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橋本は仏頂面のまま、ハッテン場となっている行きつけのバーに来ていた。カウンター席でハイボールを傾けながら、手元に置いたスマホに視線を落とす。


『あの時は殴って済まなかった』


宮本を殴った次の日に送った、橋本からの謝罪のメッセージ。それにずっと既読がつかないのである。

嫌な予感がして雅輝のホームに飛んでみたら、今までは見ることのできていたものが見れなくなっていて、記事がありませんという一言だけが表記されていた。

これにより、導き出された答えはひとつ――。


「アイツに、いつブロックされたんだろ……」


ブロックするなら自分からだと思っていたのに、まさか先にされるなんて考えもしなかった。


『友達になってくれるまで、絶対に放しません!』


そう言って橋本の腕を痛いくらいに握りしめられたときの、必死な形相をしていた宮本の顔を思い出す。

ドライバー仲間からわざわざ情報を得てまで自分を捜し出し、やっと対面できたと思ったら何の因果か、ゲイであることをカミングアウトしたアイツ。

そんないきなり過ぎる事実を聞いて、自身の恋愛を思わず喋ってしまった。その結果恭介に抱いている好意を宮本に暴露されて、現在に至る。

自分から告白したわけじゃない。だからこそ、スッキリするなんていう心情にはなれないのは、当然なんだ。


(だけどそんなことよりも、雅輝にブロックされたことにショックを受けているのは、どういうことなんだ?)


自身の落ち込みについて考察しながら、何度目かのため息をついたときだった。


「おにーさん、隣いいですかぁ?」


橋本の背中に触れながら、若い男が話しかけてきた。

ハッテン場にいる以上は、こうして声をかけられるのは当たり前のことなれど、いつもは自らアタックしていた橋本にとって、それは違和感にしかならなかった。


「……今はひとりで飲みたい気分なんだ。他を当たってくれ」

「こんなところで寂しそうに飲んでる姿を見たら、声をかけずにはいられないって。失恋でもして、新しいパートナーを捜しにきたんじゃないの?」

「残念ながらそんなんじゃねぇよ、放っておいてくれ」


失恋した様子を醸し出しているなんて、意味がわからない。ただちょっとだけ、気落ちしているだけなのに。


「おにーさんみたいないい男を放っておける奴は、なかなかいないと思うよ。店にいる男共が隙を狙うべく、熱視線をさっきから送っている状態だというのにね」


(何が熱視線だ、イケメンの恭介や愛らしい和臣くんじゃあるまいし。何なんだよ、まったく。気晴らしに一夜限りの相手を捜そうと思ったら、面倒くさそうな野郎に張りつかれた――)


自分よりも一回りくらい若い男が、触れていた背中を感じるように撫で擦りながら、橋本の顔を覗き込んできた。


「悪いがおまえは好みじゃない」


男の視線を振り切るように、ふいっと顔を背けて言い放ってやった。


「そういうのに限って、アッチの相性は良かったりするんだよ。感じるように抱いてあげるから、思いきって試してみなよ」

「俺はタチなんだ、抱かれる趣味はない」


若い男の言葉で、ネコだと思った宮本がタチだったという事実に衝撃を受けたことや、自分がやらかしてしまった失態まで思い出してしまった。


『男だから、そういう気分になるのはわかります。だけどムラムラしたからって、誰彼構わず見境なくヤってしまおうとすることが、俺としては信じられませんっ』


まざまざと思い出したせいで、タレ目を吊り上げて怒った宮本のセリフが頭の中に流れた。そのせいで、ここにいること自体に嫌気が差してくる。


「おにーさんのバリトンボイス、本当に耳障りがいいね。啼かせてみたいな」


自分に触れている、若い男の手をバシッと叩き落として椅子から立ち上がり、カウンターにいる店員に口パクで帰ることを告げた。


「ねぇ一緒に帰ってもいい?」

「しつこい男は嫌いなんだ、他を当たってくれ」


手早く会計を済ませると、逃げるように表に出た。当初の予定が狂ったことに苛立ったが、一瞬でそれが消え失せた。橋本の心の中を、後悔の念がみるみるうちに支配する。

謝ろうと思った矢先に、宮本にブロックされたせいで出ばなを挫かれたからか、心だけじゃなく歩く足取りまでも、やけに重く感じた。


「殴るなんて、しなけりゃ良かった……」


だが謝るすべが絶たれたからこそ、他のアクセス方法を思いつく。


仕事を終えて自宅に帰り、着替えてからバーに顔を出していた。時刻は既に午前2時を過ぎているので、店は閉店している可能性がある。


(それでも行動するのが、男ってもんだろ。雅輝に借りを作ったまま、知らんぷりなんてできるかよ)


決意も新たに重い足を何とか動かして、宮本と一緒に飲んだ居酒屋に向かった。歩く勢いがついたら自然と急ぎ足になり、やがてそれは駆け足に変わっていった。

それは橋本の中にある急いた気持ちに比例したのか、息を切らして走ったが、疲れを感じることはなかった。


10数分後、目当ての居酒屋に到着したが、店先にかけられていた暖簾は下ろされ、ガラス戸からは店の奥の明かりがほんのりと確認できる様子は、明らかに閉店を表わしていた。

思いきって引き戸に手をかけてみたら鍵はかかっておらず、すんなりと開く。


「あのぅ、すみませんっ!」


宮本に謝りたい一身で思いきって行動に移した橋本の声は、店内に響き渡った。


「はーい、何でしょうか? ……ってあれ? 貴方は宮本っちゃんと一緒にいたお連れ様?」


カウンターの奥から出てきた宮本の知り合いの店長が、橋本をしげしげと眺めて、自分を思い出してくれたことに内心ほっとした。


「橋本と言います。お店が閉店しているのに、大変申し訳ありません。実は宮本と喧嘩をして、連絡ができなくなったんです。アプリ以外の連絡方法がなかったので、親しそうだった店長さんに連絡先を訊ねたくてここに来ました」


恥を忍んで告げた橋本の顔を、店長は穴が開きそうな勢いで見つめる。


「あの穏やかな宮本っちゃんと喧嘩ができるなんて、かなりレアなことかもしれないな」

「すみません。俺が穏やかじゃないから、喧嘩をしちゃいました」

「あー……。橋本さんのようなキビキビした感じの人なら、天然系で何を考えているのかわかりにくい、宮本っちゃんの行動で、イライラしちゃうかもですね」


橋本の話し方から人となりを判断したのか、苦笑いを浮かべながら原因になりそうなことを口にした店長に、瞼を伏せて静かに頷いてみせた。どこか気落ちしたその姿を見、店長は言葉を続ける。


「実は明日の夜、俺がリーダーをしてるバードストライカーズっていう走り屋のチームに、宮本っちゃんが顔を出す予定なんですよ」

「走り屋のチームに?」

「ええ。喧嘩して謝るのなら、直接顔を付き合わせたほうがいいでしょ?」


粋な計らいとも言えるセリフを聞いて、橋本は一瞬躊躇った。

宮本からブロックされた手前、実際に逢ったら不快感を示す態度をされることが容易に想像がつく。楽しみにしている現場に殴った相手が現れたら、それこそ喜びが半減されるだろう。


「橋本さんは、自家用車をお持ちで?」


顎に手を当てて渋っていた橋本に、店長が話題転換するような話を持ちかけた。


「はい、型落ちしているインプレッサなんですけど」

「だったらそれに乗って、明日の夜10時半に三笠山の頂上まで来てくれませんか?」


明日は仕事が休みなので向かうことに関して、なんら問題はない。それなのに躊躇してしまうのは、宮本と気まずい別れ方をしたあとの再会だから、どうしても戸惑う。


「橋本さん、あの宮本っちゃんがここら辺で負け無しのドライバーだっていう話、信じられますか?」

「えっ!?」

「アイツが乗っていたシルバーのロータリーを売るまでは、上りと下り両方負け無しの最速で、走る姿は白銀の流星なんて呼ばれるくらいに、ちょっとした伝説になっていたんです」


自慢げに語られる宮本のことに、橋本の想像力がまったく追いつけなかった。


「橋本さんがぽかんとするのは、無理もないですよ。普段はのほほんとした、どこにでもいそうな男ですから」

「そうですね。意外な一面過ぎて、言葉が出てきません」

「チームに入る前は、ひとりで黙々と峠を攻めていたそうです。何でも失恋から立ち直ろうと、走ることに集中していた話を聞きました」


(好きだけど別れたという江藤ちんとの恋愛を、アイツなりに吹っ切るべく、きちんと努力をしていたんだな――)


「宮本っちゃんはハンドルを握ったら雰囲気が一気に変わって、想像を絶する走りをしますからね。極意を聞いてみても、正直さっぱりわからないのが、つらいところなんですよ」

「極意がわからない?」

「ええ。自分の車だけじゃなく、他の車をちょっと乗っただけで、その車のポテンシャルを引き出す走りをしてくれるんですが、やり方を聞いても宮本っちゃん特有の表現力で答えるから、どうにも理解ができなくて」


説明下手なところは会話をしていて、時折感じることがあったなと、橋本は思った。


「橋本さんと宮本っちゃんが、どんな原因で喧嘩に発展したのかはわかりません。ですがインプを見たら間違いなく、アイツは喧嘩したこと自体を忘れちゃうと思います。単純な男ですからね。騙されたと思って、絶対に来てください」


橋本の背中を押すような満面の笑みを浮かべる店長に説得されたせいで、どうにも断りづらかった。その結果、自動的に顔を出すことが決定したのである。

ただ連絡先を聞きたかっただけなのに、宮本の別な顔を知っただけじゃなく、半ば強制的な形で三笠山に行くことは、橋本が進んで苦労を背負うような感じに思えたのだった。

不器用なふたり この想いをトップスピードにのせて

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