コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ホントに潰れてやんの……」
照明の消えたボーリング場。一階の半分が駐車場になっていて残りがゲームコーナー、そして二階がボーリング場とビリヤード場になっていたはずだ。
よく行っていた施設が潰れているというのは、やはり少し寂しいものだな。
そんなことを思いながら、一階の駐車スペースにバイクを停めて小走りに走るオレ。
さて、駆け付けたのはいいけど、事の真っ最中だったどうすっか? やはり見ないフリをして、終わるまで待っているのが大人の対応か?
オレが大人の気遣いをシュミレートしながら、自動で動かない自動ドアをこじ開けていると――
「いやあぁぁぁぁああぁぁーーっ!!」
廃墟と化したボーリング場に、千歳の悲鳴がこだまする。
その尋常ではない叫び声に、オレは反射的に走り出した。
「あっちかっ!?」
階段を駆け上がり、人の気配のするビリヤードスペースへと向うと――
「なっ……?」
そこで目に飛び込んで来た光景に、オレは目を見開き言葉を失った……
「っんだ? テメェ、どうやってココ嗅ぎつけた?」
「ただ、ちぃーとばかし遅かったな」
「でも、ちょーどよくねっ? 彼氏の目の前で、女を調教すっとか、チョー興奮すんだけど」
「おっ!? いいね、ソレ! ギャハハハ!」
口々に勝手な事を言ってるバカ共の言葉など、全く耳に入って来ずに呆然と立ち竦むオレ。
そんなオレの目の前には、漫画家の命とも言うべき右手を抑えて|蹲《うずくま》る千歳と、その傍らに転がるボーリングの玉……
「オイ、オッサンッ! なんとか言ったらどうなんだ? コラッ!」
その状況に全てを察し、立ち竦んでいたオレは鼻ピー野郎の怒声で一気に怒りが込み上げて来た。
「オイ、テメェら……絶対にヤッちゃなんねぇ事、ヤッてくれたな……」
オレは怒りに床を踏み締めながら、ユックリと鼻ピー野郎達の方へと歩き出す。
「テメェらみてぇなクソ虫には分かんねぇだろうがな、ソイツの手から生まれる漫画を待ってる人間がたくさん居んだよ。ソイツの漫画に感動して、勇気付けられたり元気付けられたりする人がたくさん居んだ……」
拳を握り締め、歯を食いしばる様に言葉を絞り出す。そして、鼻ピー野郎の目の前まで進むと、大きく息を吸い込んで――
「ソイツの手はなっ、テメェらみてぇなクソ虫が気軽に触れていいモンじゃネェーんだよっ!!」
オレは鼻ピー野郎の顔面目掛けて、力いっぱい拳を――
「…………」
「…………」
「……チッ」
渾身の力を込めたオレの正拳。しかし、オレの拳は鼻ピー野郎のマズいツラにメリ込む寸前で、大きな手のひらに止められた。
「オイ、ニィちゃん……テメェの相手はオレだ」
「ま、松本さんっ!」
鼻ピー野郎を後ろに下げ、オレの前に立ちはだかるシブい声の大男。
オレもそれなりに長身だけど、松本と呼ばれた男は縦横共にオレよりも一回りはデカく筋肉質だ。
てか、松本だと……?
「と、智紀……気を付けて……ソイツ、あのタンク松本よ」
蹲りながら、声を絞り出す千歳。
なるほど……どっかで見た事あるツラだと思ったら、あのプロレスラーで元全日チャンプのタンク松本か。
確か傷害事件を起こして引退したって聞いてたけど、こんなトコでチンピラ共の用心棒をしてたとはな。
てゆうか、こんなガキ共に千歳が拉致られるなんておかしいとは思ってたけど、そういう事か……
「ハハハーッ! テメェがいくら強いったって、松本さんの敵じゃネェぜっ!」
「松本さんっ! ソイツ、ギタギタにヤッちゃって下さい!」
タンク松本は、後ろで騒ぐ鼻ピー達に押される様に前へ出る。
「悪いがコッチもビジネスでな、アンタに恨みはネェが手加減なしにやらせて貰うぞ」
「上等ぉーーっ!!」
オレは先手必勝とばかりに、松本の鳩尾に前蹴りを入れる。そしてそれを足掛かりにジャンプして、飛び後ろ回し蹴りを横っ面に叩き込んだ。
よしっ! 会心の――
「なっ?」
オレは、片膝を着いて着地すると同時に目を見開いた。
「ふっ……女の蹴りより、多少は威力があるな」
大塚○夫みたいなシブい声を発して、アゴをさすりながら笑み浮かべる大男。
ち、ちっ……どっちの蹴りもクリーンヒットしたはずなのに、よろめきもしねぇのかよ……
オレが急いで体勢を立て直そうと立ち上がった瞬間、松本は腕を振り上げて一気に間合いを詰めて来る。
ラリアットかっ!?
「ぐっ!?」
喉元目掛けて迫りくる松本の太い腕を、とっさに両手でガードするオレ。正直、ヤツがタンク松本だという前情報がなかったら、まともに食らっていたかもしれない。
とはいえ――
「かはっ!!」
受けた体勢が不十分だった上に、元とはいえヘビー級プロレスラーの――それも、ヤツの得意技だったラリアットだ。勢いを殺し切れずにガードの上から吹き飛ばされ、オレは背中から壁に叩き付けられた。
背中を走る衝撃に肺の酸素は強制的に排出され、一瞬意識が遠ざかる。
それでも浅い呼吸を繰り返し、なんとか意識を保つオレ……
「ほおぉ……ガードしたとはいえ、オレのラリアットを食らって立っていられるとは、たいしたもんだな」
松本は笑みを浮かべながら、今にも膝を着きそうになるのを必死に堪えるオレの元へと歩み寄ると、髪を掴んで上へと引き上げた。
「ふっ。じゃあ、コレも耐えられるかな?」
「があぁぁぁああぁぁーーーっ!?」
髪を引っ張られ爪先立ちになったオレの正面から腰に抱き付くと、抱え上げながら背骨を絞め上げる。
「でたぁーーっ!! 松本さん必殺のベアハッグッ!!」
嬉しそうに声を上げる鼻ピー野郎。確かこのベアハッグも、松本の得意技だったな。
抱え上げたオレの苦痛に歪む顔を、得意顔で見上げる松本。
「五体満足なウチに、詫びを入れたらどうだ?」
「ざ、ざけんな……」
背骨、そして脇腹が容赦なく絞め付けられる。そこへ持ち上げられた自分の体重がかかり、松本の太い腕を余計に食いこませていった。
「ハハハーッ! 松本さんに勝てる訳ネェんだ。背骨、へし折られる前に詫び入れた方がいいぞ、オッサン」
「詫びの入れ方次第では、半殺しで許してやるよ」
「それとも松本さんとプロレスやって、勝てる気でいんのか?」
勝てる気でいるのか……か。
「バ、バカか……? プロレスラーとプロレスやって、勝てるなんて思うほど自惚れちゃぁいねえよ……」
そう、相手はプロだ。プロレスでプロを相手に勝てる訳がない。そんな事は分かり切っている。
しかし……
「確かにプロレスじゃあ勝てるワケねぇけど……これはプロレスか?」
「ナニ?」
「これはプロレスじゃねぇ……ケンカだ……」
訝しげに顔を上げ、オレを見上げる松本。背骨に走る激痛、そして肋骨を圧迫され呼吸もままならず、脂汗が視界を歪める。
それでもオレは、精一杯の虚勢を張って笑みを浮かべた。
「そしてっ! ケンカならオレの土俵だぁっ!!」
オレは内ポケットからウィスキーの平たい小瓶を取り出して、コチラを見上げる松本の額へと充てる。そして、目一杯身体を逸らして勢いを付け、その小瓶目掛けて自分の額を打ち付けた。