日が落ちて暗くなりかけた頃、ようやく城に着いた。
先に着いていたゼノから聞いたのか、門の前にジルが立っていた。
僕達に気づくと、待っていられなかったらしく、こちらに向かって走ってくる。
ぶつかりそうな勢いのジルを見て、僕は手綱を引いて馬の足を止めた。
リアムとラズールも馬を止める。
ジルが僕達の前で止まると、心底安堵した様子で「リアム様!」と叫んだ。
「ご無事でっ!ゼノから聞いてましたが、お姿を見るまでは心配でっ…。顔色も良さそうでよかった!」
「ジル、心配かけたな。俺は大丈夫だ」
「はいっ!ん、ゴホッ…。フィル様もご無事でなによりです」
リアムの足に縋り付きそうな勢いだったジルが、息を整えて僕に顔を向ける。
「ありがとう。またジルに会えて嬉しいよ」
「それはこちらの言葉です。これからは、フィル様を主と同等に思い、お仕えさせていただきます」
「あっ…いや、僕のことは」
ジルが深く頭を下げる。
僕は慌てて手を伸ばそうとしたけど、その手をリアムに掴まれた。
「フィー。ジルの主は伯父上だ。だから甥の俺も、その伴侶であるフィーもジルの主となる」
「でも…僕はもう王ではないし。友達みたいに接してもらえた方が嬉しい…」
「…いやしかし、おまえとジルが馴れ馴れしく話されるのは嫌だ。やはりここは、主従の関係をはっきりさせておこう」
「えー…」
そんなの、ただリアムが気に入らないだけじゃないか。
そう思ったけど、リアムの独占欲が嬉しくて、僕は渋々頷いた。
「はあ…これはフィル様が苦労されそうですな」
「なんだと?」
「あ、いえ。リアム様、フィル様、ラズール殿、どうぞ中へ。ラシェット様が、いまかいまかと待ち構えておりますよ」
「そうか。俺も早くフィーを伯父上に紹介したい。行くぞフィー」
「うん」
門までは、すぐそこだ。
僕が馬を降りて歩きたいと言うと、リアムが仕方ないなと笑って先に馬を降りた。そして僕に向かって両手を差し出す。
僕は馬からリアムに抱き降ろされた。自分で乗り降りできるのに、リアムといると、いつもこんな風に大切に扱われて照れくさい。
「ありがとう…」
「ん、ここ二日、馬に乗りっぱなしだったからな。腰は痛くないか?」
「…少し痛いかも」
「なに?では伯父上に会う前に先に治癒を…」
「だ、大丈夫!ほんとに少しだけだから後でお願いっ」
「ふむ…フィーがそう言うなら」
心配そうに僕の顔を覗き込んで、僕の頭を撫でてから手を引くリアム。
リアムの僕に対する言動の全てが優しくて甘い。だからつい、大して痛くもないのに甘えたことを言ってしまった。
繋がれたリアムの手を見て幸せに浸っていると、ズキンと身体に痛みが走る。
ああ…ラズールの治癒魔法の効力が切れかけている。リアムの伯父様に会う前に、もう一度かけ直してもらおう。
僕は後ろを振り返り、ラズールと目を合わせる。
ラズールは優しい目で僕を見て、小さく頷いた。
そうだ、ラズールも僕に対して優しかった。いつも甘えさせてくれた。ラズールの前でだけ、僕は素の自分でいられた。
自分の全てで僕を守ってくれていたのに、僕はラズールの想いには応えられない。大切な人に変わりはないけど、ラズールは家族なんだ。
僕が死ぬ時には、共に逝くとまで言ってくれたけど、その想いは、忠実な家来としてのものだと受け取っておく。それに僕の後を追いかけさせやしない。そんなことをさせないように、死ぬ間際に僕が魔法をかけてあげる。ラズールは生きて。僕にリアムが、トラビスにネロが現れたように、ラズールにも心から愛する人が現れるよ、きっと。
「フィー、やはり疲れたのか?」
「…え?あ、大丈夫。少し緊張してるだけだから」
リアムの声に、意識を戻した。
ぼんやりと考え事をしている間に、門を抜け馬を預けて城の中に入っていた。
このまま伯父様の部屋に行くというリアムに、せめて顔を洗ってホコリを落としたいと頼んで洗面所に案内してもらう。
「リアム、少し待ってて」
「ゆっくりでいいぞ。俺は先に伯父上に挨拶してくるから」
「うん、キレイにしてから行くね」
「そのままでも十分なのだがな…」
ブツブツと言いながら、リアムがジルを連れて離れて行く。
僕は洗面所の扉を閉めると、ラズールを見上げた。
「ラズール…治癒をお願い…」
「はい…間隔は?」
「短くなった…気がする…」
「大丈夫ですか?」
「うん…まだ大丈夫」
「わかりました」
ラズールが僕に手のひらを向けて、呪文の言葉を口にする。向けられた手のひらから温かいものが流れ込み、痛みが引いていく。
しばらくして痛みが無くなると、僕は長く息を吐き出した。
「ありがとう…」
「いえ、今の俺にできることは、これくらいですから」
「すごく助かってるよ。自分でできればいいけど、僕は治癒魔法が苦手だから」
「リアム様には」
「痛みのことは話してないし話さない。だから治癒魔法はラズールがかけて」
「かしこまりました」
目を伏せるラズールにもう一度感謝の言葉を述べて、僕は顔を洗う。ラズールが差し出した布で顔を拭き、髪を整えて「変じゃない?」と聞く。
「全く。いつもと変わらず可愛らしいですよ」
「おまえに聞いたのが間違いだった。おまえは褒めることしか言わないから」
「真実を言ったまでです。ああ、シャツの衿が曲がってますね。…はい、これで大丈夫。では参りましょうか」
「…ラズール、僕は気に入られるかな」
「当然です。俺の王子ですから」
「ふふっ、俺のってなに」
ラズールと話したおかげで、緊張がほぐれた。
僕は早くリアムの元へ行こうと、早足で教えられた部屋へ向かった。
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