テラーノベル
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自販機前のテーブルに着くなり、白石さんは僕に詰め寄った。
「……どうしたんですか、その顔色。目の下、クマすごいですよ」
「あ、ああ……ちょっとね」
「ちょっとじゃないです。なんで私のLINE、見てくれないんですか?」
その声が、微かに震えていた。
「既読すらつかないし……私、春川さんが事故にでも遭ったんじゃないかって、ずっと心配してたんですよ。……それに『さようなら』ってなに?私、何かしましたか?」
まっすぐな瞳に、涙が滲んでいる。
──君は何もしていない。 ただ、僕よりずっと相応しい人を見つけただけ。
僕は視線を床に落とし、喉から声を絞り出した。
「……別に。ただ、邪魔しちゃ悪いと思って」
「え?」
「土曜日、見たんだ。王子谷と、楽しそうに歩いてるところ」
白石さんが、はっと息を呑む。言ってしまった。もう、後戻りできない。
「彼と、すごくお似合いだったよ。僕みたいな枯れたおっさんより、ああいうキラキラしたハイスペックな男のほうが——」
「——あ! 白石センパイ! ここにいたんすか!」
僕の別れの言葉を遮り、場違いなほど明るい声が、重苦しい空気を破った。
噂のキラキラ王子、王子谷だ。
ここの沈鬱な空気なんて1ミリも感じていないみたいに、パアアアと漫画の効果音がつきそうなくらいの爽やか笑顔で駆け寄ってくる。
「あ、春川先輩お疲れ様っす! ちょうどよかった!」
「……え?」
「白石さん、渡せました? 例のもの」
王子谷はワクワクした顔だった。
白石さんは「もう、タイミング悪いなぁ……」と少しむくれながら、鞄からラッピングされた包みを取り出した。
「……はい、これ」
「え?」
「春川さん。……お誕生日、おめでとうございます!」
——時間が、止まった。今日の日付を、錆びついた頭の中でなぞる。一月、二十日。
「……あ」
そうだ。今日は、僕の誕生日だった。
土曜日のショックですっかり忘れていたし、そもそもこの歳になると、誕生日なんてただの日常の一部になっていた。祝われることなんて、もう何年もなかった。
「……すっかり、忘れてた」
僕が呟くと、白石さんは眉を寄せた。
「もう……忘れるなんて。自分のこと、もっと大事にしてください!」
その言葉が、凍りついていた心を、一気に溶かしていく。
包みを開けると——。
「……これ、まさか……!?」
僕の好きなスマホゲーム《NIIKO》の限定グッズ。しかも初回特典付き。
「うおおお!」
喜びのあまり思わず声が漏れる。
「っしゃあ! やっぱり食いついた! 俺の読み通りっすね!」
「……え?」
「そのグッズ、土曜のイベント限定販売なんですよ。白石さんと朝から並んでゲットしたんです!」
彼が語った真実は、こうだった。
白石さんは誕生日プレゼントを僕に内緒で用意しようとしていたこと。
ゲームに詳しくない彼女が、同じゲームのガチ勢である王子谷に協力を仰いだこと。土曜日はデートではなく、グッズ待機列という名の戦場に並んでいただけだったこと。
「……もしかして、王子谷くんと一緒にいるとこ見て勘違いしてました?」
「…………」
「ふふ。もしかして、やきもち?」
白石さんが上目遣いで悪戯っぽく笑う。カアアァッ、と全身の血が、一気に逆流した。
──三十代にもなって勝手に傷ついて、絶望して、若いイケメンに嫉妬していた自分。穴があったら入りたい。いや、埋めてくれ。
けれど、恥ずかしさ以上に、安堵と、どうしようもない嬉しさが波のように押し寄せた。
「ちなみに俺、上位3%ギルドのギルド長なんですよ。先輩、ギルド入りません? 裏ボス手強くて。攻略手伝ってください!」
横で王子谷が無邪気に笑う。
「ギルド長……!?」
キラキラ王子の正体は、僕と同じ、いや僕以上の“ガチオタク”だったのだ。
手の中には、宝物のようなプレゼント。目の前には、僕のために奔走してくれた愛しい彼女と、頼れる後輩。
(……この歳になって、こんなふうに誕生日を祝ってもらえる日が来るなんて感慨無量だ……)
こうして、人生最悪になるはずだった月曜日は、 思いやりに満ちた彼女と、 頼れるオタク仲間を得た記念の日となった。
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