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夜空にぽっかりと浮かんだ上弦の月が照らし出す中を、橋本は落ち着かない気持ちを抱えたまま、インプのハンドルを握りしめていた。

冬の到来を知らせるように、たくさんの落ち葉が道路のあちこちに敷き詰められていて、それがスポンジのように雨水を含んでいるため、時折タイヤを滑らせる要因になった。

後輪駆動のFR車に比べると、運転するインプは四駆なので、そこまで滑ることはなかったのに、橋本の中に渦巻いている不安感を示すように、それがドライビングに表れてしまう。

いつもならコーナーの手前で適正なブレーキを踏み込み、前輪に負荷をかけることによりグリップ力を増やしてからステアリングを切りつつ、コーナリングしていた。それなのに今夜は必要以上のブレーキをかけてしまうせいで、タイヤの横方向にかかるグリップ力の限界のはるか手前で、コーナーを曲がってしまった。結果的にはいつものラインと大幅なズレが生じ、上手く曲がれない。

ゆえにコーナリングのスピードは、ここぞとばかりに遅くなる。その運転を傍から見たら、ビビって運転している初心者のように見えるだろう。


「まったく……。情けないにもほどがある。こんな運転、ハイヤーのドライバー失格だろ」


そんな独り言を呟きながら運転していている間に、三笠山の頂上に辿り着いた。約束の時間5分前の到着。駐車場には、走り屋の方々が乗ってきたであろう車が十数台ほどひしめき合っていたが、宮本が乗っているデコトラの姿は確認できなかった。

集会の邪魔をしないように駐車場の端っこに停車して、運転席の車窓から様子を窺っていると、橋本の車に誰かが近寄ってきた。出迎えるように素早く車から降りて、その人に頭を下げる。


「こんばんは、橋本さん」


朗らかな笑みを浮かべた店長が声をかけながら、橋本と同じように丁寧に頭を下げてきた。


「こんばんは。彼はまだ来ていないんですね」

「宮本っちゃんは時間ちょうどか、遅れてやってくるから。それでも約束はきちんと守る男です。間違いなく、顔を出してくれますよ」


宮本をよく知る店長の言葉に、思わずほほ笑んだときだった。離れた場所にいる人垣がざわついてそこから数人、橋本たちのところに走ってやって来た。


「リーダー、宮本さんのトラックが登ってきたそうです」

「わかった。ヤツを出迎える準備をしておいてくれ」


威勢のいい声で言い放った店長のセリフを聞いて、脱兎のごとく駆け出した背中を何の気なしに見送る。統制のとれたその様子を目の当たりにして、橋本は驚きを隠せずに何度も目を瞬かせた。


「宮本っちゃんは俺らにとって、ヒーローみたいな存在なんですよ。チームのメンバー全員で出迎えるのは、当然のことなんです」

「そうですか……」


(そんなヒーローを怒鳴ったり殴ったりした俺は、血祭りにされてもおかしくないだろうな――)


「下にいたメンバーと一緒にもうすぐやって来ますので、ちょっとだけここで待っていてもらえますか? 俺が本人をここに連れてきます」

「いや、それは俺から」

「まあまあ。宮本っちゃんに目隠しして、腰を抜かすくらいに驚かせたいから」


意味深な含み笑いを残して、足早に去って行った店長に声をかけられないまま、橋本の伸ばした手が空を掴んだ。

謝らければならない宮本が、わざわざ自分のもとにやって来ることに、何とも言えない気持ちになる。さっさと自ら謝って、気落ちした心をないものにしたいというのに、それができないことにより、待っている時間がえらく長く感じた。


ブォオオーン!


突如ディーゼルエンジンの音が辺りに響き渡った瞬間、橋本の視界の先に派手な装飾で彩られた、四菱ふそうのデコトラが現れた。時刻は約束の時間にピッタリというタイミングに、自然と微苦笑が浮かぶ。

インプから離れた場所で行われている、騒ぞうしい歓迎のセレモニーをぼんやり眺めていたら、店長の両手で目隠しされた宮本が、恐るおそるこちらに歩いてやった来た。

ふたりの様子に、緊張感を漂わせる橋本の姿を見て、店長は宮本の背後で柔らかく笑いかけた。


「宮本っちゃんが仕事を早く終わらせて、ここに来てくれただろ。リーダーとしてお礼をしようと思ってさ、とある人にわざわざ来てもらっているんだ」

「とある人ですか?」


不思議顔をしている感じの宮本が、微妙な表情を浮かべる橋本の前にセッティングされた。


「驚いて腰を抜かすなよ。せーのっ!」


店長が笑いながら両手を放した途端に、宮本の両目がキラキラと輝きに満ち溢れた。


「ロイヤルブルーのインプだ!」


(――おいおい。目の前にいる俺をすっ飛ばして、背後にある車に視線がいくのって、どういうことだよ。しかもこの薄暗がりで色を言い当てるのも、すげぇ謎すぎる)


「えーっと宮本っちゃん、そこじゃなくて、俺が連れてきた人を見てくれ」

「へぇっ!? あっ、待っ、ちょっ」


店長の指摘で宮本は橋本の存在にやっと気がつき、一気に弱々しい面持ちになった。そのまま口元を押さえつつ、じりじりと後退りをしたが、背後にいた店長によって羽交い締めにされ、元の位置に戻される。


「嫌なことから逃げたい気持ちはわかるけど、だからこそ逃げちゃ駄目なことくらい、わかってるだろ。橋本さんは逃げずに、おまえを捜していたんだからな」

「でも……」


チラッと橋本を見てから、後ろにいる店長に振り返った宮本。とことん自分を避ける仕草を目の当たりにして、追い詰められた気分になる。


「今夜はチームのために顔を出してくれたのは、すげぇ嬉しかった。だけどここからは、宮本っちゃん個人で行動しろよ。走りは、俺たちだけで楽しむことにする。だから気にせず話をすれよな」


くちゃっと宮本の頭をひと撫でするなり、足早に店長は去ってしまった。橋本としてはお礼を言いたかったのに、自身から醸し出している暗い雰囲気に飲まれたせいで、口を開くことができず、そのまま見送る。

どんどん小さくなっていく背中を、縋るような視線で追うのが精一杯だった。


「陽さん――」


空気と同化するような宮本の頼りない声が、耳に聞こえた。滅多に呼ばれることのない自分の名前に反応して、棒みたいに突っ立ってる男を見る。


「雅輝……」


橋本が発した声も、暗闇の中に溶け込んでしまいそうな声色になった。

見つめ合う視線の先には、互いの顔があるだけで何もないというのに、暫くの間じっと見つめ合う。たった数日、連絡がとれなかっただけ。その時間を埋めるように見つめ合った。


「「あのっ!」」


まったく同じ声のトーンで言葉を発したことに、一緒になって笑い出した。そこまで可笑しいものでもないのに、なぜだか笑い声が止まらない。


「おまっ、先に話せよ」

「そこは、陽さん、からどうぞ」


ふたりそろってお腹を抱えながら譲り合っても、話はなかなか進まなかった。ひとしきり笑ってから、呼吸を先に整えた橋本が口火を切る。


「雅輝、あのときは殴って悪かった」


言うなり頭をしっかり下げて、宮本に詫びを入れた。


「やっ、あれはしょうがなかったと思うので。むぅ……」


頭を上げた橋本の視線の先には、ひょっとこみたいな顔した宮本が、他にも何かぶつぶつ呟き続ける。そんな妙な言い訳を断ち切るべく、ふたたび自分から話しかけた。


「だからって暴力はいけないだろ。怪我してないか?」

「ちょっとだけ口の中を切った程度なので、もう治っちゃいました」

「痛かったよな。本当に済まなかった」


もう一度頭を下げたら両肩を掴まれて、強引に上げさせられた。


「やめてくださいよ、怪我は治っているんですから。それに殴られることをした、俺だって悪かったんだし」

「だけど……おまえに怪我をさせた」


どうにも正面を向きにくくて、瞼を伏せながら言葉を紡ぐ。


「俺だって、陽さんが怒ることをわかってやったんです。余計なお節介をした、罰が当たったんですよ」


橋本の肩を掴んだままでいる、両手の指先に力が入ったのが伝わってきた。真摯な態度に応えるべく返事をしようとしたら、宮本が遮るように喋りかける。


「自分のエゴを他人に押しつけるのは駄目だってわかってるのに、陽さんみたいないい人が不幸のままでいるのを、どうしても見ていられなくて」

「俺、そこまでいい人じゃねぇよ」

「そんなことはないですっ。俺の不安定な運転を見て、クラクションを鳴らしてくれたでしょ。普通ならそれで終わるはずなのに、わざわざハイヤーから降りて、注意をしてくれたじゃないですか。しかもエナジードリンクまで手渡してくれるなんて、思いやりに溢れる行為です」


(あれを思いやりにとる、雅輝のほうが絶対にいい人だろ……)


「じゃあ聞くが、自分から友達になってくれと言った相手をブロックしたのは、どうしてなんだ?」


橋本が訊ねた途端に、肩に置かれていた両手が外されて、目の前にある宮本の顔がバツの悪そうな表情に変わった。


「ぁ、あれは、そのぅ……。うーん」

「雅輝にブロックされるとは思わなかったから、地味に傷ついた」


沈みきった橋本のセリフを聞くなり、慌てふためいた感じで宮本が頭を下げる。

不器用なふたり この想いをトップスピードにのせて

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