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「馬鹿馬鹿しすぎる、なんという超絶怒涛のバカバカしさだ……」
画面越しでも臭ってきそうな街の様子に、イチルは鼻を摘み手で扇いだ。
傍らでは死物狂いで藻掻くムザイの姿があったが、イチルは完全にノータッチと決めていた。他人のふりと決め込み、何が起こっても無反応で済ました。
「ほらほら、それじゃあさっきと同じじゃない、いつまでダラダラやってんの、もっと腹と足の親指に力を入れて!」
代わりに、ザンダーの声にはひときわ活気がこもっていた。
師匠であるイチルに半生を見てもらいたく張り切っていたが、相手の力量を読み取るのが癖になっているイチルがあえて注目することはなかった。しかしそのせいで、ザンダーの声量が大きくなっていたのは言うまでもない。
「可愛らしい奴め、俺が誰彼構わずカワイイ従業員を任せるはずないだろ。あそこを出て何年過ぎたか忘れたが、お前が必死に生きてきたことくらい俺には手に取るようにわかる。だからこそ、俺はその道のプロであるお前に任せたんだ」
独り言を呟きながら、イチルはシルバーウルフのもも肉で作ったプロシュットを優雅に切り出し、ナイフでぺろりと啄んだ。絶妙な塩加減と、極限まで薄く切り落とした肉の甘みが口全体に広がり、思わず地面をドンドンと叩いた。
イチルの様子を横目に眺めていたザンダーが、ついに我慢できず、しかめっ面で近付いた。
ナイフの先っぽに肉を垂らし「お前も食え」と渡すと、ザンダーは苦い顔をしながら肉を口に含み、「確かに美味いっすけど」と不服そうに言った。
「師匠、お願いですから、もう少し興味持ってくださいよ。確かにアイツは嫌な奴だけど、それなりに頑張ってるんすから」
「そりゃそうだ、でないと死ぬからな。にしても、たかだか万本蚯蚓一匹狩るのに何時間かけるんだよ。何か意図でもあんのか?」
「もちろんアイツが弱いせいもありますけど、ちゃんと課題を与えてあります。簡単に倒せてもらっちゃ困ります」
「ふ~ん、ま、色々あるってことね。諸々どれくらいかかりそう?」
「超特急で、一週間、……いやどうやっても二週間」
「五日で頼む。でないと予定が立たん」
「師匠はいっつも平気で無理言いますよね。……なら少しくらい手伝ってくれたらいいのに」
「それとこれとは別の話よ。プロ中のプロがいるのに、それを差し置いて俺のような素人が口を挟むわけにはいかん。どうか五日で頼む!」
「どちらにしろアイツ次第ですけどね」とため息をついたザンダーは、改めてパンパンと手を叩き、「いつまでタラタラやってんの、日が暮れちゃうよ」とムザイを煽った。
「クソッ、魔法を使わずAクラスのモンスターを倒せなんて、そんなことを簡単に言ってくれるなよ?!」
畝るほど長い体を持つ万本蚯蚓は、執拗にムザイを追いかけ回し、気味の悪すぎる触手満載の顔面をガチガチ鳴らしながら迫った。
ムザイも持ち得るスキルと体術を使ってワームの身体を攻撃するが、あまりの巨体と鱗の硬さから、致命傷を与えることができずにいた。
「まずはその魔法を乱射する癖を捨てることだよ。キミのショボい魔法なんて、本当の強者には当たりもしないんだから。無駄な体力を使うだけさ、マジで無駄無駄!」
大袈裟に舌打ちしたムザイは、ワームの攻撃を振り切って頭の上に飛び乗った。しかしワームもすぐにムザイを振り落とそうと錐揉み状態で地面を跳ね、硬い岩盤を容易く削っていく。
「ああ、もう煩わしい。魔法なしで、こんな硬い装甲をどう破れというんだ!」
「ホントにバカだね。これまで師匠に何を習ってきたんだい。魔法だけが相手を倒す方法かい?」
「黙れ! 正面からぶちかまして相手を黙らせるのが、我らアサシンのやり方だ!」
「ハハハ、殺し屋が忍ばずに正面から戦ってどうするのさ。ほらほら、目立たず慌てず落ち着いて、だよ。アッハハハハ」
これでもかといびり倒すザンダーを眺めながら、最後の一切れを口に入れたイチルは、ガムのようにくちゃくちゃ噛んでから、ごちそうさまでしたを代弁し、ゴクリと喉を鳴らした。
そしてよっこらせと立ち上がり、お~いとムザイに話しかけた。
「ムザイちゃんがグズグズやってる間に、ロディアにミア、ウィルにまで先越されてんぞ~。確かチミ、ウチで一番強いんじゃなかったっけ。いつまでダラダラやってんの?」
頭の片隅でウィルやロディアのことを気にかけていたムザイは、唐突に比較対象にされ、みんな無事だったかと思うより先に、メラメラと怒りが湧いているようだった。
あからさまにカチンときたムザイは、こんな奴に手こずっている場合かと目の前にあったワームの触手を偶然握り、怒りのまま、操縦するかのように左へ押し倒した。するとワームは頭の向きが変わり、進行方向から外れ、地面に頭を擦ってガガガガと崖を滑った。
「なんだ……? コイツ、たかだか触手を引っ張ったくらいで大袈裟な。もしかして?!」
ムザイは握っていた触手の中から一本を選んで引きちぎった。するとワームがのたうち回り、地面を転がった。
そこでようやく戦いの意図を理解したムザイは、「気付くのに時間かかりすぎ」と腕組みするザンダーを睨みながら、今一度ワームの顔に飛び乗り、手持ちの短剣を逆手に握った。
「必要なのは情報とはよく言ったものだ。……どんな強者にも、必ず一つは弱点がある。それをいかに見つけ、攻撃するか。要するにそういうことだろう……、がッ!」
ムザイが全ての触手を一瞬にして斬り捨てた。
ワームはすぐに方向感覚を失い、頭から地面に突き刺さった。そしてドリルのように岩盤を抉りながら、身体半分ほど潜ったところで息絶えて死んだ。
「よし、魔法なしで倒せた!」
感動ひとしおのムザイを尻目に、アイテムをドロップし消えたワームの削った穴の縁に腰掛けたイチルは、胸元の筒から取り出した温かいクク湯をズズズとすすった。
そうして同じくポケットから取り出したモニターを眺めながら、食後の一服を楽しむのだった。
「さぁて、あちらの嬢ちゃんどもはどうしてるかな。確認確認っと!」
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