔をじいっと射抜いてくる。
「……りゅうせい、飲んでもあんま変わんないな。俺、もうあっちぃ」
思わず額の汗を拭い、手をパタパタさせて顔を仰ぐ。りゅうせいの視線が痛い。そんなに顔に出てるのかな。
「……だいきくんがくっついてるからですよ。ほら、だいきくんはいっちゃんの方行って!」
「はーい……」
りゅうせいに促され、だいきが千鳥足でベッドへ向かう。先に潰れたいっちゃんの隣にコテンと転がったのを確認して、ふうっと息をつく。
萩原なちち
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部屋が静まり返り、少しだけ冷たい夜風がカーテン越しに入り込んできた。ようやく、二人きりだ。
だいきが離れても、体の火照りは一向に引かない。それどころか、視界がふわふわと揺れて、スウェットの襟元がひどく窮屈に感じられた。
「やばい……顔が抜けない……」
熱を逃がそうとスウェットを脱ごうとするが、腕に力が入らず、布地が頭に引っかかったまま動きが止まる。暗闇に閉じ込められたような、情けない今の状況がおかしくなって、思わずふふっと笑いが漏れた。
「いつきくんも酔ってんのかよ。マジで全員手がかかりすぎ……」
呆れたような、でも少しだけ温度の低いりゅうせいの声。あ、今のちょっと本性出たな。酔うと甘えん坊どころか、毒舌になるタイプかよ。そんな発見がまた可笑しくてたまらない。
ぐいっと布を引っ張られ、ようやく頭がスポッと外に脱出した。けれど腕はまだ袖の中に捕らえられたままだ。
「りゅうせい、引っ張って……」
「これくらい自分でやってくださいよ。子供じゃないんだから」
「怒らないで……楽しい夜なんだから……」
「うわっ、ちょ、いつきくん?!」
「ふふ、捕まえたぁ」
ふざけて、脱ぎかけのスウェットをりゅうせいの首にひっかけるようにして、その体を自分の方へ引き寄せた。
……一瞬、鼻腔をくすぐる匂い。懐かしい、俺の好きな人の匂いだ。
「……もうっ、お酒臭い! シャワー浴びてきたらどうっすか?!」
どさくさまぎれに抱きしめようとしたが、すぐに腕をすり抜けられ、マジトーンで怒られた。……そうだよな。もう俺のことなんて、好きじゃないよな。ただの酒臭いおっさん上司に絡まれて、迷惑なだけだよな。
あー、やばい。突き放されたのに、心臓がうるさいくらいに脈打っている。
酔っているとはいえ、俺、とんでもなく大胆なことをした気がする。明日になったら「記憶にない」フリを徹底しなきゃ。
「いつきくん……俺も、だっこぉ……」
「ん~?」
振り返ると、ベッドで横になっていただいきが、薄目を開けてこちらに腕を伸ばしている。そうだ、こいつの誘いに乗るふりをして「泥酔したおじさん」を演じきれば、さっきの失態もうやむやにできるか……?
「いつきくん、先シャワーです! だいきくんはもう寝て!」
「いでっ!」
りゅうせいに軽く頭を叩かれただいきを見て、俺は耐えきれずに爆笑した。おかしくて、おもしろすぎて、少しだけ酔いが覚めていく。
「はは、シャワー行ってくるわ。……りゅうせいも、一緒に浴びる?」
本当に、これは下心なんて微塵もなく出た言葉だった。ただの冗談、その場のノリ。なのに、言った直後のりゅうせいの顔を見て、俺は「しまった」と硬直した。
「シャ、シャワーとか、そんな一緒に入れるわけないでしょ?!」
顔を林檎みたいに真っ赤にさせて、りゅうせいは「下着買ってきます!」と財布をひったくるように掴むと、逃げるように玄関を出ていった。
パタン、とドアが閉まる。
……ちょっと待て。今の反応、俺のことまだ好き説、ないか? 興味ない相手なら、もっと冷たくあしらうか、笑って流すはずだろ。普通、あんなに動揺して飛び出していくか?
「……俺が一緒に入ろうか?」
ベッドの上、いっちゃんの隣のだいきがニヤニヤしながらこっちを見ている。なんだよ、さっきは寝ぼけてたんじゃないのかよ。
「俺は、好きな人としかシャワー一緒に入らないの」
「うわ、マジかよ。やっぱ若くないと無理かー」
「バカ。そこだけじゃないだろ」
「……いい子だもんね、りゅうせい」
だいきがポツリと、どこか寂しそうに、でも全てを悟ったような声で呟いた。